第393話 そうまでして香水が欲しいの……?

 翌日、実家で目を覚ましたケビンは朝食を食べ終わると、カインとルージュから手合わせを願われて朝稽古の相手をしていた。


 試合内容は当然2対1のカイン側はなんでもありで、ケビンは魔法なしというルールで行われている。


 ということで、ケビンは『それならスキルを使おう』と結論づけて、スキルを巧みに使いこなしながら2人からの攻撃をいなしていた。


 カインが前衛でケビンに詰め寄り、ルージュは魔法詠唱でカインのサポートをする形を取っていたが、攻撃魔法が飛んできてもケビンは魔力を纏わせた木剣で魔法を斬って凌いだ。


「ケビン! 魔法を使うなんてルール違反よ!」


「これは魔力で魔法じゃないからセーフ。ちなみにスキルだから全くもって問題ない」


「きぃぃぃぃっ!」


 悔しがり地団駄を踏むルージュを他所に、ケビンとカインの剣戟は続いていく。


「相変わらず隙がねぇな。兄ちゃんの立つ瀬がないぞ」


「カイン兄さんは剣筋に性格が出るから対処しやすいんだよ」


「性格?」


「悪辣な剣筋がないってこと」


 ケビンはお手本とばかりに打ち合っていたカインの剣筋をそらすと、すかさず足元を狙いにいく。


「うおっ!」


 それから頭を狙い、また足元を狙い、頭を狙うと見せかけて足元へ木剣を流しつつ左手に持ち替えて右手で胴を殴る。


「ぐふっ」


「とまぁ、こんな感じ?」


「剣筋の話じゃなかったのか!?」


「拳筋だね」


「ケビンの性格が前より悪くなってお兄ちゃん悲しいぞ」


「世の中には悪い人がいるからね。搦手には気をつけた方がいいよ」


 それからしばらく朝稽古を続けて、カインとルージュがへばったところで終了となった。


 その後、汗を流したケビンは実家にいるついでで王都へと出かけて冒険者ギルドに寄ると、ゴブゾウの働きぶりを見ながら世間話をして時間を潰す。


 程よく時間潰しができたケビンはギルドを後にしたら、今度は王城へと遊びに向かった。


 王城についたケビンがライル大公夫妻に挨拶をすると昼食に誘われたのでそのままご馳走になることにしたら、昼食の場でヴィクトール国王夫妻とも挨拶を交わして近況を報告しあう。


「へぇーローラさんが妊娠したんだね。おめでとうございます」


「ありがとうケビン君」


「アリスが子供を連れてきた時に触発されてな、2人で頑張ったんだ」


「何ヶ月目なの?」


「3ヶ月目になる」


 その後は子供の話で盛り上がり、ライル大公が孫の顔を見るまでは死ねんと豪語して語るのだった。


 そして食後のティータイムの時に、ヴィクトール国王が新たな政策を行っていることを知らされる。


「ケビンの国を見習って少しでも差別をなくそうと、試験的に女性だけの騎士団を作ったのだ」


「女性だけの騎士団?」


「ああ、元々は男性に混じって女性の騎士がいたのだが、やはり男社会だから少なからず差別的なものもあってな、それなら女性だけの騎士団を作って気兼ねなく勤務に当たってもらおうと希望者を募って試験的に作ってみたのだ」


「へぇーうちは騎士がいないからそういう問題はなかったなぁ」


「ケビン君の城は強固だからいないのも仕方がないわ。騎士たちが守ろうにも悪意があれば城自体に踏み込めないのだし、無駄な配置になるわね」


「んー……今は敷地が広くなったし工房や子供たちの遊び場があるから結界は広げてあるけど、城下へ仕事をするために出かける妻たちがいるからいた方がいいのかな? 今のところアルフレッドたちに任せっぱなしになってるけど」


「ああ、魔導具店?」


「そう。工房は敷地内にあるけどお店は城下にあるから。それに香水屋もオープンするし、アルフレッドたちだけだと回らなくなるかも」


「そうねぇ……で、王都支店はいつオープンするのかしら?」


「へ?」


 騎士についての話だったはずが、マリアンヌの言葉によってケビンはキョトンとする。


「ケビン君の魔導具って競争率が高いのよ。それに香水屋ってのも気になるわ。ローラもそう思うわよね?」


「そうですね。お義母様の言う通りで香水屋は気になりますね。いつ王都支店を開くのですか?」


 香水屋というワードに食いついた女性たちは、ケビンへ王都支店をオープンさせるようにグイグイ迫ってケビンはタジタジとなってしまう。


「いや……魔導具店なら土地と従業員がいればなんとかなるけど、香水屋はまだオープンしてないから……」


「わかったわ。土地は用意しておくわね。従業員はケビン君が面接した方がいいから良さげな人を見繕っておくわ」


「いやいや……マリーさんがすることじゃ……」


「ケビン君に任せていたら忘れてしまって、いつになってもオープンしないでしょう?」


「帝都も品薄だし……」


「ケビン君、親孝行はしておいた方がいいとお義母さんは思うの」


「そうですね。姉孝行もした方がいいとお義姉さんは思います」


 女性2人の暴走にケビンはライル大公とヴィクトール国王へ助けを求めるために視線を向けるが、気まずそうに視線を逸らしてお茶を飲んでいた。


(くっ……2人とも妻には頭が上がらないのか……)


