第451話 驚きの因縁
白を基調としたとある部屋にて、中年以上の男たちがテーブルを囲って座り話し込んでいた。中でも上座に座っているのは、一際豪華な服装に身を包んで顔にはシワが深く刻まれている老人である。
「教皇聖下。子羊からの情報によれば、やはり彼の地は異質なる物が蔓延しているとのことです」
「更に彼の地には教会がほぼない状態です」
「それゆえに黄金の果実があまり仕入れられない状況でもあります」
「やはり早急に手を打たねば、我らの導きを待つ迷える子羊たちが混迷してしまいます」
聖下と呼ばれる老人ほどではないが、それなりの豪華な服装に身を包んだ男たち4人がそれぞれ報告や意見を口にしていると、沈黙していた聖下が静かに口を開いた。
「……魔王じゃ……彼の地に住むは世界を混乱に陥れる魔王である」
「では!」
「聖戦じゃ……彼の地に住む魔王を討ち取るのじゃ」
「ならば
「それは良い考えだ。我らの誇る騎士たちならば、彼の魔王とてひとたまりもなかろう」
「勇者召喚は如何なさいますかな?」
「彼の地に住む魔王に必要か? 辺境の蛮族どもだぞ?」
「どのみち天に召される子羊が足らんだろう」
「晩餐用に子羊の肉を仕入れないといけませんな」
「皇王への対応はどうしましょうか?」
「皇王へは適当に伝えておけばよかろう」
聖下が鶴の一声で聖戦を宣言したあとは次々と意見が挙がり、4人の男たちはやるべきことを淡々と決定しては話を詰めていた。そして話し合いが終わると沈黙していた聖下が再び口を開く。
「女神フィリア様の加護のもとに」
「「「「導きを持って子羊を救わん」」」」
その言葉を最後にして、男たちはそれぞれのやるべきことをするために室内をあとにした。そして1人残された聖下が静かに立ち上がると、他の者たちと同様にこの場を去るのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
月日が経ち蒸し暑い日々が続いている頃、ヴィクトール国王の元に親書を携えて1人の使者が謁見を求めてやって来た。
「おもてをあげよ」
ヴィクトールの言葉に従い使者がおもてをあげると、ヴィクトールから促されて騎士然とした者が来訪の理由を述べる。それを聞いたヴィクトールは側近に親書を受け取らせると、側近はそれをヴィクトールへと渡すのだった。
「ふむ……内容は把握した。返書を書き綴るゆえ本日はこの城にてゆるりと過ごすがよい。明日には返書を渡せるであろう」
それから謁見を終わらせたヴィクトールはその場をあとにすると、足早に執務室へと向かい魔導通信機を起動させる。
『久しぶりだね、ヴィクト義兄さん』
「久しぶりだな、ケビン。本来ならゆっくりと近況報告でもしたいところだが、そういうわけにもいかなくなった」
久しぶりに聞いた義弟の声は元気な様子がわかるほど軽く、楽しく生活を送れているようだ。国を動かす位置にいるのに悩みがなさそうなほど明るい。上手く配下の者を使っているのだろう。
『何かあったの?』
そうそう、用件を伝えなければな。ゆっくりと語らうのは次の機会にでもするか。ケビンの冒険譚も執筆せねばならないしな。
「先程セレスティアからの使者が来てな、珍しいこともあるもんだと思ったら親書を持ってきていた」
『セレスティア? それってどこ?』
「はは、相変わらずだな。興味のないことは頭に残さぬか」
『国としてはアリシテアとミナーヴァ、あとはイグドラだけ覚えてたらそれだけで事足りるからね』
「どれもケビンの冒険範囲だな。して、セレスティアのことだが、女神フィリアを崇めるフィリア教が総本山を構えている神聖セレスティア皇国のことだ」
『ああ、思い出した。あの金の亡者たちね。それでそいつらが何か言ってきたの?』
金の亡者か……ケビンも中々に上手いことを言うではないか。あやつらは何かにつけて寄付金をせがんでくるからな。まぁ、それはさておき話を進めないといけない。
