第504話 九鬼の価値観

 九鬼のステータスを覗いたケビンがその中身を確認してから、いったい何が見えたのかとサイモンたちは緊張感に包み込まれているが、九鬼が1人不安に駆り立てられている中でケビンはボソッと呟いてしまう。


「こんな所でネタバレが起こるとはなぁ……」


「ねたばれって何だ?」


「それはな、楽しみにしていたことがバレてしまうことだ。サイモンでもわかるように言うと、箱詰めのプレゼントの中身を開ける前にバラされてしまったことだな」


 それを聞いたサイモンが納得顔になるが、果たしてステータスの何がそんなに落ち込む原因になるのかケビンに尋ねると、それに対してケビンが事情を知らないのだと気づいたら、喋り出す前に九鬼へと問いかけるのだった。


「クキはサイモンたちに言ってないのか? 秘密にしておきたいなら黙っておくぞ」


「その……」


「クキが知られたくねぇってなら、俺たちは別に秘密のままでもいいぜ。秘密の1つや2つ、誰にでもあることだろ」


「……サイモンさんたちにはお世話になっていますし、その……やっぱり隠したままだと後ろめたい気持ちが拭えないので……」


「無理しなくてもいいぞ?」


「いえ、無理ではありません。ぼ、僕は……本当はこの世界の人じゃないんです!」


 九鬼が力強くそう告げてしまうが、その決死の覚悟も学のないサイモンには案の定通じなかったようだ。


「なぁ、この世界って何だ? ここに生きてりゃこの世界じゃないのか?」

「俺に聞くなよ。世界は世界だろ。他国の人間ってことじゃねぇのか?」

「別大陸ってことかしら?」

「別大陸なんてあるの? この大陸しか私は知らないわよ。学校でも習ってないんだし」


「え……」


「まぁ、そういうことだ。この世界の人間にとって、異世界なんてのはごく一部の者しか知らない。フィリア教のトップとかな」


「ケビンはわかるのか?」


「簡単な話だ。クキはフィリア教が召喚した勇者だ」


「「「「勇者っ!?」」」」


 勇者という単語を聞いてしまったサイモンたちは一様に驚きを隠せず、勇者について語り始めていく。


「ゆ、勇者って言うとアレだろ?! 魔王を倒して世界を救うって言う……」


「そうだな」


「でも、魔王っていないわよね? いたら魔大陸と戦争になっているもの」


「え……いないんですか? いるから召喚されたんじゃ……」


「俺は魔大陸に魔王が現れたなんて聞いてないぜ」

「俺も聞いたことがないな」

「魔王が現れたらそれこそのんびりしていられないわよ」

「各国をあげての戦争になるものね」


「ど、どうして召喚なんか……」


 サイモンたちが『魔王はいない』と口々にしていくと、そのような光景を見ていたケビンが面白そうに答えるのだった。


「魔王ならいるぞ」


「「「「「えっ!?」」」」」


「目の前にいるだろ」


 ケビンの告げた言葉を聞いた5人が意味もわからず沈黙していると、ケビンは笑いながらその続きを喋り始める。


「俺が魔王だ。フィリア教団が俺を魔王認定して仕掛けてきた戦争が、1年とちょっと前にあった戦争だ」


「「「「「えぇぇぇぇっ!」」」」」


 ケビンが自ら魔王と名乗り、あまつさえそれを認定したのがフィリア教団だと知ると、サイモンはわけがわからなくなってケビンに問い詰めるのだった。


「ど、どういうことだよ! ケビンのどこがどうなって魔王になるんだ?!」


「俺がセレスティア皇国に流れていた闇金の流れを止めたからな。その腹いせに喧嘩でも売ってきたんだろ」


「金の流れ?」


「旧帝国は腐っていたから、教会がぼったくり価格で民から寄付金を巻き上げていたんだ。だからほとんどの教会は潰した。残ってるのは善良な教会だけだな」


「え……じゃあ、僕たちはケビンさんを倒すために召喚されたってことですか?」


「そういうことだ。だからクキを鑑定した時にネタバレして溜息が出たんだ。次のイベントを楽しみにしていたのに、こんな所でわかってしまうんだもんな。やっぱり無闇矢鱈に鑑定なんてするもんじゃない」


