第569話 魔大陸にて

 魔大陸のとある場所にて、1人暴れ回っている勇者がいた。その者はゴブリンが魔素で強化されたダークゴブリンたちを、手当たり次第にどんどんと斬り刻んでいく。


「ギャッ」

「グギャ」


「何だあ? 魔族ってのは喋らねぇのか?」


 魔物と魔族の違いがわかっていないこの者は、ソフィーリアが教団への当てつけで召喚した連続殺人犯の死刑囚である。


 彼は神殿から出たあと、【変身】のスキルを使って難なく皇都からも出てしまい、しばらく身を潜めて月の落ちる方角からおおよその西方面を判別すると、そのまま歩いて西の方向へと進んで行ったのだ。


 そして、疲れたところでまた【変身】を使い、身の安全を確保してから睡眠を取っていた。


 それから翌日も同じような行動指針で活動しつつ、街などを見かけては入街税をウォルターからせしめた大量の金貨の中から支払い、何食わぬ顔をして街見学などをしながら日常生活における情報収集を行っていく。


 その情報収集において得た知識で最初に購入した物はマジックポーチであり、その効果を彼が確認したところたいそう気に入り、不思議なポーチもあるもんだと感心していたのだった。


 これにより手荷物をわざわざ抱えて運ぶという手間がなくなったために、日常品を買ったり、キャンプ道具一式を買ったりして、当初の目的からそれてしまい、ショッピングを楽しむような一面も垣間見えた。


 その後は、また西へ向かって歩き出したり、途中で寄った街から馬車を使って西へ向かったりしながら、運がいいのか魔物と出会うこともなく、異世界の旅というものを思いのほか満喫していく。


 そのような彼の旅は、神聖セレスティア皇国の最西端となる辺境領で終わりを迎える。最西端の街にて手に入れた情報は、これ以上西へは街や村もないし、進むことができないというものだった。


 何故ならこれより西は魔大陸となり敵国の領土であるゆえに、国境近くの砦では辺境軍が目を光らせて監視しているのだ。


 その上、魔大陸へ向かうには山を越えなければならないことも、この時に得た情報で知ることとなる。


 彼は魔大陸へ行きたいというのに平野では砦に詰める辺境軍、それを抜けても今度は山越えをしなければならない。彼のテンションはだだ下がりとなってしまう。


 それからというもの、とりあえずその街で数泊することにした彼は、どうやって魔大陸へ足を踏み入れるか作戦を練るのだった。


 そして、その作戦の決行日までに、彼は山越えするためのまとまった食料を買い込んでいき、旅の準備が整い次第、街から出ると西へ向かった。


 その後の彼の行動は簡単で、砦の位置を街で仕入れたことによってその砦を迂回し、警戒中の辺境軍と鉢合わせしないような旅路をとる。


 それにより獣道を進むことになったため、途中途中で出会ったウルフ系の魔物はサクサクと殺していき、『凶暴な野生動物がいる世界だ』と斜め上の勘違いをしていた。


 それもひとえに、現代社会においてラノベというものに触れたことがないからだ。彼にとって初めて見た魔物とは、見た目が狼に似ていたので現代社会にいるような“野生動物”と判断したのである。


 せめて彼がラノベの定番となる冒険者登録だったり、初めて出会った魔物がゴブリンとかだったのなら、また違った解釈をしていたのかもしれない。


 そのような彼も獣道を進み続けることで、ようやく魔大陸入りを果たすのであった。


 そして、彼は魔大陸に足を踏み入れたところで、またもや野生動物ことウルフ系の魔物に襲われてしまう。そのウルフ系は魔素により強化された、ウルフの上位種となるダークウルフだ。


「黒シェパードか?」


 そのような感想を口にする彼は、ここにきて初めて魔法攻撃という名の洗礼を受ける。


 今まで出会ったウルフ系の色違いと考えていただけの彼に、ダークウルフは《ダークネスアロー》を浴びせるのだった。


 その初めて目にする攻撃方法に慌てた彼は、咄嗟に片腕を大盾に変化させると、しゃがみこんでその陰に身を隠した。それにより彼は黒矢の餌食となることはなかったのだが、代わりに絶賛混乱中である。


「な、何だあれは!? いきなり黒い矢が出てきたぞ。どうする!? どうする?!」


 どうしたもんかと思考をフル回転させている彼に、ダークウルフは仲間に指示を出すため遠吠えをする。それによって身を屈めている彼のサイドから、ダークウルフが飛びかかってきたのだ。


