第94話『海老煎餅買って意外な人を見かける』

せやさかい・094

『海老煎餅買って意外な人を見かける』 





 前にも書いたけど、堺の中学生が大和川を超えるのは、ちょっとした冒険。



 お使いも終わって帰るだけやねんけど、なんやもったいない。


 五千円のお小遣いももろたしね。


 お祖父ちゃんにお土産買うことを思いつく。


 千円くらいでお祖父ちゃんが喜んでくれそうなもの。


 食べ物がいい。「お祖父ちゃん、一緒に食べよ」と持って行って、しばし祖父と孫娘の会話……これでいこ!


 

 これは専光寺さんに着くまでに考えてたこと。



 で、なにがええやろと考えてるとこで着いてしもた。


 ご本尊の『見返り阿弥陀』さんに感心してると、坊守さんがお茶とお菓子を出してくれはった。


 出してくれはったんは海老煎餅! えびせんべいと平仮名で書くようなもんと違う、漢字が似つかわしい海老煎餅!


 個包装の袋を見ると『一枚に海老一匹をまるまる使ってます』とプリントしてある。


「お寺は、甘いものばっかりでしょ。くつろいでお話するときなんかは、お煎餅お出ししてますのん」


 なるほど、檀家周りでもろてくるのとか、法事の粗供養なんかは圧倒的にお饅頭的な和菓子が多い。


「いやあ、美味しいですねえ」


 言うと、坊守さんも喜んで、いっしょにお煎餅を齧りはった。


 郵便屋さんが来て、坊守さんが外しはった隙を狙ってスマホで検索。難波のデパートで売ってることを確認した。




 それで、難波の百貨店に寄って、十枚入り千百円のを買う。


 二三千円のもあるんやけど、もらった五千円からの無理のない金額と、年寄りに無理のない量。


 海老煎餅をゲットしてマクドに向かう。


 秋風が爽やかなんで、バリューセットの載ったトレーを持ってオープンデッキへ。


 ハンバーガーとポテトをほちくり食べてると、オープンデッキの向こうから聞き覚えのある声がしてくる。




「そんなこと言わんと、協力してくれよ」


「いやよ、預かったらズルズルになるのん目に見えてるもん!」


「声おおきい」


「おおきい声出させるのは兄ちゃんのほうよ!」


「せやから、声おとせ……」


 男の人の声は担任の菅ちゃんや……今日は、昼からいてへんかって、終礼は春日先生がしてくれた。ときどきあることなんで、気にも留めてなかったんやけど、女の人……たぶん妹さんに会ってたんや。


 声を落としたんで全部は聞こえへんけど、お母さん、要介護三、手ぇいっぱい、介護施設、とかの単語が聞こえてくる。


「仕事との両立は、もう限界やねん!」


 菅ちゃんが切れ気味に言うと、妹らしい人はプイっと行ってしまう。菅ちゃんは、一瞬追いかけようとするけど、二三歩行ったとこで肩を落として地下鉄の方に行ってしもた。


 ひょっとして、ヤバいとこ見てしもた?


 振り返った菅ちゃんと目が合いそうになったので、亀みたいに首をすっこめるあたしでした。

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