第489話 本人のあずかり知らぬ噂の渦中で、何かが失われていく今日この頃(女子サイド)

※ 今回は4名ほど新たな生徒の名前が出てきます。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 九鬼が薬草採取に明け暮れている頃、神殿に残る生徒たちは日々の訓練に明け暮れていた。


 午前中は座学によるこの世界の常識、午後からは体を使った訓練をやるのが日課となっている。


 そして今までの生活とは違う環境に置かれて、生徒たちは元の世界でのショッピングやら食べ物やらが恋しくなるが、ないものねだりをしても意味がないことは理解していた。


 そのような中で変化があったのは言わずもがな。女子たちはいくら好きに命令できる奴隷がいても、それが男であったのでストレスがうなぎ登りとなっていくと、それを見兼ねた教育実習生が女子たちを集めて、とある提案をしたのだった。


「私を含めて男性が身の回りの世話をするというのは、私たち女性にとっては耐えられないことだと思います。よって、ウォルター枢機卿へ女性の奴隷へと変えていただくように伝えたいと思うのですが、男性のままがいいという方はいますか?」


「それよりもなくすという方法を取ってはどうでしょうか? さすがに知らない人と過ごすのは耐えられません」


 教育実習生の問いかけに対して女子の1人がそう告げると、それに異を唱えたのは勅使河原てしがわらであった。


「浅はかな考えは捨てた方がよろしくてよ。身の回りの世話係をなくしたら、貴女はどうやって身の回りのことをするのかしら?」


「え……自分ですればいいんじゃ……」


「はぁぁ……まだまだ元の世界の考え方が抜けきっていないようですわね」


「ど、どういうことよ!」


「自分で身の回りのことをなさるのなら、必要な物がどこに置いてあるのか知っているのかしら?」


「え……」


「ここは何でも揃う元の世界ではないのですよ? 必要な物は近くのコンビニへ買いに行けばいいだとか、スマホを使ってネットで取り寄せればいいだとかは通用しないのですわ。当然ショッピングモールなんて物は存在しませんわよ?」


「それくらい知ってるけど……」


「では、貴女はシーツがどこに置いてあるかわかるのかしら? 同じシーツをずっと使うなんて不衛生ですわよ?」


「そ……それは……」


「洗濯機なんてないのですから、当然昔ながらのやり方で洗濯をする羽目になりますわね。それを行う場所を貴女は知っていて?」


「……」


「私以外の皆さんもやっていることと思いますが、まさか下着類を奴隷の男性に渡してはいないでしょう? ということは、使った下着類は溜まっているはずです。最初はこちらの下着類の質の低さに抵抗があり、着替えなかった方もいらっしゃるとは思いますが、それをいつまでもは続けられないはず。それならまだ日も浅いうちに女性の奴隷へと変更していただいて、洗濯を頼んだ方が部屋も臭くならなくてよろしいのでは?」


 理路整然と説明する勅使河原てしがわらの言葉に反論するような部分は一切見当たらず、むしろその通りだと思っているのか、奴隷をなくそうと言った生徒以外は一様に頷いてみせる。


「貴女はどうしますの? みなさんは賛成のようですけれど」


「ごめんなさい」


「謝る必要はありませんわ。同性の学友ならまだしも異世界の住人が身の回りの世話係となったのですから、それ相応のストレスが溜まることは存じ上げていますもの。私とて我慢をしているだけで、平気というわけではございませんから」


 勅使河原てしがわらがそう締めくくると奴隷の使用人は女性へと変更する話が決まり、教育実習生はそのことをウォルター枢機卿へ報告して、女子たちはその日のうちから、身の回りの世話係が女性の奴隷へと変更されるのであった。


 それによって溜まりに溜まった下着類を一気に世話係へと渡しては、今後の不安要素がなくなり安堵するのである。


 そして、女子たちが自ら環境改善を図ったのに対して、男子たちは案の定そのままの体制で生活していた。もう既に体裁などは気にしておらず、ほんとんどの男子は奴隷の世話係で無事?に卒業式を済ませており、そのまま毎日お猿さんになってしまい、中には奴隷のトレードをして楽しむ者まで出始めていた。


 そのような男子たちのほとんどが、『ストレス? 何それ美味しいの?』状態となっている。


 これに対して女子たちは軽蔑して何も言う気になれず、ただただ男子に対しての評価がガクンっと垂直落下をするのであった。そして、女子たちは自然とそのような男子たちから距離を取り、女子だけで集まってはガールズトークにてストレス発散を図っている。


