第403話 ブートキャンプ?

 ケビンが【森のさえずり】を救出して王都ギルドへ戻ってきたら、姿を偽装するのを忘れていたことでカーバインに捕まってしまう。


「ホールがザワついていると思ったら、やっぱりケビンか」


「俺のせいじゃないですよ」


「まぁいい。そこら辺はギルド長室でゆっくり聞かせてもらうぞ」


 そして逃げられないようにケビンの襟を掴むと、カーバインはズルズルと引きずってケビンを連行していく。


 ギルド長室へ入ったカーバインがケビンを離したら、先程とは違って真面目な顔つきで口を開いた。


「まぁ座れ。聞きたいことがある」


 真面目な顔つきになったカーバインを見て、ケビンも逃げるのは諦めてソファへ座るのだった。


「何かあったんですか?」


「ああ。つい先程、規格外の1人が厄介事を持ってきやがった」


「帰ります」


 思い当たることがあり過ぎるケビンは立ち上がろうとするが、カーバインが機先を制してケビンの両肩を掴んで抑え込む。


「参考までに話を聞くだけだ」


「まぁ話だけなら」


 ケビンが立ち上がらないと悟ったカーバインは、森で出くわしたフォレストタイガーの情報をケビンへ聞き出していった。


「そのくらいならターニャが受付嬢に報告しているはずですけど」


「最近、破竹の勢いでランクを上げていたパーティーはやっぱりお前絡みだったか……」


「風評被害です」


「そのパーティーとは別で、突如現れた1人の男が同じようにランクアップしていってるんだが?」


「強い冒険者がいるみたいですね」


「はぁぁ……まぁいい。話は変わるがお前なら出現した詳細な位置がわかるだろ?」


 そして王都周辺の地図を広げたカーバインが、ケビンへフォレストタイガーが出現した場所とトロールがいた場所を書き出すように伝えると、ケビンはトロールの徘徊していた位置とフォレストタイガーを倒した位置を地図へ記載していった。


「何かおかしな点は感じたか?」


「フォレストタイガーが中層辺りで出ている時点でおかしいですけど、あえて言うならいつもいるような魔物の姿をあまり見かけませんでしたね」


「見かけなかった……?」


「フォレストタイガーを倒した後の帰りは1匹も魔物に出会ってません」


「フォレストタイガーが食い散らかしたのか?」


「その可能性は否定できませんが、まぁ死体を確認したわけでもありませんし、可能性の話として置いておいた方がいいでしょうね」


「はぁぁ……調査隊を派遣するか……」


 その後、調査隊をギルド職員で編成するかクエストとして冒険者へ任せるかの話となるが、ケビンがフォレストタイガーみたいな件が出た場合を想定して、ある程度戦える冒険者へ任せた方がいいのではないかと愚考して伝えると、カーバインはその案を採用してギルドからの依頼としてクエストを発行することにしたのだった。


 そしてカーバインとの話し合いが終わったケビンはギルド長室をあとにすると、ホールで待っていたターニャたちと合流する。


「話し合いは終わりまして?」


「ああ。フォレストタイガーの件だったよ」


 ケビンとターニャがそのまま会話をしていると、ジャンヌたちが近寄ってきてケビンへ話しかける。


 その内容は助けてくれたこととマジックポーチのお礼として、夕飯をご馳走したいとのことだった。


「待たせている人がいるからね。食事は次の機会にでも」


 ケビンがお礼の件をやんわり断るとシャルロットが声を出した。


「お兄ちゃん、明日も来る?」


「んー……明日ならまだ来るだろうね」


 その言葉を聞いたシャルロットが明日のクエストを一緒に行こうと誘って、ケビンは特に問題ないとしてそれを受け入れるのだった。


 それからはジャンヌたちへ別れを告げたケビンは、ターニャたちとともに携帯ハウスへと帰るのであった。


 翌日、約束通りギルドへ顔を出したケビンは、ジャンヌたちと一緒に魔物討伐をすることにした。


 そして口外しないことをジャンヌたちへ約束させて、ケビンは転移で別の街へと向かう。


 初めて転移を体験したジャンヌたちは自分の身に起こったことが信じられず、おのぼりさんみたいにキョロキョロとして今いる場所の把握に努めていた。


「ここ、どこですか?」


「ダンジョン都市にある俺の家」


 ケビンが転移した場所はダンジョン都市にある夢見亭の最上階だった。ターニャたちはもちろんのことジャンヌたちもここへ来るのは初めてであり、全員でガラス張りされた所へ駆けつけて眼下に広がる街の風景を確認すると驚きで言葉を失ってしまう。


