獣たちの王国 十五 獣人の村
獣人たちの村は島のほぼ中央部にあった。
彼らの住居は、掘った穴に柱を立てるいわゆる
樹木と樹木の間に家が建てられ、上空から見ても村と森のと区別がつかないようになっていた。
村に案内される道中、
それは警戒して包囲しているという感じではなく、明らかにライガたちオオカミに興味を――いや、敬意を抱いていることが感じられた。
村に着くと、家々から女や子どもを含めた多くの獣人たちが出てきたが、みな目を輝かせてライガたちに注目している。
オオカミたちも彼ら獣人に興味津々だった。何しろ首から上は同じオオカミで、尻尾まで生えているのだから無理もない。
「いいわ、みんな挨拶してらっしゃい」
ユニは溜め息交じりに許可を出す。
たちまちオオカミたちは尻尾をふりふり獣人たちに近づいていき、思う存分お互いの匂いを確かめ合った。
中でも、もてまくっていたのはやはりライガだった。
獣人たちはライガの周囲に群がり、次々に挨拶(匂いの嗅ぎ合い)をするのだが、多くの獣人たちが服従の姿勢を見せていた。
「こう言っちゃ何だけど、うちのライガに対して低姿勢すぎない?
これでいいの?」
ユニはバーグルに尋ねてみた。
「仕方ないだろう。
ライガ殿はわれらの神の主人だからな」
「神? どういうこと?」
「われら一族に伝わる伝承だよ。
われわれは、元々この世界の住人ではなかったと伝えられている。
お前たち王国の召喚士が言う〝幻獣〟だったと言えばわかるか?」
彼の話によれば、獣人たちの先祖は異世界からこの世界に迷い出てきた存在だということだ。
サクヤ山近くに出現した〝穴〟と同じように、約三百年前に出現した〝穴〟を通してやって来たのだそうだ。
それが彼らの〝神〟なのである。
神は偉大だった。現在の獣人たちよりもはるかに身体が大きく、力も強かった。
神は自らの力で自分の群れを呼び寄せ、この地に村を作って定着したのだと伝えられている。
ちょうどライガがヨミやハヤトなど、彼の群れを呼び寄せたのと同じ現象だったのだろう。
ところが、その数年後、神は突然姿を消してしまったという。
残された群れのものたちは、彼が元の世界に帰っていったのだと噂しあった。
それから三百年、世代を重ねるうちに獣人たちの体躯は
彼らの神=先祖は、身長が二メートル半もあったと伝えられている。
そして先祖たちが住まう世界には、大いなる力をもった獣人とともに、巨大なオオカミたちも生息していた。
そのオオカミたちを統べるひときわ大きく、すぐれた力をもったオオカミが神として君臨し、先祖の獣人たちはオオカミの守護者として仕えていたのだという。
だから、もともとはオオカミの方が本当の神だったわけだが、この世界で暮らす獣人たちの子孫にとっては巨大なオオカミというのは見たこともない遠い存在だった。
それよりも、確実に存在しながら突如消え去ってしまった彼らの先祖の方が、神として崇めるには現実的であった。
獣人たちは自らの祖先である神が、いつの日か再びこの世界に現れて彼らを導いてくれると信じているのだという。
「――なるほどねぇ……」
ユニは納得するしかなかった。
彼らにしてみたら、ライガは自分たちが神と信じている祖先が仕えていたという伝説の神獣なのだ。
ライガがこの世界に現れたのなら、自分たちの神もきっと現れるに違いない。
そう希望を新たにするのに十分な証拠だといえる存在だ。
目に涙を浮かべてライガに服従の意を示す獣人たちの姿は、それを如実に表していた。
獣人たちがユニたちを客人として受け入れたのは、フェイの存在よりもライガたちオオカミのおかげか……。
もしライガたちがいなかったら、バーグルが言ったように恐らく森に入った瞬間にユニたちは襲われ、殺されていただろう。
オオカミたちと村人たちの交歓は簡単に終わりそうもないと見て、バーグルはユニたち三人を自分の家に招いてくれた。