「兵士が領地を通るからそのまま通して欲しいとな」
『……は? 馬鹿なのそいつら?』
「まぁ、馬鹿は馬鹿だが……目的地を知ったら大馬鹿としか言いようがない」
国境を越えて兵を動かすなど、馬鹿としか言いようがないことはケビンも察したみたいだ。目的地を聞いたらケビンもさぞ驚くだろう。
『ああ、目的地……そりゃ目的地がないと国境を越えてこないよね』
「その大馬鹿者が目指す目的地はケビンの国だ」
『……うち? もしかして教会を潰しまくった仕返しとか?』
前皇帝時代の汚職者は粛清したと知っていたが、恨みを買うほど教会を潰していったのか? 聖職者だからそこまで腐ってはいないと思っていたのだが。これは聞いておかなくてはなるまい。
「そんなに潰したのか?」
『当時は腐ったミカン状態だったからね。帝国にはほとんど教会はないよ。俺が帝位に就いてからもセレスティアが代わりを派遣してこないから、建物だけあっても邪魔だし潰した。今は各領主がその跡地に孤児院を建ててる。まともな教会はそのまま残してるけど』
腐ったミカン……? ケビンはよくわからない言葉をしばしば使うな。教養が高いことを知ってはいるが、せめてわかりやすい例えを使って欲しいものだ。私に学がないことを思い知らされるではないか。全く……優秀な義弟を持つと鼻は高いが勉強不足だと思い知らされてしまう。
それにしてもほとんどか……セレスティアが派遣してこないとなると、末端を切ったのだろう。癒着がバレるのを恐れたのか? それともただ単に派遣費をケチったのか? どちらにしても先がないと見たのだろうな。粛清されたのは汚職者であるがゆえに。
「それも理由には含まれているだろうな」
『
ケビンと語らうのは楽しいが、そろそろ本題を語らねばなるまい。くくっ、これを聞いたら驚くだろうな。ああ、面と向かって教えたかったものだ。ケビンの呆気に取られる顔が見れないのが残念でならん。
「親書に書いてあったのは魔王を倒す聖戦のためらしい」
『……魔王? うちの国に魔王が現れたの!?』
おっ、やはり食いついてきたな。しかも聖戦の方ではなく魔王の方に。さて、ケビンには驚いてもらうとしようか。
「魔王ケビンだ」
『……マジ?』
「マジ」
『はぁぁ……金の亡者に魔王呼ばわりされてしまった……』
「義弟が魔王とはな。私は鼻が高いぞ!」
予想通りの反応に私はついつい大笑いしてしまった。
善政を敷くケビンが魔王だからな。後の世には変わり者の魔王として名を残すやもしれん。くくっ、悪事を働かない魔王……世には善良な魔王もいたもんだな。
『笑いごとじゃないし……』
魔導通信機越しに聞こえてくるケビンの声は、いじけているのがわかってしまうほどボソッとした声だった。善政を敷いていたのにショックが大きいのだろう。どうせあとにはさほど気にもしないのだろうが。
『それで? ヴィクト義兄さんは聖戦に参加するの?』
「家族を相手に戦争なんかするわけがないだろう。父上から引き継いだ国を滅ぼしたくはないしな。それにセレスティアは三国大戦時に支援を遠回しに拒否したのだぞ? こちらが支援する道理がない。パフォーマンスだけで終わりだ」
『今度はヴィクト義兄さんが目をつけられるんじゃない?』
「金さえ落とせば物資は支援するさ。タダで物資はやらんというだけだ。もちろん兵力は出さんぞ。死ぬとわかりきっている戦場に兵など派出できん」
『別にヴィクト義兄さんの兵だけ助けてもいいけど? 八百長を隠すために無傷ってわけにはいかないだろうけど、大怪我をさせるつもりはないから安心していいよ』
「ふむ……」
ケビンからの提案に私はしばし考え込むことになる。
兵たちは多少の怪我なら訓練でいつもしていることだ。それにセレスティアが聖戦と勝手にのたまっているが、支援によっては今後の政で優位に働くやもしれん。それに新兵にも戦争の雰囲気とやらを味あわせてやれば、良い経験となって今後の成長にも繋がるだろう。