「ケビン君……ここってかの有名な夢見亭の最上階ですの?」


「そうだよ。オーナーから譲り受けたから今は俺の家になってる」


 ターニャたちはまさか夢見亭の最上階がケビンの家になっているとは知らずに、教養のある元騎士なためか高級宿屋の知識があるため驚きの連続であった。


 だが、元村人で冒険者なジャンヌたちはダンジョンがあることは知っていても、夢見亭の最上階の価値は知らずにいたのでターニャへその有名さの根拠を尋ねて教えられると、魂が抜けたかのような顔つきで口をポカンと開けてしまう。


「1泊金貨10枚……」


 自分たちの今の稼ぎからすれば途方もない金額を教えられてしまったジャンヌたちは、ケビンの資産は如何程のものなのか想像もつかない果てしなき数値を考えてしまい現実感を失っていく。


 ジャンヌたちよりもまだダメージの低かったターニャたち騎士組は、これから何をするのかケビンへ尋ねることにした。


 それに対してケビンが伝えたのはクエストを受けるのではなく、ダンジョンでひたすら魔物を狩って魔物戦の練度を上げるというものだった。


「クエストを受けて外で魔物を討伐するよりも、確実に濃密な戦闘ができるからね」


「捜す手間は外よりも省けますわね」


「色々な種類が出てくるのもいい経験となりそうです」


「これを機会に配置替えの練習をするといいよ。最初は雑魚しか出ないから経験を積むには持ってこいだろ? 配置替えをしたせいでゴブリンに手こずるなんてことはないだろうし」


「そうですわね。配置を決めて装備品を買いに行きますわ」


「ダンジョン都市ですから掘り出し物がありそうですね」


「こんな所で買うのはもったいないから装備は俺が作って渡すよ。ある程度戦いに慣れたら行きつけの鍛冶屋で新調してもらおう」


「まさか……鍛冶もできるんですの?」


「効果を付けないただの装備品なら大した労力はいらないからね。それにダンジョンを攻略していたらそのうちドロップ品も出るだろうし」


 ケビンとターニャたちで話をどんどん進めていきケビンのアドバイスを参考にしながら配置を決めたら、ターニャたちはケビンから装備品を受け取って出発準備を整えていく。


 そして呆けていたジャンヌたちをケビンが再起動させるとターニャたちとで決めたダンジョン攻略へ向かうことを告げて、ギルドのクエストではないが問題ないかと確認をとる。


「は、はい。私たちもダンジョンには興味がありましたので」


「まぁ、クエストを1個受けるより確実に儲かるから、お金の心配はしなくていいよ」


 こうしてジャンヌたちの意思確認ができたところで、ケビンは一同を連れてダンジョンの本店へと向かうのであった。


 そして本店へついたケビンは階層攻略を先ずはターニャたちへやらせることにして、ジャンヌたちへはアドバイス等があればターニャたちへ伝えるようにお願いする。


 ダンジョン攻略を開始するターニャたちの配置は、前衛にターニャとミンディがついて中衛に遊撃という形でニッキーがつくと、後衛にはルイーズとジュリアがついた。


 それぞれの装備はターニャが“突く”というその特性を活かしてレイピアに近い形の細剣と装着型のバックラーを装備しており、ミンディは大盾ではないが幅広な盾をケビンが渡して騎士装備となっている。


 次いでニッキーは身軽な動きに合わせて攻撃ができるように短剣と軽鎧を装備しており、ルイーズとジュリアは魔術師タイプの装備でお互いに足りない部分を補えるような2個1となっていた。


「それじゃあ行きますわよ」


 ターニャの掛け声によって攻略を開始した騎士組は、1階層目とあってか全く苦戦することもなく感覚を掴むような形でサクサクと進んでいく。


 途中途中で設置されている罠に関してはケビンが見分け方と解除方法を全員へ教えながら解説していき、誰かがそのうち【罠探知】と【罠解除】のスキルを習得すればいいやくらいの軽い気持ちでいた。


 そして迎えた5階層目で10階層目の前哨戦として用意されているボス戦へ挑むが、ターニャたちが今更ゴブリンとの戦いなど苦戦するはずもないのでサクッと終わらせてしまう。


