第533話 新規絶頂オタクギア

 ケビンサイドの勇者たちがほぼオタクの集まりとあってかワイワイがやがやとしている中で、白の騎士団ホワイトナイツのベッファが声を上げる。


「魔王に洗脳されし勇者たちよ、女神フィリア様の名のもとに耳を傾けたまえ!」


 いきなり声を上げてきたベッファに驚いたのか、当然のごとく反応をしたケビンサイドの勇者たちは、ベッファが何を言うのか耳を傾けている。


「そこにいるのは悪しき魔王である。君たちは勇者であり魔王を討つべきことが本来の役目なのです。さぁ、即刻こちら側へと戻り、仲間たちと協力して魔王を討つのです。女神フィリア様の加護のもとに!」


 ドヤ顔を見せつつ両手を広げてポーズを決めているベッファに、ケビンサイドの勇者たちは完全に沈黙してベッファをただ見つめていた。そしてベッファは決まり文句の後にくる『導きをもって子羊を救わん』がこないために、ドヤ顔決めポーズのまま固まってしまう。


「のう、主殿よ。あやつは何がしたいのだ? 格好つけたいがために注目を集めているのか?」


「そうだ。よく見ておくがいい。アレが業界用語で『スベる』というやつだ。彼は注目を集めたのにドヤ顔決めポーズでスベるという、世紀の偉業を成し遂げた勇者だ」


「ほう……身を呈して『スベる』を体現した勇者ということかの」


 ケビンがそのような説明をクララにしていると、絶賛スベり真っ最中のベッファではなく、エドモンドが動いて声を上げた。


「ガハハハハ! ベッファは腹の底から声を出さぬから聞こえておらぬのではないか? 俺が発声練習と腹式呼吸で鍛えた腹筋を使って、よく通る声というのを見せてやろう。まずは前準備だ。ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ!」


『ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ!』


「あいつ……まだアレをやってたのか……」


《あなたがバカな声を上げるからよ。なんちゃって吟遊詩人さん?》


「では、いくぞ!」


 前準備が終わったあとに、モストマスキュラーポーズを決めたエドモンドが掛け声を放つと、サナが悪ノリでそれに便乗する。


『イッツマイラ〇フ! ミュージックスタート!』


「魔王側にいる勇者諸君! 女神フィリア様の名のもとに耳を傾けたまえ!」


 エドモンドがサイド・トライセップスを決めつつ最初の一声を上げ、それに満足すると流れるようにしてフロント・ラットスプレッドにポーズを変えたら、唖然としている勇者たちに語りかけていく。


「そこにいる魔王は悪である! 諸君らはこちら側にいるべき正義の勇者だ! こっちに早く戻ってきて俺の筋肉とともに魔王を討つのだ! 女神フィリア様の加護のもとに!」


 そして締めと言わんばかりにエドモンドが、バック・ダブルバイセップスからのサナによる『イッッマイ、ラ~イ♪』とともに満面の笑みでサイドチェストを決めたら、ドヤ顔決めポーズをしたまま固まっているベッファの隣で、同じくドヤ顔決めポーズのまま勇者たちの言葉を待った。


『あああああぁぁぁがないっ?!』


《あるわけないよ、サナちゃん……》


『サナは幸せそうでいいな』


 ケビンの脳内でほのぼのとした会話がされていると、そこへまたしても疑問を持ったクララがケビンに尋ねる。


「主殿よ、あれもまた『スベる』なのか? 本人は満面の笑みだぞ」


「あれは筋肉に魅せられた者の宿命である。苦しそうに筋肉を見せつけられても困るであろう? ゆえにああやって『私は別にきつくありませんよ?』ってアピールするために、余裕の表情とも受け取れるような笑顔を作っているというわけだ」


「ほう……スベったのに余裕の表情なのか。今回の団長たちは中々に気概のあるやつが揃っておるようだの」


 そして、ドヤ顔決めポーズの2人が固まっていると、更なる刺客がやってくる。


「まったく……見ていられませんね。中途半端なやり方ではろくなことにならないと歴史が証明しています」


 固まる2人の近くにやってきたのは、何かにつけてうんちくを語りたがるベルトランだった。


「いいですか? 魔導具と言うのは今から約数百年前に――」


 だが、魔導具の効果を発動させるどころかケビンサイドの勇者たちを見向きもせずに、固まる2人に対してうんちくを述べ始める。そして経過すること十数分。


「――というわけです。指示を出すなら簡潔明瞭にしなければなりません。歴史を知る私がお手本をお見せしましょう。勇者たち、女神フィリア様の名のもとに耳を傾けたまえ。あなたたちは私たちと協力して魔王を倒さなければならない。女神フィリア様の加護のもとに」


