第139話『お父さんの葬儀』


せやさかい・139


『お父さんの葬儀』  






 お寺に住んでるとお葬式は日常的なことになってる。




 最近は家族葬が増えたけど、家族葬でもお寺さんは呼ばれる。


 亡くなった日の枕経、お通夜、葬儀、骨上げ後の四十九日を兼ねた法要。


 この四つが基本セット。


 むろん、お寺を使ってのお葬式は少なくて、年に五六回というとこ。


 お寺でのお葬式は、何十人、時には何百人も会葬者になる。葬儀屋さんがディレクターになって一大セレモニー。ガードマンの人にも来てもろて、時には葬儀の間、山門の前の道を通行止めにしてしまうこともある。


 お父さんの葬儀は、単にお寺の本堂でやるというだけ。葬儀屋さんも入ってないし、会葬者もうちの家族と総代さん代理の田中のお婆ちゃん(ほら、本業は米屋さんで、最近は焼き芋を売ってる)だけ。


 八年前に失踪してるから、棺も骨箱もない。阿弥陀さんの前に写真が置いてあるだけ。


 写真は、小学校の入学式に来てくれた時のん。数少ない家族三人で撮った写真。ほんまは三人のまんまにして欲しかったけど、それやとうちもお母さんも死んだことになるしね(^_^;)。


 設えと会葬者は寂しいけど、坊主は三人も付いてる。


 お祖父ちゃん、おっちゃん、テイ兄ちゃん。


 三人ともコスプレかいうくらいゴージャスな法衣。紫、緑、青の衣に金襴の袈裟。襟には紫式部のんかいうくらいデラックスな扇を差して、百人一首の札の坊主ですわ。


 ちょっと異様なんは、全員がマスクをしてること。


 写真の前には白木の仮位牌。 


 法名  釋 善実     


 シャクゼンジツと読むらしい。


 長いお経が二本終わって、喪主と親族のお焼香。


 お母さん、あたし、おばちゃん、詩(ことは)ちゃん たった四人でおしまい。続いて、総代さん代理の田中のおばあちゃん。


 最後に、なんでかうちが止め焼香。


 普通は、この後にお斎(おとき)というお料理を頂いて、ちょっとした宴会になるねんけど、非常事態宣言がされてることもあって、これでお終い。




 もうし……もうし……




 田中のお婆ちゃんも帰って、片づけをしよと思てると、本堂の階段のとこで声がする。


「はい、御用でしょうか……」


 いちばん手近やったんで、うちが応対に出る。


 お父さんと同年配の男の人が式服で畏まってはる。


「自分は、お父さんと同じ職場に居りました渡辺と申します。本日はお父様のご葬儀とお伺いして参りました。お焼香させていただけますか?」


 中学生のあたしにも丁寧な挨拶をしてくれはる。


「これはご丁寧に、いま、母を呼びますので、少々お待ちください」


 お母さんを呼ぶと「あ、渡辺さんが」とあっさり言って、渡辺さんを本堂に招じ入れる。


 渡辺さんは、しばらく写真のお父さんをじっと見つめて、型通りのお焼香をして、あたしにも丁寧に頭を下げてくれはって、「では、ごめん被ります」と挨拶して本堂を出ていかはる。


「ちょっとお見送りしてくるわね」


 お母さんは、喪服のまま渡辺さんを山門の外まで見送りに。




 それっきり、お母さんは帰ってこーへん。


 


 


 

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