 その後もサクサクと攻略を進めては10階層目へ到達して、ボス部屋へと入っていく。


「ジェ、ジェネラル……」


 その魔物を初めて見たのかジャンヌたちはゴブリンジェネラルの姿を認めて唖然としてしまうが、ターニャたちは落ち着いて対処していく。


「先ずは厄介なメイジをニッキーとルイーズで対処。私とミンディでナイトを攻撃。ジュリアはジェネラルの足止めをお願い。魔法は手数の多いアロー系で」


 ターニャからの指示が飛ぶとニッキーが突っ込んで、詠唱を始めていたメイジを斬りつける。


 1撃を与えて詠唱を止めたら別の詠唱を始めているメイジへ斬りかかり同じように対処していくと、詠唱を終えたルイーズがメイジへ魔法を放っていく。


 別の場所ではナイトへ斬りつけ相対するミンディの姿があり、ターニャも別のナイトへお得意の突き攻撃で着実にダメージを与えていた。


 だが、ジェネラルはジュリアが1人で相手取っているところなので詠唱中に動かれてしまい、ナイトの相手をしているミンディの元へ駆けつけられてしまう。


「ミンディ先輩!」


 迂闊なことに詠唱を破棄してしまい注意を呼びかけるジュリアへ、戦っていたミンディから叱責が飛ぶ。


「詠唱を破棄するな! 仲間のことを想うなら与えられた職務をこなせ!」


「す、すみません!」


 ナイトとジェネラルを相手取り攻勢に出られず防戦するしかなくなったミンディは、ジェネラルの加勢に舌打ちしながらも冷静に対処していく。


 対して失態をしてしまったジュリアはアロー系だとミンディを巻き込むと思い至り、単発の魔法で何とかジェネラルを切り離そうと考えて魔法の詠唱を開始した。


 そうこうしているうちにメイジを処理したニッキーがジェネラルへ斬りかかって、ヘイトをミンディから奪おうとする。


「こっちっスよー」


 ちょろちょろ動き回ってはおちょくるかのような攻撃をジェネラルへ繰り返して、ジェネラルのヘイトがニッキーへ向くとドスドスと足音を立てて追いかけ始めた。


 その間にジュリアへと駆けつけたルイーズが新たな指示を出す。


「当たらなくてもいいから頭狙いで」


 ルイーズの指示を受けたジュリアが詠唱を終えて魔法を放つとジェネラルの頭へ向けて飛んでいくが、ジェネラルは動き回るニッキーを追いかけているため狙った頭には当たらず横を通り過ぎてしまう。


「ナイスっス!」


 頭の横を通り過ぎていく魔法に反応したジェネラルは動きが止まってしまい、その隙を狙ってニッキーが挑発ではないちゃんとした攻撃をジェネラルへ向かって放つ。


「ジュリアはそれを続けて。私はミンディ先輩のサポートに入るから」


 ジュリアへ今のは失敗ではないと認識させたルイーズは、ターニャと違い足をつけて戦うミンディのサポートへと移った。


 それを横目でチラッと見ているターニャは後輩たちが協力して成長している姿に安堵して、目の前のナイトを早々に片づけてニッキーの相手取るジェネラルへ向かおうと攻撃のギアを上げていく。


 それらの戦いの様を入口の壁際にて見ているケビンは、ジャンヌたちへ自分たちならどう戦っていくのか議論を交わさせるのだった。


「ジェネラルがリーダーだし、それを潰せば瓦解するかな?」

「でも、ジェネラルは後方にいたからそこまで辿りつけないんじゃない?」

「メイジを潰さないと集中砲火を食らうわよ」

「難しいよー」

「如何に早く敵の手数を潰すかよねぇ」


 そのような議論をジャンヌたちが交わし続ける中で、ケビンが立ち上がりの答えを教える。


「今回の件で言うとメイジを先に潰すのが正解だ」


「やはり集中砲火を防ぐためですか?」


「カミーユの言う通りだな。もしアロー系をあの数のメイジが放ってきたら目も当てられないだろ? それにナイトを1匹倒すのとメイジを1匹倒すのではかかる時間が全然違う。メイジなんて魔法を使えるゴブリン程度しかないからな。それに加えて通常のゴブリンと違って近接戦闘が不得手ときてる。そこら辺は例外を除いて人の魔術師と大差ない」


 ケビンからの講義を聞いたジャンヌたちは次の議題として、メイジを潰すとしたら誰が担当して潰していくかの議論に入った。


 そのような議論を後方でしているとは知らずに、ターニャたちは着実に敵の数を減らしていきジェネラルを討伐することに成功していた。


 そして反省会となる。


「ジュリア、たとえ詠唱が間に合わなくてもそれを破棄するな。私はそんなに弱いつもりはないぞ。それともジュリアには私が弱く見えるのか?」


「すみません」


「まぁそのあとの動きは良かったですわ」


「あれはルイーズが指示を出してくれたので」


「指示を出してもその通りに動けるかどうかは、指示を出された者の技量にかかっていますわ。貴女はちゃんとやってのけたのですから自分の能力に自信を持ちなさい」


 ミンディが叱る役をやったと思えばターニャが慰め役をやってのけて、飴と鞭を上手く使いジュリアの気持ちが落ち込みすぎて、この後の攻略に支障が出ないよう計らうのであった。

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