彼の家は、村の中央にあるやや大きな建物だった。
村長が板戸を開いてユニたちを案内する。
床は地面から一メートルほど掘り下げられ、固い土間となっていた。そこに乾燥した草で編んだ敷物が敷き詰められている。
中は意外に広く、よく整理された居心地のよい部屋となっていた。
簡素だがしっかりとしたテーブルと椅子があり、勧められるままにそこに座ると、奥からバーグルより少し小柄な獣人が出てきた。
「妻のフリクリだ」
彼女が持つお盆には、お茶とカップが乗っている。匂いからするとドクダミ茶のようだった。
ユニたちの前には普通のカップが置かれたが、バーグルの前には平皿が用意された。
やはり口の構造上、人間と同じようには飲めないらしい。
ならばなぜ人の言葉が当たり前に話せるのかが謎だった。
「それで、この島の状況を知りたいのだろう。何を聞きたいのだ?」
「うちの国に流れ着いた帝国兵は何者で、なぜ殺されたの?」
「奴らは襲撃部隊だな。
この村が寝静まっているところを襲い、皆殺しにしようとしたのだろう。
だから殺した。
降りかかる火の粉は払わなければならんだろう?」
ユニは溜め息をついた。
「お願い。ことの始めから話してくれない?
さっぱりわからないわ」
「ふむ……。それもそうだな」
バーグルは皿を持ち上げて、ぴちゃぴちゃと茶で喉を湿らせると静かに語りだした。
* *
知ってのとおり、ここは昔から帝国領に属している。
われわれは森の動物を狩って暮らしている。
狩場はこの島ではなく、川を渡った帝国側の森だ。
まあ、川の流れが変わる前は地続きだったから、ずいぶん面倒になったものだ。
それで、三百年にわたって毎年決まった量の肉や毛皮を税として帝国に納めている。
とはいえ、帝国がわれわれに何かをしてくれたということは一度もないがな。
われらとしては、この暮らしを放っておいてもらうための代価だと考えているから、別にそれはそれで不満はなかったのだ。
半年ほど前になるが、帝国の役人と軍人数人、それに女魔導士がこの島を訪れた。
奴らが来るのは十年に一度あるかないかだから、とても珍しいことだった。
島を案内してほしいと言ってきたので、われわれは言われたとおり一通りの案内をした。
奴らが滞在したのは三日だったが、案内料としてそれなりの謝礼を払っていったし、特に問題となることはなかったのだ。
ところがその一か月後、その時の役人が再び島を訪ねてきた。
そしてわれらが聖地として大切にしている遺跡を明け渡せと言ってきたのだ。
当然われわれはその命令を拒絶した。
するとその役人は次に十人ほどの兵士を引き連れてきた。
最初は役人の振りをしていたが、それは格好だけで船に武器を隠していたのだ。
おそらく非武装協定があるので、王国の目を気にしてのことだったのだろう。
武器でわれわれを脅そうとしたので争いになり、村の若者が二人殺された。
もっとも帝国の兵士十人は皆殺しにしてやったがな。
われわれは帝国兵の死体を船に乗せ、役人に今度島に足を踏み入れたら誰であろうと殺害すると伝えて追い返した。
それ以来、われわれは警戒を怠らなくなった。
船が上陸できそうな浜の近くには夜通し見張りを置いて備えたのだ。
二か月ほど前、その警戒網に引っかかったのが帝国の襲撃部隊で、三十人以上はいた。
お前たちの側に流れ着いたのは、その兵士の一部だろう。
* *
「……なるほどね。
こっちで見つかった帝国兵たちは、みんな首に金属の輪をしていたらしいけど、あれは何なの?」
バーグルは鼻を鳴らして嘲笑った。
「奴らは獣人が人を襲う時、喉笛を噛みちぎるという話を信じていたらしい。
われわれは狩人だから、主に使うのは弓矢だし、接近戦でも短剣を使う。
よほどの格闘か非常時じゃないと牙は使わないのだがな。