 そう言うベルトランが眼鏡をクイッと上げる決めポーズとすると、ドヤ顔決めポーズの団長が3人となるが、ベルトランのうんちくが始まった時点でもう既に飽きていたのか、ケビンは途中から団長たちのことなどそっちのけで、テーブルを出してはイスに座りみんなでくつろいでいた。


「魔王様、ミートソーススパゲティを出して欲しいのだが、如何だろうか? いやな、戦果を上げろと言うのなら致し方ないかもしれんが、何事にも前祝いというものがあるだろう? 戦果を上げなくても先に食べてもいいと思うのだが、出してはくれまいか? いや、出してくれ!」


「食え」


「おお、恩に着るぞ魔王様。それでだな、ミートソーススパゲティを出せるということは、もしや抹――」


「飲め」


「凄いではないか、魔王様! 私が全てを語らずとも出せるとは、さすがは魔王様だ。いや、この場合はさすまおだったか? なぁ、あずま少年?」


「その通りですが、何か?」


 そしてケビンは生徒会長に出して他の人には出さないというわけにもいかず、食べ物と飲み物をテーブルにポンポンと並べていく。


「あ、カルボナーラだ」

「私はオムライス……?」

「オムスパ……?」


「「「ドクペっ?!」」」


 三姉妹はツッコんだら負けのような気がする好みの食べ物を出されたはいいが、同じくツッコんだら負けのような気がする飲み物が何故かドクペだったことに驚愕した。


「「「ケーキっ?!」」」


「やったにゃん!」

「うそ……異世界にあったの……」

「あったみたいですね……」


 それから、何が好みかわからなかった猫屋敷たちには無難にケーキが出されていたのだが、それを見た猫屋敷たちが同じく驚愕すると、【オクタ】のメンバーには偏見でオムライスが提供されていた。


「プリシラ氏からオムライスの上に名前を書いて欲しい件」

「某もお願いするでごわす」

「拙僧もこの機会に是非とも」

「拙者も頼むでござる」


「魔王様」


「構わん。それぞれの名前を書いてやれ。童貞の儚い夢だ」


「小生が痛恨の一撃を受けた件」

「某もでごわす」

「拙僧も同じく」

「拙者は翡翠ちゃんのために取ってあるから、別に恥だとは思わないでござる」

「宗くん愛してる♡」

「メイドさんにお願いとかするからよ」

「まったく智ったら」

「メイドさんなら仕方がないよ」


「それでは不肖ながら私プリシラが、魔王様のために磨き上げた【アキバのメイド道】をご披露致します」


「異世界なのに【アキバのメイド道】ですとっ!?」


「貴方の名前は……「そやつは『マサノブ』だ」……つまりこの場合は『まーくん』ですね。魔王様以外に♡マークを付けるなどそうそうありませんので、それを噛み締めながらご堪能ください」


「させてもらうであります!」


「では……コホン。きゅるるん、るん♪ おかえりなさいませ、ご主人様♪」


「キターッ!」


「お席にご案内する前にもうテーブルにおつきになってるなんて、ご主人様は我慢がきかない人みたいですね♪ それでは、ご主人様のオムライスに魔法の文字を書きますよ~きゅるるん、るん♪」


 そしてプリシラがあずまのオムライスに『まーくん♡』とケチャップで書き記すと、儀式の言葉を営業スマイルとともに、完全によそいきの営業声で可愛らしく口にする。


「きゅるるん☆ それではまーくん、美味しくなる魔法の合言葉をかけちゃいますよ~♪ 準備はいいですか~♪」


「うぉっほー! 小生、年中無休で準備万端なのであります!」


「それでは、ご一緒に~……おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」


「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」


「萌え萌え~……」


「萌え萌え~……」


「キュンッ♡(パチンッ)」


 プリシラのご奉仕魂が火を吹いて、締めの言葉をウインクとともにされてしまい、それを受けたあずまは瞬殺されてしまう。


「ぐはっ……! もう、小生! 死んでもいいくらいの気持ちになったのですが!? なったのですがっ!!」


「まだまだこれからですよ~♪ 魔法の国の食べ物には魔法の飲み物がつくのですよ~♪」


「も、もしやっ!?」


 そしてどこから取り出したのか、プリシラはシェーカーを準備するとものの見事な手際で材料を注ぎ込んでいく。


「しゃかしゃか~♪ しゃかしゃか~♪」


「キタコレぇぇぇぇ!」


「まーくん、魔法のドリンクは何色になってるかわかりますか~♪」


「しょ、小生! 空色の青と予想するであります!!」


「ざんね~ん♪ 魔法のドリンクは萌え萌えラブリーなピンク色です♪」


 プリシラの言葉の後にとくとくとコップに注ぎ込まれていくドリンクは、あずまの予想を外れたピンク色をした飲み物である。それを見たあずまはたとえ外れていても幸福絶頂が後を絶たない。