「ちょ、ちょっと待て……クキ……今、って言ったよな? 勇者はお前だけじゃないのか?」


 サイモンが珍しく奇妙な点に気づいて九鬼に問い返すと、驚くべき事実を九鬼の口から聞かされることになる。


「僕たちは42名でこの世界に召喚されました。クラスメイト40名と、巻き込まれた教育実習生の先生と挨拶回りしていた生徒会長です」


「よ、42!?」

「勇者が42名って相当だぞ!」

「何回魔王を殺すつもりなの!?」

「きょういくじっしゅうせいって何!? せいとかいちょうって何!?」


「教育実習生は先生の見習いみたいなもんだ。生徒会長は全学生の代表みたいなもんだな」


「いや、そんなことよりも! 逃げた方がいいぞ、ケビン! 勇者が42人で攻めてくるんだぞ!」

「いや、クキがここにいるから41人だ!」

「そ、そうよ! 早く逃げないと!」

「ケビン君が殺されちゃう!」


 物語で語られている勇者の強さを知っている4人は、必死になってケビンに逃げるようにと説得するが、当の本人は逃げるつもりはサラサラないと答えるのみだ。


「異世界勇者41人だぞ? こんな楽しいイベントを見逃すはずないだろ。知らなければもっと楽しめたけど。あっ、クキはどうする? うちに攻めに来るか?」


「え……ちなみに攻めたらどうなりますか?」


「殺す」


「――ッ!」


「というのは冗談で、よくてボコだな。悪ければボコボコだ。売られた喧嘩はしっかり残さず買わせてもらう。クキだって不良をやってた昔はそうだったんだろ?」


「ど、どこまで知って……」


「お前が不良になった経緯とかな、誰を尊敬しているとか、誰を目指して頑張っているとか、その他諸々だ。俺の【鑑定】はそこまで見抜ける。ビックリしたか? 【鬼神】九鬼泰次」


「――ッ!」


 久方ぶりに呼ばれた異名と本名を耳にした九鬼は、目の前にいるケビンに対して戦慄を覚える。いったい【鑑定】によってどこまでの情報を見られてしまったのかと。


「こっちの世界には個人情報保護法なんてもんはないから、訴えることはできないぞ。裁判所なんてものは存在しないし、国のトップがルールっていうシンプルな形だ。絶対王政って歴史の授業で習っただろ?」