「男子って最低よね」

「女なら誰でもいいんじゃない?」

「手を出していない男子っているのかな?」

勅使河原てしがわらさん、幻夢桜ゆめざくら君ってどうなの? そういうのに執着してなさそうだけど」

「彼でしたら手を出していますわよ。何でも後学のためだとかで、『頂点に立つ俺が知らぬことなどあってはならない』って言ってましたわ」


 勅使河原てしがわらが話す幻夢桜ゆめざくらの言葉に対して、この場にいる女子たちは皆同様に『ありえそう……』と同じ思考へと辿りつく。


「でも王輝君、下手くそそうだよねー」


 そのような中で、カーストトップに立つ幻夢桜ゆめざくらに対して平然とそう言ってのけるのは、我が道を貫く弥勒院みろくいんであった。


「香華、淑女がそのような言葉遣いをしてはいけませんわ」


「だってー頭でっかちだから知識もなさそうだよーもう知識を得るネットも使えないんだしー」


「そうであっても、そこはオブラートに包んで『苦手そう』とくらいにしておくべきですわよ」


「麗羅ちゃんが言うならわかったー」


「でもでも、相手をする奴隷の人が教えてそうじゃない? 『俺に知識を与えることを許可しよう』とか言われちゃったりしてさ」


「「「「「ありえる~」」」」」


 もう既に元の世界であった、財閥の跡取りで頭が良く見た目もいいという評価を受けていた幻夢桜ゆめざくらは、女子たちにとっては笑いの種と成り果てていた。


 そのような時にポツリと1人の女子がここにいない者の名を口にする。


「九鬼君……どうしてるのかな?」


 転移してきて全員に知れ渡ってしまった【学生】という、何の役にも立ちそうにない職業を持っていたが故に、クラスカースト最下位まで落ちてしまった九鬼だが、ここへきて周りの男子たちが淫蕩に明け暮れているので、唯一まだチェリーであろう予測が立てられている九鬼に対して、女子たちの興味は一気に加速していく。


「し、死んでたりしないよね?」


「な、なに言ってんのよ! 街の中にいれば死ぬことないわよ!」


「でも……ウォルター枢機卿は冒険者にさせたって……」


 なんの力もない九鬼が、ウォルター枢機卿によって冒険者にさせられてしまったことを思い出したのか、今になって女子たちはその危険性と、それを理解せず嘲笑っていた自分たちに嫌気がさしてくる。


 あの時に唯一ウォルター枢機卿へ口を出したのは教育実習生だけだ。そのことが頭をよぎるとまだ正式に教師にもなっていない人が、1番自分たちのことを考えてくれていたことを理解して、女子たちの視線は自然と教育実習生へ集中した。


「え……な、なにかな?」


「今まで教育実習生って位置づけだったけど、そんなことはなくて先生なんだなって」

「私、本当は先生のことを下に見てたの。幻夢桜ゆめざくら君に言い負かされて、年上なのに頼りにならないって」

「私も教育実習生のくせに出しゃばりすぎって」


「「「「「ごめんなさい!」」」」」


 いきなりの展開にキョトンとしてしまう教育実習生は、正気に戻ると気にしていないと言っては、女子たちへ思い詰めないように言い聞かせるのだった。


「ってゆーかよ、九鬼の話はどうなったわけ?」


「ポックリ死んでる?」


「千代、それは言っちゃダメよ」


「九鬼ぃぃぃぃ!」


 無敵グループの女子メンバーがズレた話の路線を修正すると、女子たちは再び九鬼の話をし始める。


「ねぇ、九さんたちは冒険者について何か知らない?」


「え……何でいきなり話を振るの?」


「だって、転移前にオタ発言してたよね? アレってそういうことでしょ?」


「あ、それ聞いた。叫んでたからちょー聞こえたし。確か……『悪徳令嬢へ転生したいのー!』じゃね?」

「推しメンのゲーム世界へ行きたかったのよね?」

「鷹也様ぁぁぁぁ!」


「「「ぐはっ!」」」


 よりにもよって百鬼なきりたちに聞かれていたようで、オブラートに包むことはされずに情け容赦なくその時の発言を言われてしまい、該当者3名は血反吐を吐く勢いで机に突っ伏した。