「私の国は新兵を育てるために参加することにしよう。八百長であることを指揮官には伝えておくから、気兼ねなく戦争ごっこを楽しもうか」
『わかった。今回は面白い情報をありがとう。久々に楽しくなりそうだよ』
「私もだ」
それからケビンとの通信を終えた私は、セレスティアへ微力ながら聖戦に参加する旨を返書として書き綴った。
「んー……ケビンに連絡がつかなかった時にのため1日の猶予を設けたが、もう用件は済んでしまったな。邪魔ゆえ今から使者を帰すか」
そう思い至った私は使用人を呼びつけると、返書を使者へ渡すように言いつけてそのまま丁重にお帰りいただくよう言伝た。それからは軍務の者たちに召集をかけて、聖戦ごっこについて話を詰めていくことにしたのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ところ変わってヴィクトールと通信を終えたケビンは、んーんーと唸りながら騎士団の訓練施設へと足を運んだ。
「あげぽよー」
「「「「「あげぽよ~」」」」」
ケビンの挨拶に騎士たちが応えると団長であるターニャが駆け寄り、ケビンへ用向きを尋ねる。するとケビンは全員を集めるように指示を出して、騎士たちは訓練を一時中断してケビンの前に整列した。
「ネア、そんなに構えなくても今日はクイズじゃないよ」
ケビンの声かけによっていつもクイズの挑戦者として揶揄われているネアは、ホッと胸をなでおろして安堵する。
「ケビン君、クイズじゃないなら何をしに来たんですの?」
「クイズじゃないけどクイズが関係する話」
「ん?」
ケビンのよくわからない説明に対してターニャが首をこてんと倒しては、あざとく口元に人差し指を当てて考え込むが、本人は全くの無自覚で始末に負えない。そのようなターニャを見ているケビンは押し倒したくなる気持ちを抑えながら、この場へ来た用件を説明し始めた。
「ターニャがフラグを立てたから、ちょっとしたイベントが起こるんだよ」
「え……私、何かしまして?」
「入団式の準備の時に『帝国にいる限り戦争は皆無っぽい』って言っただろ?」
ケビンの告げた内容に対して聡い者たちが気づき始めると、ザワザワとその場が騒がしくなっていく。それはターニャたちとて同様であり緊張感がこの場に広がり始める。
「まさか……」
「戦争が起こる。クイズ大会でしたみたいに敵がうちへ攻めてくる」
確定的な言葉を発したケビンによって騎士たちのざわめきは大きなものとなるが、副団長のミンディが諌めてその場は沈黙に包まれた。
「わ、私……そんなつもりじゃ……」
責任感の強いターニャが自分の発言によって戦争が起こると思い込んでしまい、口元を覆うように当てた手がプルプルと震え始める。そのようなターニャを抱きしめて落ち着くようにケビンが伝えると、戦争の起こる理由を告げるのだった。
「今回の戦争はよくわからないことが原因だから、ターニャのせいじゃないよ。主に原因があるのは俺みたいだから」
「ケビン君が……? どうして……」
「俺は魔王らしい」
「「「「「……は?」」」」」
ケビンの突拍子もない言葉にターニャたちは目が点となり、それは他の騎士たちも同様で頭に?マークを乱舞させてターニャたちに続いた。
「「「「「……え?」」」」」
「俺……魔王になっちゃった」
女性であればテヘペロしそうな感じの軽い口調で再びケビンが口にすると、それを聞いた周りの者たちは一斉に驚きの声を挙げる。
「「「「「えぇぇーっ!」」」」」
それからケビンはそうなった経緯をみんなに説明したら、それを聞いた女性たちは憤りを顕にし始めて敵国に怒りを向けていく。
「ケビン君は魔王なんかじゃないよ!」
「旦那様に対する無礼……許すまじ!」
「酷いっス!」
「善人の魔王だねー」
「民に優しい良き魔王です」