「仕上げは魔法の合言葉ですよ~♪ まーくんもご一緒に~……おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」


「おいしくな~れ♪ おいしくな~れ♪」


「ラブラブリー……」


「ア、アドリブですとっ!?」


「キュンッ♡(パチンッ)」


「がはっ! わ、我が生涯に一片の悔いなしっ!!」


 興奮幸福最絶頂のあずまがプリシラによる【アキバのメイド道】をその身に受けたら、感涙しながら噛み締めるように食事を進めていく。そして、【オクタ】の残る男子たちも同じようにプリシラからのご奉仕を受けて感涙している。


「執事喫茶はないのっ?!」

「男って単純なんだから……」

「しーくん嬉しそう♪」

「宗くん良かったね♡」


 そのような【オクタ】メンバーである女子たちの会話を聞いたケビンは、面白そうだからという理由だけで、自らの分身に偽装を施してバレないようにしたら、執事服を着せていちじくの相手をさせてみることにした。


「おかえりなさいませ、お嬢様。そのように顔を顰めては、可愛らしいお嬢様のご尊顔をセバスが拝見できなくなってしまいます」


「不意打ちキタァァァァ!」


「お嬢様、淑女たるものそのように叫んではいけませんよ。さぁ、このセバスが愛情を込めてお作りしたお嬢様のためだけのお食事を、存分にお召し上がりください。食後のデザートもご用意していますよ」


「濡れるっ!! 我が生涯に一片の悔いなしっ!!」


 そしてケビンは他の女子たちの情報を鑑定によって読み取ると、サナと共謀しながらそれぞれの理想としている執事を更に増やした。


「マジ!? これマジなの!?」

「キャーッ♡ 鷹也様ぁぁぁぁ!!」

「そ、宗くんの執事服姿っ!?」


 そのようなオタクグループが興奮絶頂の最中、それを見ていた他の生徒たちはあまりの熱狂ぶりにドン引きしていた。そしてそれは相対する勇者たちも同様で開いた口が塞がらず、ポカンとした表情で緊張感の全く感じられない魔王陣営を眺めている。


「おいおい、バングルの効果が発動してねぇじゃねーか」

「おかしいですね」


「バングルの効果とはいったい何の話ですか?」


 魔王陣営を眺めているアロンツォとヒューゴがそのことを口にすると、何も聞かされていないガブリエルが問いかけるも、それを見たタイラーが内輪でガヤガヤされるのを阻止するため、ガブリエルの問いかけを制止する。


「総団長は知らなくてもいいことだ。それよりも目の前のことに集中しな。あそこにいるのは俺たちが数年前に痛い目を見た魔王とその側近たちだぞ」


 その言葉を聞いたガブリエルは気を引き締め直すと、勇者たちに振り返り再度激励の言葉をかけていく。そのような中でケビンはふと思ったのか、あずまたちにバングルの効果が効いていない理由を尋ねていた。


「バングルとポーチに余計なものが付いていることは、それを与えられた時点でラノベ知識を持っていたので疑っていたのであります」


「某とあずま氏は鑑定持ちですから、レベルを上げて何が付与されているのかバングルを調べたでごわす」


「よって小生の【鍛冶師】とにのまえ氏の【錬金術師】で魔改造したのですが、何か?」


「そういうことか」


 そのような時にケビンは教育実習生の結愛ゆあから、当たり前のことを質問されてしまう。


「魔王様、お食事を頂いたあとでこう言うのもなんですけど、私たちは勇者たちと戦わなくてはならないのですか?」


「別に殺せと命令するつもりはない。我は端から殺すつもりはないゆえ、勇者たちを行動不能にするだけでいい。我からしてみればこれは暇つぶしのゲームだ」


「ですが、今までお互いに切磋琢磨した仲間を攻撃するというのは……」


 ケビンの言葉に対してそのように返す結愛ゆあの心境と同じなのか、他の生徒たちもチラホラと頷いている。それを見たケビンは戦えない者に関しては邪魔さえしなければ問題ないとして、この場で待機を促すのだった。