「何故そんなに詳しく……」


 ケビンは九鬼の疑問に答えるためにバングルを取り出してその効果を説明をしたら、腕に付けるように言うと九鬼が付けたのを確認してから話しかけるのだった。


『聞こえるか、九鬼? 応答は頭の中で考えるだけでいい』


『聞こえます』


『それじゃあ、九鬼のプライバシーを暴いたということで、俺の秘密も1つ教えておこう。俺は日本で死んだ後、この世界に転生してきた元日本人だ』


『――ッ!』


『これは俺の身内しか知らない秘密だ。取っておきの秘密だから九鬼も誰かに喋ったりするなよ? 下手したら自分だけじゃなくて喋った相手の命もなくなるぞ?』


『しゃ、喋りません!』


『まぁ、うっかり喋った時は教えてくれ。相手の記憶を消しに行くから』


『え……こ、殺すんじゃ……』


『悪人だったら殺す。そうでなければ記憶を消して、今まで通りの生活を送ってもらう。最初に脅したのは、それだけの秘密だってことを知って欲しかっただけだ』


『わかりました』


 九鬼が了承の意を示したところでケビンは念話をやめて、他の者にも聞こえるように通常通り喋り始めた。


「そのバングルは記念にやるから、何か困ったことがあったらそれを使って連絡してくれ」


「え……いいんですか? 性能から考えると高そうなのに……」


「それは俺が作った魔導具だ。買ってないから高くない」


「つ、作った?!」


「俺は魔導具職人でもあるからな。魔導具を作るのは趣味だ。クキが俺を殺しに来るってんなら、返してもらうけど」


「殺すなんて無理です! ケビンさんに勝てる見込みが0%です!」


「まぁ、無理だよな。クキは俺たちにすら勝てないんだから」


 そのような会話を続けていたらケビンはこの際だからと、ふと伝えておこうと思ったことを口にした。


「そういえば、カトレアは俺の嫁になったぞ」


「「「カトレア!?」」」


 カトレアの名前を聞いたサイモンやマルシア、更にはボコボコにされた経験のあるミミルが反応する。


「セレスティア皇国人だったみたいで、戦争の時に戦場で再会した」


「ま、まさか……ボコボコにしたりはしてないよな?」


「するわけないだろ。そのまま捕虜として拉致しただけだ。そのあと戦争中だったけど嫁にしたな」


「そちらの方もお嫁さんよね?」

「多いわよね?」

「前から噂には聞いていたけど、ケビンの嫁さんって何人いるんだ?」


「あぁぁ……この前の戦争で捕虜となった女性兵士を保護したからなぁ……全員となると……200人超えたな」


「「「「「200っ!?」」」」」


「帝国に住んでいない現地妻もいるしな」


「や、養えてるのか?」


「余裕だな。というか、みんな贅沢しないんだよなー高級なドレスや貴金属ってあまり身に付けないし、まぁ俺がそういうケバいのを嫌う傾向にあるからなんだろうけど。農作業とかも普通にするし、店番とかや魔導具作りもやってるな。あとはそのまま兵士を続けたくて騎士になったのもいるし」


「后なんだよな?」

「何故に農作業……」

「店番って……」


 そのような時に母親の件が原因で嫌な思いを心に刻みつけられている九鬼が、ケビンに対して自身の価値観をぶつけていく。


「ケ、ケビンさんは、その、奥さんが1人いるのに、更に増やすのは浮気だとか思わないんですか? 不誠実だとは……」


「あぁぁ、クキには相容れない話だったな。そもそもな、浮気って言うのは自分で決めることじゃない。相手が決めることだ。俺の場合は嫁さんたちがそれに該当するな」


「相手が……?」


「相手が『浮気された』と感じたら、その時点で浮気だ。どういうことかと言うと、クキがミミルやマルシアと3人で単なる会話をしたとする。それを知らなかったオリバーとサイモンが、あとでそのことを知って『浮気しやがって』と感じたら、その時点で2人は浮気したことになる。本人の意思は関係なくな」


「そんな無茶苦茶な……」


「でもそれが浮気ということだ。本人に浮気のつもりがなくても、パートナーが浮気と判断したら、その行為は相手にとって浮気になるんだよ。クキはただ単に会話をしただけのことを、浮気していると思うか?」


「いえ、話してるだけなら日常会話ですし……」


「そこが人それぞれ違ってくる浮気の境界線だ。『手を繋いだらダメ』、『一緒に食事をしたらダメ』、『2人きりになった時点でダメ』とか、人によって境界線が変わってくる。確実にアウトと誰しもが判断するのは、やってしまった時だな」


「はい。それは僕も思います」


「だが、人によってはそれを許容する人もいる。俗に言う浮気推奨派だな。その理由も人それぞれだ」


「ケビンさんの奥さんたちは浮気推奨派なんですか?」


 九鬼から問われた内容に対して、ケビンは多妻の始まりとなる出来事を九鬼に語っていく。


「元々な、俺は1人の女性と既に結婚の約束をしていたんだ。だけど、その人と会う前に2人の女性から好意を寄せられた。その好意を寄せる相手が次第に増えていくとどうなると思う?」


「誰が奥さんになるか競い出すんですか?」


「まぁ、そうなるよな。だが、この世界は一夫多妻が認められている。それをするかしないかは本人の意思によるけど、わざわざ女性たちが争っているのを見る必要もないだろ? 俺が多妻を受け入れれば、あとは女性たちの間の問題だ」


 ケビンが多妻を受け入れたら、あとは女性たちの問題になると言われた九鬼は、何故そうなるのかがわからずにケビンに問い返すと、それに対してケビンは更なる説明を続けた。


「俺を独占しようとすれば俺と結婚できない。多妻を許容すれば結婚できるけど、自分以外の女性が傍にいる。そうなってくると女性たちは、俺と結婚したいから仕方がないかと妥協するようになる。そもそもな話、一夫多妻はこの世界での一般常識だ。女性たちだって夫が多妻になったところで、ちゃんと幸せにしてくれるなら許容するんだよ」