「わ、我が生涯に数多の悔いあり……」


「もうそれって隠す気ないでしょ?」


「ふふ……今のセリフに反応したわね? 反応できるということは貴女も隠れオタクよっ!」


「いや、有名すぎて知ってるだけだよ? それにお父さんが好きだから、家に漫画が揃ってるもの。暇な時に読むのはオタクなの?」


「なっ!? そういう逃げ道があったとは……ふ、不覚……」


「九さんがなんかトリップしてる」


「あっ、そういえば先生も確か女神様のところで、そういうのを読んだことがあるって言ってましたよね?」


「えっ……!?」


 いきなり矛先が向いてしまった教育実習生はオロオロとしてしまうが、1度お喋り好きの女子高生に知られてしまったらもう後の祭りである。


「あれは絶対に大人の防衛反応が働いてたよね?」

「『私も少しは』って前置きするところが怪しいよねー」

「しかも物欲センサーに凄く反応してたし、あれはやり込んでる証拠だよね?」

「そうそう、話のネタにたしなむ程度なら物欲センサーなんて関係ないもんね?」


「「「「「先生、どうなの?!」」」」」


 迫り来る女子高生パワーに教育実習生がタジタジとなってしまうと、そこへ天使のごとく助け舟を出す生徒がいた。


「私もそのくらいの知識はありましてよ?」


「「「「「えっ!?」」」」」


 1番無縁でありそうな勅使河原てしがわらがそっちの知識があると言ってのけて、それを聞いた女子たちは一様に驚いてしまう。


「やはり市場調査は必要ですから、売れ筋の物は調べるようにしていますの。ですから、九さんが口走った『悪徳令嬢もの』も知っていますわよ。もちろん大艸さんの『鷹也様』も。残念ながら十さんの推しメンが誰かはわかりませんので、そこだけは何のゲームかはわかりませんが」


「「ぐはっ!」」

「よし、私はセーフ!」


 まさか勅使河原てしがわらにまで自分の趣味嗜好がどう言ったものかバレてしまった九と大艸は、再びテーブルへ突っ伏してしまうが、1人難を逃れた十は安心しきった顔をするのだった。


「ということで、私の予想でよろしければお伝えしますわ」


「お願いします」


「では、結論から言うと大きく2つの道に分かれますわ。1つは簡単な薬草採取や街の溝掃除など、命の危険性が少ない依頼をこなしていること。もう1つは魔物相手に戦闘をしていることです」


 その言葉を聞いた女子たちは、最初の1つめをしていて欲しいと願ってしまう。さすがによく知るクラスメイトが異世界で死んだなんて許容したくないからだ。


「更に細分化いたしますと薬草採取をした際に魔物に襲われたか、襲われていないか。魔物を討伐する時に誰か別の人とパーティーを組んでいるか、いないかの分岐となりますわ」


 勅使河原てしがわらの予想によって分岐されていく中で、やはり命の危険があるものも含まれており、女子たちはほぼほぼ命の危険がない仕事をしていて欲しいと願うのだった。


「街の溝掃除とかしていないかな」

「掃除くらいなら誰にでもできるもんね」

「学校でも掃除時間とかあったし……」


「結局のところ男子たちの中で1番まともだったのは、追い出された九鬼君ってことよね?」


「でも、九鬼君も世話係と一緒にいたらしていたかもよ? なんだかんだで男子だし」


 そのような予想が立てられていく中で、いつも忘れ去られる……と言うよりも性格がぶっ飛んでいるがゆえに、どう絡んでいいのかわからなくて敬遠されている者が口を開く。


「九鬼少年なら初日から奴隷を宛てがわれていないぞ。つまり1人身でフィーバーということだな」


「「「「「――ッ!」」」」」


 今まで特に口を挟むことなく沈黙していた者が喋ったことによって、女子たちの視線はその発言者へと集中する。


「ど、どういうことですか? 次期女子生徒会長」


「いや、待ってくれ。ここには現任の生徒会長がいないから、私は次期ではなくだ」


 1人の女子がどういうことなのか尋ねたのに、返答された内容は全くもってどうでもいいことだった。そして、その内容を聞いた女子たちは呆然としてしまう。


 皆が一様に思ったことは『やっぱり絡みづらい』であったことは、言わなくてもわかることだろう。


「九十九さん、何か知っているのですか?」


 女子たちがフリーズしてしまっている中でそう尋ねたのは、1歩引いたところで成り行きを見守っていた教育実習生だった。


「ああ、知っている。我が校の素行調査は生徒会長の役目だから、世話係たちに聞き取りをして素行調査を行ったのだ。神殿関係者へ迷惑をかけては、他の者にまでしわ寄せが行くかもしれんしな」


「それで?」


「九鬼少年は【学生】という職業のため、早々に切り捨てられる判断をされて、そのような者にかける無駄はしないらしい。つまり魔導具を渡すのも金の無駄、奴隷を宛てがうのも人材の無駄、すぐに追い出さず1泊の寝床と翌朝の朝食を与えるのは、我々の心象を悪くしないためだろう」