「魔王様、私は戦うぞ。なに、一宿はしていないが一飯の恩があるのでな。殺すのではなく行動不能にするだけなら、私が拒否する理由もない。もとより私は、デスフィフスである【闇黒魔法少女ダークネスマジカル】のモモだ」


「まだその設定生きてたんだ……」

「よほど気に入ったのね……」

「生徒会長……」

「存外にノリノリだよな……」


「そうか。それならその決意に報いて我からの褒美をやろう」


 そしてケビンは生徒会長を立たせると、冒険者服装だった生徒会長の服装を魔法少女の服装に変えてしまうのだった。


「キタコレー!」

「【闇黒魔法少女ダークネスマジカルモモ】の降臨でごわす!」

「カ、カメラがないのが悔やまれますぞ!」

「魔王様は凄いでござる!」


 ケビンによって勝手に服装を変えられてしまった生徒会長は怒るでもなく、そのヒラヒラとした短めのフリフリスカートと全体的に黒色ベースな配色を見て、あずまたち同様に興奮するのである。


「これは完璧な【闇黒魔法少女ダークネスマジカルモモ】ではないか!?」


「あと、これが魔法のステッキだ」


「魔法のステッキ完備でありますかっ!?」

「これで完全降臨でごわす!」

「是非とも技名には『ダークネス』を付けて欲しいのですぞ!」

「拙者も忍者服装にして欲しいでござる!」


 それからケビンは猿飛の要望に応えて忍者服装にしてしまうと、ペアルックを望んだ服部もくノ一服装になり、2人してテンションがうなぎ登りとなっていく。


「【闇黒魔法少女ダークネスマジカル】のモモよ、そのスカートは短いが【鉄壁】を付与している。つまりどれだけ激しく動いても中が見られるということはない。見えそうで見えないというコンセプトの元に作り上げられた逸品だ」


「魔王様が萌えを理解している件」

「見えない先を想像する萌えの醍醐味でごわす」

「神の光に邪魔されることがないのですぞ」


「翡翠ちゃんのにも付いているでござるか? 拙者以外に見せたくないのでござる」

「宗くん♡」


「それならソウスケだけが覗けるように変更しておこう」


「猿飛氏が羨ましい件」

「彼氏だから仕方がないでごわす」

「拙者もみこちゃんのは人に見せたくないですぞ」


「それじゃあお前たちの彼女たちも服装を変えて、同じようにしてやる」


「キターッ!」

「魔王様に感謝でごわす!」

「萌えに燃えますぞ!」


 男子たちの意見のみでサクッと服装を変えられてしまったいちじくたちは、何とも言えない気持ちに陥ってしまう。


あずまのスケベ!」

「智……欲望に忠実すぎ……」

「しーくんエッチだよぉ……」


 そして残る【オクタ】の男子たちも、結局のところケビンによって服装をそれらしいものに変えられてしまい、完全なる職業コスプレに興奮冷めやらぬ感じとなって大はしゃぎする。


「ダークサイドに堕ちてからというもの、萌えの嵐であります!」

「『はい』を選択して良かったでごわす!」

「これは一生に一度の体験ですぞ!」

「拙者の忍者魂が昂るでござる!」

「これって完全にミニスカの女騎士じゃない……」

「私もミニスカの魔導師よ」

「私は神官服のスリットが太ももまで入ってるよ」

「宗くんにしか見られないなら大丈夫かな」


「ダークネスミートソーススパゲティ……いや、長すぎるな。頭文字を取って【DMS】……よし、これでいこう。次はダークネス抹茶……英語と漢字では語呂が悪い……ダークネスマッチャグリーンティー……長くなってしまうか……こっちは【DMG】でいくか……?」


「モモ氏、それでは【文書管理システム】や【ダメージ】と取られかねない件。そこはあえて『ダークネス』を後ろに配置して、【MSダークネス】や【MGTダークネス】としてはいかがかと? もはやロボットモノのアニメに出てきそうな名称にも聞こえてきますが、何か?」


「でかした、あずま少年! それでいこう!」


 ノリノリな生徒会長が技名の名称付けに没頭していたところに、あずまがやってきて助け舟を出すと早速それを採用して、次々と新しい技名を開発するために【オクタ】のメンバーが集結していく。


 そしてとうとう生徒会長の技名が色々と決まりだしたところで、勇者サイドと魔王サイドの戦いの火蓋がようやく切られようとしたのであった。

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