「クソったれ!」 


 空いている腕を咄嗟の判断で剣にした彼は、それで横から襲いかかってくるダークウルフを迎え撃つ。


 ダークウルフが噛み砕かんと大口を開けて迫り来る中で、彼の剣がその口に吸い込まれていく。それによりダークウルフは、自ら剣を飲み込む形となって絶命するのだった。


 このままではいずれ殺られると思った彼は、攻勢に転じるために立ち上がると剣と大盾を構える。だが、その剣と大盾は彼の体の一部が変化したものなので、傍目から見ると絵面的には悪い。


 その後の彼は《ダークネスアロー》を大盾で何とか防ぎつつ、飛び込んできたダークウルフに対しては剣でちまちまと斬り刻んでいき、かなりの時間と体力を使って、ようやくダークウルフたちを倒しきったのだった。


 その戦闘後は荒くなった呼吸を整えていき、落ち着いたところで今後の活動方針を考え始める。


「だいたい魔族ってやつは何処にいるんだ……仕方ねぇ、また宛もなく西へ向かうか……」


 魔大陸の地形について何の情報も持たない彼は、結局のところ“西へ向かう”という当初の目的を頼りにするしかないようだ。


 そのような彼が歩き続けていたら、ようやく彼の中で魔族と思える者たちを遠目に発見する。


 その者たちは黒い体表に醜悪な面構えで、如何にも悪いやつですと言わんばかりの風貌をしていた。更には狼型のダークウルフとは違い、人型だったのだ。


「ようやく魔族のお出ましか。確かに見た目は極悪そのものだな」


 彼はその者たちを斬り刻むために一気に駆け出した。


「ガギャ?」

「ゴギャ?」


 そう。彼が魔族と勘違いしたのはゴブリン種だ。ここにきてようやく定番のゴブリンと出会ったのだが、魔大陸で初対面となる彼は魔物とは思わず、魔族と思ってしまったのだ。


 そして話は冒頭に戻る。


 彼は女神から与えられたあれやこれやのスキルを活かし、ただのゴブリンよりも強いダークゴブリンとの初戦闘で対等以上に戦っていた。


 そして、その戦いも終わると、彼はあまりの呆気なさにキョトンとしてしまう。


「こんなものにあいつらは手を焼いているのか?」


 元々の世界での教養や経歴もあってか、人体のどこを斬れば動きを封じ込めたり、はたまた致命傷となりうるのか知っている彼は、ダークゴブリン(彼の中では魔族)がビビるほどの相手なのか疑問が尽きない。


「ひょっとして、この世界の人間たちはめちゃくちゃ弱いのか? だから軍なんて持っているくせに、魔王相手に戦争をしかけていないんだな」


 誰も彼にこの世界での常識を教えないので、彼の中での疑問は斜め上の回答を導き出してしまったようだ。


 彼が弱いと判断するセレスティア皇国軍とて、相手がドラゴンとかでなければ魔物相手に何ら苦労はしないことを彼は気づいていない。


 そして、彼は勘違いをしたまま次の魔族を倒すために、宛もなく歩く旅を再開する。


 いつしか彼が、魔物と魔族の違いに気づくことがあるのだろうか。現時点でそれは、誰にもわからないことであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 同じ魔大陸の別の場所では、東西南北よもひろと同行者の男が徘徊していた。そして、同行者の男が頭上に視線を向けたので、東西南北よもひろがそれに気づく。


「どうした、ダーメ」


 東西南北よもひろが謎の男に対し、そのように呼びかける。2人は初対面の時に手を組むようになり、その時に謎の男が「ダーメ・ポー」と名乗っていたのだ。


 ダーメは東西南北よもひろに対し何か答えるわけでもなく、頭上で飛んでいるコウモリに視線を向けていた。


 やがて、そのコウモリがどこかへ飛んでいくと、ようやくダーメが口を開く。


「この土地に人間が入ったみたいだ」


「勇者たちか?」


「いや……」


 東西南北よもひろの問いかけにダーメはかぶりを振った。


「じゃあ、誰なんだよ」


「……謎だな」


 東西南北よもひろが誰何したのに、結局のところわからないというダーメの言葉により、東西南北よもひろは少し苛立つ。


「何のための使い魔だ」


 そのように苛立ちを見せる東西南北よもひろとは違って、ダーメは当たり前のことを伝えるのみだ。


「世界の全てがわかるほど、大量の使い魔を使役できるわけがないだろう。文句があるのならお前が使い魔を放てばいいだけの話だ」


 ダーメからそのように言われてしまった東西南北よもひろは、当然のことながら使い魔など使役しておらず、それが自身でもわかっているからこそ、ダーメからの言葉には反論できない。