 生徒会長がそこで息を吐くと続きの言葉を口にする。


「あとは適度に金を渡したら宿屋を紹介して放り出せば問題なし。その後のことは自己責任で、冒険者となって命を落としても自己責任みたいだ」


 次期女子生徒会長から生徒会長へと、自ら主張してジョブチェンジした九十九から語られていくその話は、今まで神殿から不自由なく環境を与えられて生活していた者たちにとっては、衝撃的な事実として刻まれていく。


「そこまでのことを奴隷の方たちが喋ったのですか? 主を裏切る行為では?」


「いや、今の話は奴隷から得た情報を統合した上で予測した私の見解だ。最初の何名かと話した時にわかったのだが、奴隷たちはやはり主の不利になるようなことは喋らないのでな、誘導尋問を使って『裏切っている』という意識を感じさせないように聴取したのだよ」


「そんなことをいつの間に……」


「それは簡単だ。誰も私を構ってくれないからな、素行調査も兼ねて暇つぶしがてら遊んでいたにすぎない」


 九十九の告げた内容に誰しもが『絡みづらいから』と思っていたのだが、それを口にする者は誰1人としていなかった。そしてそのようなことを思っていても、話は続いていく。


「それって手切れ金を渡してサヨナラってことよね?」

「そんな……勝手に喚び出しておいて……」


 教団側の行った行為に対して女子たちは不信感を抱いてしまうが、自分たちもポイ捨てされてはたまらないので、直訴するという行為に踏み切れない気持ちを抱いてはジレンマに悩まされていく。


「フィリア教は継続的に金を消費するよりも、一時的な消費を選んだということだな」


「九鬼君……ちゃんとご飯を食べれてるのかな?」

「悪い人に騙されてなければいいけど……」


「ということで結論づけると、九鬼少年は童貞の可能性が高いということだ」


「「「「「……」」」」」


 九十九の言い放った言葉を聞いた女子たちは一様に黙ってしまう。先程まで九鬼の心配をしていたシリアス展開だったものが、九十九の言い放った『童貞』という単語でぶち壊されてしまったからだ。


「生徒会長……今はそういう話じゃなかったような……」


「ん? 君たちは九鬼少年が童貞かどうかを知りたかったんじゃないのか? そういう話の流れだっただろう? 奴隷に手を出したか出さなかったかという話だっただろ?」


 そして、静かになる1室にて『やはりこの人とは絡みづらい』という思いが、この場にいる女子たちの思考を埋めつくしていくのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



珍名ちんみょう高校 生徒名簿


九 (いちじく)


大艸 (おおくさ)


九十九 (つくも)


十 (つなし)


 今回は九、大艸、十が読めませんでした。九は1字の『九』だから『いちじく』だそうです。ちなみに『いちじく』と聞いて真っ先に思い浮かべた食べ物のイチジクは、『九』とは全くの別物で『無花果』と書くみたいです。花が咲かずに実を結ぶことからそう書くようになったみたいですけど、調べてみたところ『花だけの果実』らしいです。


 大艸の『艸』を見た時には『それ漢字だったのか!?』と思ったくらいに、全く読み方の検討もつきませんでした。私は顔文字でしか見たことがなかったので、特殊記号か何かだとずっと思っていたくらいです。見た時には『だいクスクス』→『おおわらい?』という安直な考えに至ってしまいました。ネット社会に侵されている頭ですね。


 九十九は結構有名ですね。由来としては九十九の次が『百』となり百は『もも』とも読みますので、『つぎ(次)もも(百)』が元々の読み方の1つとしてあったようで、訛りが原因かどうかは知りませんが『つぎもも』→『つぐもも』→『つぐも』→『つくも』と短くなったみたいです。


 他には白髪が水草のツクモに似ていることから『つくも髪』と言っていたようで、漢字の『百』から『一』を取ると『白』になることから、『白』→『つくも』という連想ゲームみたいなもので、『つくも(白)髪』を『九十九髪』と書いていたりもしたそうです。『付喪神』を『九十九神』と書いたりするのも、昔の人の言葉遊びなのかもしれません。


 十は『つなし』の他に『もげき』や『もぎき』とも読むそうです。『木』の『八』の部分が『もげた』からという由来みたいです。昔の人って発想が豊かですよね。『つなし』の場合は、数字の読み方で『ひとつ』、『ふたつ』、……、『ここのつ』、『とう』のように、1つだけ『つ』が付かないから『つなし』なのだそうです。

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