第131話『青青校樹』


せやさかい・131


『青青校樹』  






 それは台湾の卒業式やった。



 うちらと同じような制服着て、胸にはピンクの花を挿して、みんなで『蛍の光』を歌ってる。感極まって泣いてる子もおって、後ろの在校生やら保護者、両脇には先生や来賓の人らが厳粛な顔をしてたり、暖かく微笑んでいたり。ステージには演壇があって、式服の校長先生が気を付けして『蛍の光』を聴いてる。舞台には校旗が飾られてる。


 これは、もう日本の卒業式とかわらへん。


 そやけど、よく見ると微妙に違う。


 校旗の横に掛かってるのは日の丸と違って……たぶん、台湾の国旗。赤地の左上が紺色になってて、お日様みたいなのがデザインされてる。


「青天白日旗っていうんだよ」


 動画に見入ってる間に、詩(ことは)ちゃんがお茶を淹れてくれてる。


「あ、すみません」


 留美ちゃんは、お礼を言いながらも、まだ続いてる卒業式の動画を見てる。


「ちょっと感動ものでしょ」


「うん、よう見たら、こういう卒業式は日本ではほとんど見られへんよね」


「『蛍の光』って、紅白歌合戦で聞くくらいですよね。これって、昔の日本ですよね」


「戦前は、台湾は日本だったからね。今でも、残ってるというか受け継いでるんだよね。ユーチューブを観ているうちに、この動画に出会ってさ。ごめんね、ボリューム大きかったよね」


「ううん、うちらも感動やわ」


 お喋りしてるうちに『蛍の光』は終わって、次の歌になってた。


「「「あ……!?」」」


 三人揃って感動した。


 今度は卒業生が歌ってる。




『仰げば尊し』…………や。




 歌詞は、やっぱり中国語。


 せやけど、この感じは完全に『仰げば尊し』や。


 卒業生も在校生も、校長先生も保護者の人らも、みんな、ちゃんと卒業式の顔や。


「なんて、歌ってるんやろ」


 テロップで歌詞は流れてるんやけど、漢字ばっかりの中国語やから分からへん。


「えと……これです!」


 さすがは留美ちゃん、瞬くうちにスマホで検索する。



『青青校樹』



 ごめんなさい、ちょっと笑った。


 せやかて、チンチン……なんとかと言うんやもん。


「チンチンチャオチュ……と発音するらしいよ」


 詩ちゃんも調べるのんが早い。


 あたし一人、ボサーっとして。そやけど、涙零して、いちばんボロボロになったんはうちや。


 なんでやろ、なんで、こんなに感動……心が動くんやろ。



 自分でも制御でけへんくらいになってしもて、両手で顔を覆って号泣してしまう。



『……そうなんだ』


 夜になって、今度は、うち一人で頼子さんとスカイプ。


 頼子さんは複数のパソコンを使ってるんで、その場で『青青校樹』を検索して、二人で鑑賞した。


 さすがに、今度は号泣するようなことはなかったけど、ボロボロです。


 すると、画面の向こうでやり取りがあって……とんでもない人が現れた。




 じょ、女王陛下!?




『去年の夏はありがとう、ヨリコも喜んでるし、わたしも孫娘の事が理解できるようになってきたわ。ま、半分くらいね。それもこれもサクラさんやルミさんのおかげ。青青校樹は、わたしもいっしょに見たわ。とっても感動的でした。でも、さくらさん、あなたはもっと深いところで感動したのね。それで、自分で自分に戸惑ってる』


「は、はい、そうなんです」


『これから、いくつもキーワードを言います。わたしの日本語は頼りないからヨリコに言葉にしてもらうわ。あなたは、集中して聞いてもらうだけでいいから』


「はい」


『じゃ、ヨリコ、お願い』


 画面が切り替わって頼子さんになる。女王陛下は右下の小さな画面に移動した。


『じゃ、いくわよ』


「はい!」


『卒業式……三月……春……桜……お寺……自転車……堺……出会い……文芸部……牛丼……手袋……小学校……バラ……別れ……故郷……引っ越し……』


 いろんな単語が、脈絡があるのかないのか次々に繰り出される。女王陛下がタブレットで出してくる単語を頼子さんが訳してくれているようや。時々同じ言葉が出てくる……わたしの反応を見て組み合わせてるんやろか。


 それは、何度目かの「別れ」の組み合わせの一つとして出てきた。


『……別れ……お父さん……』


 息が止まるかと思た。


 急に、忘れてたお父さんの姿が、後姿がありありと浮かんできた!




 お、お父さ……ん……お父さああああん!!




 その場に泣き崩れてしもて、それを聞きつけた詩ちゃんが向かいの部屋から飛び込んできた。


 

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