 そして、反論できない東西南北よもひろはやり場のない気持ちを舌打ちに変え、ダーメに今後のことを尋ねた。


 その言葉に対してダーメは少し逡巡する。


「……何者かわからない以上は、しばらく様子見になるな。使い魔を1匹張り付かせておこう」


 その言葉を聞いた東西南北よもひろは、当然の疑問を口にした。


「使い魔は用事が済んだから飛んで行っただろ。どうやって張り付かせるんだ?」


「まだ遠くまで行っていないから、契約を通して念話が使える」


「便利なもんだな」


「そうでもない。念話はこちからの一方通行だから、指示出ししか使い用途がない」


 そう言ったダーメは、早速念話を開始するのか喋るのをやめて口を閉ざすと瞳を閉じた。それを見た東西南北よもひろはしばらくかかるかと思っていたのだが、大した時間を取られることもなくダーメが再び瞳を開いた。


「終わったのか?」


「ああ」


「やっぱり便利なもんだな」


 そのような感想をこぼす東西南北よもひろは、ふと思い至ったのかダーメに対して疑問を投げかける。


「使い魔の契約って難しいのか?」


「何だ、興味があるのか?」


「ああ。俺も使い魔を使役できれば、お前にデカい顔をされなくて済む」


 東西南北よもひろの子供じみた理由を聞いたダーメはたまらず失笑してしまい、それを見た東西南北よもひろがムッとする。


「すまんすまん。使役するとして対象は何にするんだ?」


「そんなの決まっている……ドラゴンだ」


 何の疑いもなく自信満々に言ってのける東西南北よもひろの言葉を聞いたダーメは、ポカンとするとすぐに破顔して爆笑してしまうのだった。


「お前、身の程知らずにも程があるだろ。ドラゴンを使役するだって? ドラゴンより弱いお前の力に、いったいどこのドラゴンが従うってんだ」


 笑いの止まらないダーメを見ている東西南北よもひろは、『こいつ、殺してやろうか』と何度も思ってしまうが、未だ模擬戦などで勝てた試しがないせいか、やり場のない気持ちを抱え込むだけになる。


「まぁ、そう怒るな。方法がないわけでもない」


 何かしらの方法があると、暗に指し示すダーメの言葉を聞いた東西南北よもひろが食い気味に尋ねると、ダーメはその方法を教えるのだった。


「可能性があるとするのならば、生まれて間もない子ドラゴンを使役することだな。生まれて間もないのなら、お前でも簡単に倒せるだろ」


「よし! 子ドラゴンのところへすぐに行くぞ!」


 ドラゴンを使役する方法があることを知れた東西南北よもひろが意気込みよくそう宣言すると、ダーメはそのような東西南北よもひろに対して、呆れたような口調で伝える。


「馬鹿だろ、お前……子ドラゴンがいるのはドラゴンの巣だぞ。親ドラゴンの目をかいくぐって、どうやって契約するんだ?」


「そんなの1匹でいる時にすればいいだろ」


「仮に親ドラゴンがいなくても、周りには他のドラゴンがいたりするんだぞ。どこの世界に多数のドラゴンから襲われるってわかってて、巣に入り込む奴がいるってんだ。そんな奴は今まで見たことも聞いたこともない」


「俺は勇者なんだから何とかなるだろ?!」


「お前が勇者でも仮に倒せるとしたら、それは仲間とパーティーを組んで1匹のドラゴンに対してだけだ。過去の勇者たちが倒したドラゴンも1匹との戦闘だったんだぞ。2匹以上を同時に相手取って戦闘をした勇者はいない」


 どうしてもドラゴンを諦めきれない東西南北よもひろが何とか食い下がろうとするも、ダーメは現実を突きつけ無理だということをわからせるのだった。


「とりあえず今は自分の力を高めることに集中しておけ。弱いままじゃドラゴンと戦う以前の話だぞ」


 ダーメがそう締めくくると、東西南北よもひろも弱いままでは何を言っても意味がないと理解したのか、気配探知を使い魔物のいる範囲を確かめると、今よりももっと強くなるために足を踏み出すのであった。

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