「んー……わかるような、わからないような……」


「クキはあっちの世界から来たし、過去のこともあるから許容しかねるんだろ。郷に入っては郷に従えってわけじゃないが、クキの価値観は同じ勇者たちと分かち合うだけに留めておけ。こっちの世界で『一夫多妻は不誠実だ』なんて喧伝して回ったら、お偉いさんに『不敬罪だ』と言われて殺されるだけだぞ。ここはそういう世界だ。弱肉強食が成り立つ強い者が得をする世界なんだよ」


 ケビンから言われた『郷に入っては郷に従え』という言葉によって、九鬼は腑に落ちないが渋々納得する意を示すと、ケビンはケビンで最初の質問に答えるのだった。


「ちなみに俺は自分自身で浮気だとは思ってないぞ。浮ついた心じゃなくて、しっかりと相手を愛するからな」


「それは言葉遊びのような気もしますけど、もし奥さんが他の男性と寝たらどうするんですか? 自分が良くて相手はダメってことはないですよね?」


「はは、痛いところを突いてくるな。ちなみに嫁さんが他の男と寝たら、暴れて魔物を殺しまくると思う。そうなるのが嫌だから、俺に対して夢中になるように愛してるんだ」


 九鬼はその言葉を聞くと隣に座っているセリナへと視線を移し、セリナは九鬼の視線に気がついてケビンの言葉を肯定することを口にするのだった。


「ケビンさんに夢中ですから、私は他の男と寝たりしませんよ。貴方がもし女性だったら体験できたかもしれませんね。ケビンさんに1度抱かれると、もうケビンさん以外は目に入らないのです。体全体で愛されていると実感できるのですよ」


「他の奥さんたちもそうなんでしょうか?」


「愚問ですね。ケビンさんから離れられなくなったから、お嫁さんの数が増え続けているのです。それを充分に養えるほどの資産家でもありますし、お嫁さんたちには『好きに生きて構わない』と言って、配慮してくれているんです」


「配慮ですか?」


「先程の話でもあったように、后の中には農作業をする人がいます。これは農作業が大好きなお嫁さんの願いを叶えるために、ケビンさんが農地を用意したのです。更に自分のお店を持ちたいという方の願いを叶える時には、ケビンさんが全て準備をしてそのまま丸ごとお店をあげちゃうんですよ」


 まさに資産家がしそうな配慮を聞いてしまった九鬼やサイモンたちは、開いた口が塞がらない状態となり、ケビンの資産力に再度驚いてしまうのである。


「他にはそうですね……酷い目に遭った奴隷の方たちへは、人前に出なくてもいいように魔導具作りのお仕事を与えて、気晴らしができるようにもしていますし、自身の子供だけでなく城下や孤児院の子供たちが満足に遊べるように遊具を作ったりと、色々なことをしているんですよ」


「まさに資産家ですね……」


「そのような方のお傍にいて他の男へ目移りするわけがないでしょう? ケビンさんほどカッコよくて、優しくて、みんなの幸せを願っている人は、他に見たことも聞いたこともありません。私だけでなく他のお嫁さんたちにとっても最高で最上の旦那様なんです」


 いつしか浮気云々という話よりもセリナの単なる惚気話へと移行してしまい、満面の笑みを浮かべて話すセリナに『胸焼けしてるんで、もう結構です』とも言えない九鬼やサイモンたちは、その後しばらくはセリナの惚気話に付き合わされることとなる。


 それからしばらくして、ようやくセリナの惚気話がケビンによって止められると、この流れを元に戻してはいけないと感じたサイモンが、どうせだからとクキを鍛えるのに協力してくれと図々しくも頼んでは、マルシアからいつものように頭をどつかれてしまう。


 だが、ケビンも久しく誰かを育成するということをしていなかったことがあるのと、九鬼の持つスキルに興味が湧いたこともあり、サイモンの提案に了承するのであった。

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