第149話『月島さやか先生』


せやさかい・149


『月島さやか先生』  






 二年三組やということは分かってる。




 担任は月島さやか先生。


 この四月から先生になったピッカピカの新任!


 学校は六月一日からやけど、課題やらプリントやらがあって、それを持ってきてくれはった。


 ポニテをスィートスポット(顎と耳の線を延長したところで結う)にキリリと決めて、白のブラウスに黒のタイトスカート。うっすらとオデコに汗をにじませて、山門前でキョロキョロしてはった。


「あ、ひょっとして月島先生ですか!?」


 詩(ことは)ちゃんと本堂の掃除をしてて、障子の隙間から見えたんで、ころけるように階(きざはし)を下りて声をかける。


「あ、酒井さくらさん!?」


「はい、酒井さくらです!」


 お互いマスクからはみ出そうなくらいに口を開けてご挨拶。


 マスクしてると、しっかりはっきり言わんと通じひんさかいね。


「酒井さんとこてお寺さんやねんね、なんや、境内に入ったら涼しい感じ」


「あ、広いだけです。すみません、山門のとこはお寺の看板しかないさかい」


「いいわよ、念のため所番地を確認してただけだから。わたしの家も神社だから親近感よ」


「あ、そうなんですか!」


「あ、あんまり近寄らないで、ソーシャルディスタンス(n*´ω`*n)」


「あ、あ、そーですね、すんません!」




「さくらちゃん、リビングの方にお連れしたらあ」




 本堂の縁に正座して詩ちゃんが庫裏の方を指す。


「せやね、すみません、つい話し込んで(;^_^A」


「うん、いいの、まだまだ周るお家があるから。えと、お姉さん?」


 ペコリと頭を下げながら月島先生。


「あ、従姉です」


「従姉の詩です。ほとんど姉妹同然ですけど」


「あ、そうなんだ。こんど酒井さんの担任をすることになりました、月島です」


「ごていねいに、せめて、本堂の中でも。冷房はしていませんが天井が高いですから」


「あ……じゃあ、お参りを兼ねて」




 さすが神社の娘さんらしく、阿弥陀さんにきれいな合掌をしはる。


 


「お母さんにもご挨拶しなきゃなんだけど……」


「あ、母は……」


「いいのいいの、今日は……はい、課題持ってくるのが仕事だから。一日の登校日に持ってきてください」


「ありがとうございます」


「詩さん、きれいな人ねぇ」


「はい、自慢の従姉です!」


「あ、笑うと似てるわね」


「嬉しいです、そう言われると!」


「ハハ、わたしも先生のなりたてだから、よろしくね。阿弥陀さま、やさしいお顔ねえ……長年信仰されてると、錬られてくるものがあるんでしょうねえ」


「そうなんですか?」


「そうよ、ああいう微妙な笑顔はなかなかできないわよ……どう?」


 先生は、右手をチョキにして口角を吊り上げて見せる。


「あ、ペ…………」


 ポニテのキリリが不二家のマスコットみたいになった。


「アハハ、ペコちゃんみたいだと思ったでしょ?」


 そう言うと、ペロッと舌を出して目玉と一緒に右側に寄せる。ますますペコちゃん。


「アハハ、子どものころから言われてるんやけど、先生になってもペコちゃんじゃねえ。今のは内緒よ」


「そうなんですか?」


「じゃ、次のお家に行くから、詩さんにもよろしく」


 荷物を持つと、女生徒みたいな軽やかさで本堂を出て、自転車に跨り、歯磨きのコマーシャルみたいな笑顔を見せて「じゃ!」と一声残して行ってしまった。


「あら、もう、お立ちになった?」


「あ、うん、まだまだ周らならあかんみたいで」


「そうだよね、お仕事なんだから」




 詩ちゃんと二人、本堂の座って、詩ちゃんがお盆に載せてきた麦茶を頂いたのでありました。




 

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