「陛下! 我らあげぽよ団員一同、どこまでも陛下について行きます!」
「え……それって私は入れてないよね? 私は真っ当な騎士だからね? そこは譲れないよ?」
それぞれが思いを口々にしている中でも、ネアは聞き捨てならない言葉だけは聞き逃さずに否定の言葉を口にしていた。
「とりあえずみんなに頼みたいのは、今後の警護を抜かりなくやって欲しいってとこかな。仮に刺客とか送られてきたら嫁たちや子供たちが危ないから」
「わかりましたわ。いつもより警護に当たる人員を増やして、家族や孤児院の子供たちの安全に配慮致しますわ」
「それと戦争が始まっても、みんなは戦線に立たせないから警護を続行してくれ」
「でもっ!」
「俺はみんなに対して人殺しになって欲しくない。人なんて殺さないで済むなら殺さない方がいいよ。後になって心にくるから落ち込むよ?」
「それだとケビン君が……」
「俺は殺し過ぎるくらい殺したから、今更その人数が増えたところで変わらないよ」
ケビンの抱える負担を少しでも軽くしようとターニャが名乗り出ようとするが、ケビンの信念は強くそれを成すことはできなかった。
その後ケビンは訓練場を離れるといつも通りの生活をして、家族が揃う夕食時までのんびりと過ごしたのだった。
そしてその夕食時、全員が揃ったところでケビンが皆を注目させると、ターニャたちは既に聞いていたことなので、他の者たちとは違ってどこか暗い雰囲気を纏っていたが、ケビンは軽く視線を向けたあとに口を開いた。
「別に大したことじゃないから、食事をしながらでもいいので耳だけを貸してくれ。今日、ヴィクト義兄さんからの通信でわかったことだけど、近いうちに戦争が起こる」
ケビンの放つ“戦争”という言葉に家族たちがざわめき出す。
「どうやら敵国さんにしてみれば、俺は悪辣な魔王であるらしい。よって、神聖セレスティア皇国は俺に対して【聖戦】を仕掛けるそうだ」
「何でケビン君が魔王なのよ!」
「魔王は前皇帝」
「お姉ちゃんがそんな奴ら滅ぼしてやるわ!」
「まぁまぁ、シーラは少し落ち着こうよ」
ティナが憤りニーナが間違いを指摘すれば、シーラは今にも立ち上がらんとし、クリスがそれを抑え込む。そしてサーシャとアビゲイルは、平和な世を乱す敵国の所業に嘆いた。
「せっかく平和になったのに……」
「旦那様の作り出した平和を壊すなんて……」
「敵こそが魔王です!」
「ケビン様は民に優しい偉大な王なのです!」
また違うところではアリスが敵を非難してスカーレットがケビンを讃えると、クララは敵の愚かさを嘲笑し、クズミはそれに賛同する。
「主殿に挑むとは命知らずよのう」
「ほんまアホの所業としか思えへんえ」
「ふふっ、私のケビンを悪辣な魔王呼ばわり……ふふふ……」
「サラ、殺る時は一緒よ。ケビンを貶める奴に慈悲はないわ」
そして大御所であるサラはふつふつと怒りのボルテージを上げていき、マリアンヌが更に煽りを入れて共に怒りを顕にした。
「貴方、戦争なら貴族たちにも知らせないといけないわよ」
「ああ、ちょうど月1の会議があるだろ? その時に伝える」
ケイトが戦争を始める前提でやるべきことを伝えてケビンがそれに答えると、ケビンは最終確認をソフィーリアへ問いかける。
「さて、ソフィ。これが前に言ってた
「構わないわ。彼らが崇めているのは
なんてことのないようにソフィーリアが答えると、ケビンは『名前違いだけで本人だろ』と思い至るが、あとが怖いので決して口には出さなかった。そして、奇しくもそれは正解だったようで、ソフィーリアはケビンへ満面の笑みを向けていた。
その後はケビンの話も終わり食事が再開されるのだが、彼方此方が戦争の話題で持ち切りとなり、いささかいつもより騒がしい食事風景となるのであった。
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