そんな迷信に対策をしていたということは、奴らがいかにわれわれに対して無知なのかという証拠だよ。
仮にも帝国臣民であるはずなのにな……」
「そもそも、なぜ帝国はあなたたちの聖地を寄こせと言ってきたのかしら」
ユニのこの質問にはバーグルも首をひねる。
「それがわからんのだ。
帝国の奴らも理由を言わずに、ただ明け渡せとしか言わないしな。
われわれにとっては聖地だが、帝国にはただの原っぱに過ぎないはずなのだが……」
「なぜそこは聖地と言われているの?」
「ん? ああ、われらの祖先がこの世界に降臨した地だと伝えれれているからだよ。
いつの日か、われらを導くために神が再び降臨する場所だとも言われている」
「……ねえ、その聖地を見せてもらうわけにはいかないかしら?」
「それは構わんが、もうだいぶ遅い時間だ。
取り合えず今夜はゆっくり休むがいい。
わが姪っ子はもう夢の中のようだぞ」
言われてみれば、フェイはアスカの膝の上で彼女に抱きかかえられながらぐっすりと眠っていた。
もう深夜二時を回っている頃だった。
ユニたちはバーグルの好意に甘えて彼の家に泊めてもらうことにした。
広くはないが居心地のよい客室に〝しべ布団〟が用意されていて、アスカがフェイをその上に寝かせた。
ユニとアスカはフェイを挟むように川の字で横になり、毛布をかぶった。
しべ布団は麦の茎の柔らかい
ふかふかの布団に横たわると、乾いた草のよい香りがして、極上の寝心地である。
この一日、いろいろのことがあったので、疲れてすぐにでも目を閉じたかったが、その前にユニはアスカに聞いておきたいことがあった。
「ねえ、アスカ。
あなたはバーグルの話をどう思った?
帝国はどうして彼らの聖地を狙うのかしら」
「それは明日、実際にその聖地とやらを見ないと判断できないが、何らかの軍事的価値を見出しているのは間違いないだろうな。
私はこの島の位置が鍵だと思うが……」
「島の位置って?」
「ボルソ川はここで大きく南に蛇行しているだろう。
もし川がまっすぐ流れていたと仮定してみろ。
この島は当然王国領になっているはずだ。
いわばこの島は帝国が王国領に打ち込んだ
ユニにもアスカが言わんとしていることが理解できた。
「つまりここは帝国でもっとも〝穴〟に近い場所だってことね?」
「そうだ。帝国が魔導士まで調査に送ってきたということは、例のクロウラ事件と関りがあると見るべきだろうな」
アスカの言うことはもっともだ。
それは明日、聖地とやらを見ればもっとはっきりするだろう。
それさえわかれば任務は完了だ。
……だが、それでいいのだろうか?
軍事的な介入は必要ないとアリストアに言われているし、そんなことをすれば外交問題になりかねない。
しかし、強大な軍事力をもつ帝国は、いずれ強引に彼らの目的を達成してしまうのではないだろうか……。
襲い来る睡魔と戦いながら、ユニがそんなことを考えていると、アスカがぽつりとつぶやいた。
「それにしてもフェイはどうしたものかな……」
まったく考えていなかったことに、ユニは不意をつかれてしまった。
「え? フェイがどうしたの」
「彼女は孤児だ。
身寄りがこの島にいることがわかったというのに、村では受け入れを拒否している。
仕事が終わればカシルに戻ることになるだろうが、また盗みをしたり、こんな危険な仕事に首を突っ込むのだろう。
まだ九歳の少女だぞ?」
「……冷たいようだけど、それはあたしたちが考えることではないわ。
フェイのような孤児が、カシルだけでもどれだけいると思うの?」
「それはそうなのだがな……。
もう寝よう。そろそろ限界だ」
アスカはそう言いながら、すぐには眠らずに少し考え事をしているようだった。
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