第202話『ご葬儀のお作法』


せやさかい・202


『ご葬儀のお作法』頼子     






 喪服の事が心配だった。




 ほら授業中にお祖母ちゃんから国際電話がかかってきて、エリザベス女王の夫君・フィリップ殿下がお亡くなりになったと聞かされて。


 これは、お祖母ちゃんの名代として式に参列しなければならないと覚悟した。


 そうよ、覚悟が居るのよ。


 王族のお葬式、しきたりとかドレスコードとか、お作法とか、いろいろうるさいことがある。


「レクチャーいたします」


 ソフィーと二人で『イギリス王室の作法』という動画を見ていると、ジョン・スミスがやってきて宣告する。


「どこでやるのかしら?」


「チャペルで行います、あそこが環境的にご葬儀会場に近い施設ですから」


「分かったわ、すぐに行きます」


 ソフィーと連れだって、領事館の敷地にあるチャペルに向かう。


 ヤマセンブルグの大阪総領事館は東京の大使館よりも広い。


 戦後、日本との国交が回復した時に、さる財界人から寄付された二千坪もある敷地にお城のような館が立っている。


 放っておくと財産税として取り上げられるところを、戦前から親交のあったヤマセンブルグに寄付することでまぬかれた。


「こちらです、すでにお作法の先生が中で待っておられます」


「お作法の先生? 日本のお方かしら?」


「いいえ、ヤマセンブルグの、殿下もすでにご存じの人物です」


 言いながら、ジョン・スミスはチャペルのドアを開ける。


 ああ……ここかあ(-_-;)。


 正式な場でお祖母ちゃんにするような、膝を折って挨拶する仕草をする。違いは、俯きながら胸に十字を切るところ。


 子どものころに、初めてやらされた時は、まるで『サウンドオブミュージック』のマリアが修道院を辞めて、トラップ大佐の家に家庭教師に行くときみたいだと思った。


 マリアは院長先生に挨拶して『クライム エブリマウンテン』とかって元気の出る歌を聞かされて出ていくだけなんだけど、わたしは、事あるごとに、教会とか王室の躾けや作法を叩きこまれて、あまりいい印象はない。まあ、入ったら二時間……ひょっとしたら、晩御飯まで缶詰にされるかもしれない。


 顔を上げると、一番前の席にお作法先生の後姿。とりあえず女の先生だ。ひょっとしたら神父様かと覚悟していたんだけどね。神父様は、もう九十歳くらいで、耳が遠い。耳が遠いくせに自覚がないので「もっと大きな声で!」と理不尽な注意をされる。おまけに、ボケ始めているので同じことを何度もやらされることがある。本人を傷つけてはいけないので「さっき、やりました」的な口ごたえは禁止。何度もやらされることで確実に身につくからとお祖母ちゃんは涼しい顔。おかげで、当の神父様からは「王女様は覚えが早うございます!」と褒められてるけどね。


 取りあえず、その神父様ではないので、ちょっと安心。


「ごきげんよう、ヨリコ殿下」


 ニッコリ振り返った先生の顔を見て、グラリと体が揺れて、地震が起こったかと思った。


 その先生は、お祖母ちゃんの一の子分で、お祖母ちゃんを除いては宮殿トップの位置に君臨するメイド長だったのよ!


 ミス・イザベラ!


 憶えてるでしょ、一昨年、さくらと留美ちゃんを連れてエディンバラとヤマセンブルグに行った旅行!


 あそこで、さんざんお世話になった、ミス・イザベラのオバハンなのよおおおおおお!


「では、さっそく歩く練習からいたします」


「あ、それは、完璧にマスターしてるわよ。天皇陛下にお会いした時も問題なくやれたしい……」


「それは、ようございました。でも、それは平時の歩行術。この度は、ご葬儀のお作法でございます」


「えと……違いがあるの(^_^;)?」


「もちろんでございます! まずは復習から!」


「え、またあ!?」


 王女の歩き方……背中に物差しを突っ込まれて、幅五センチのテープの上を歩かされる。


 それを三十分やったあとは階段の上り下り。礼拝のやり方並びにお作法、お葬式用の会話の仕方、食事の仕方、求められた時のスピーチのやり方、あくびの噛み殺し方……等々。


 困ったのは、わたしってロイヤルファミリーとしての最低基準のマナーしか知らないし、それは骨の髄まで染み込んでる。だから、人の前に立つと自然にアルカイックスマイルになってしまうのよ!


「ですから、口角を上げてはいけません!」


「はい……」


「それは、ただの仏頂面!」


「はい……」


「疲れた顔になっております!」


「はい……」


 本当に疲れてるんですけど。




 そんなこんなを半日やらされて、顔も膝もガクガクになったころに、ジョン・スミスが呼びに来てくれた




「レッスン中申し訳ありません、女王陛下からお電話です」


「あ、ありがとう!」


 思わず笑顔になって、ミス・イザベラに睨まれる。


「お部屋に繋いであります」


「はい、すぐに!」


 部屋に戻って受話器を取る。ご葬儀の日取りが決まったんだろうか、ミス・イザベラのレクチャーは受けたけど、いまからスグに来いと言われたら、さすがに自信は無いよ。


「ヨリコ、ご葬儀は王室のお身内だけでおやりになると、知らせが入ったわ」


「え、あ、あ……そう」


 とたんに疲れが押し寄せてくる……。


 あとで、公式のニュースを見ると、参列者三十人という、家族葬のようなご葬儀だった。


 むろん、コロナのせいなんだけどね。


 ミス・イザベラのレッスンを免れた安堵よりも、寂しさが胸に迫ってきた……。

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