 先日ソフィーリアに頭が上がらなかった自分のことは棚に上げて、ケビンは2人へ恨めしそうな視線を向ける。


 結局ケビンは追々頑張るという曖昧な言葉でその場を濁すと、2人からの猛攻を見事逃げ切って見せた。


 そのような所へ騎士が入室の許可を得て入ってくると、ケビンを一瞥して逡巡する。


「構わん。ケビンは私の義弟だ。何も隠しだてすることはない」


「報告します。遠征訓練に向かっている班のうち、第4班の消息が不明となりました」


 部外者であるケビンは何のことだかわからずにキョトンとしているが、王家の者たちは顔を顰めて思案顔になる。


 続く騎士からの報告では、定期連絡が届かなかったことで様子を見ていたのだが、1日が経過しても遅延連絡が届かずヴィクトール国王へ報告するに至ったとのことである。


「直ちに第3騎士団で第4班の足取りを追え」


「はっ!」


 報告に来た騎士が退出すると、ライル大公がヴィクトール国王へ声をかける。


「ヴィクトールよ、第4班は何処へ遠征に向かったのじゃ?」


「南西の森です」


「第4班って言ってるけど、騎士団で遠征に行ってるわけじゃないの?」


「今回は騎士団として動かさず個々の練度を上げるために、各5人の4個班で編成してそれぞれで違う場所へと遠征に向かわせたのだ」


「南西の森って危険なの?」


 ケビンの質問に答えたヴィクトールの話では、南西の森は村々に魔物の被害が出ないよう間引きするために今回の遠征で向かわせた場所であるとこのことだった。


「まずいのぉ」


「反対派が勢いづきそうね」


「反対派?」


「さっき話してた女性騎士団を良く思わない派閥よ」


「国王直属の騎士団なのに反対できる人がいるの?」


 マリアンヌが告げたのはヴィクトールの新しい政策のことで、優秀であれば女性であろうと積極的に召し抱えようとするものであり、その試験的な意味合いも兼ねて女性騎士団を手始めに作って女性たちだけで運用できるか試しているところだと言う。


 これが成功すれば女性でもちゃんとやれる証明となり武官だけではなく文官も女性たちを起用する案であったが、プライドの高い貴族派閥が地位を得た女性の下につくということが我慢ならないようで反対派として団結しているのだとか。


「ほんとくだらないこと考えるね。優秀な人が集まればそれだけ楽ができるのに……」


 基本的に人へ丸投げするケビンはヴィクトールの案に賛成であり、反対している貴族たちのお粗末な思考に呆れるのだった。


「裏で反対派が糸を引いてるやもしれぬな」


「それは早計じゃろう。ケビンのくれた嘘発見器で暴けるのじゃから下手なことはせんじゃろ」


「うーん……俺が見てこようか?」


「いや、ケビンは他国の主じゃ。そう易々と動いてはヴィクトールも他の者たちへ示しがつかんじゃろ」


「でも、人の命がかかってるかもしれないんだよね? 消息がわからないんじゃ何かあったとしか思えないし、家族が困ってるのに見過ごすわけにもいかないよ」


「しかしのぅ……」


「あなた、ケビン君に任せましょう? 都合のいいことに冒険者なのだから指名依頼にすればいいじゃない」


「そうですよ、お義父様。ケビン君に解決してもらって香水屋を早く開店してもらいましょう」


「あら、ローラ。それはいい考えね」


(え……まだ諦めてなかったの……)


 結局乗り気でなかったライル大公やヴィクトール国王は、香水屋を早くオープンさせたいという女性2人の気迫に負けてしまい、渋々ケビンへ頼むことにするのだった。


「すまないな、ケビン」


「用心するのじゃぞ」


 申し訳なさそうに声をかけてくる2人に対して問題ないことを告げると、ケビンは南西の森へ向けて出発するために外へ転移した。


 外へ出たケビンが王城上空で佇んでいると、眼下で出発の準備をバタバタと進めている第3騎士団の光景が目に入る。


「こうやって見ると結構な人数だな。騎士がそう簡単に殺られるようにも見えないし、かと言ってスタンピードが発生したとも聞かないし、うーん……強い魔物でも現れたのか? それはそれで誰かが応援を呼びに知らせると思うんだけどなぁ」


 ケビンは第4班が連絡もなくパッと消息を絶った理由に見当もつかず、とりあえず見落とさないようにと【マップ】で確認しながら南西方面へ飛び立つのだった。


 ケビンが王都を出発してしばらく飛んでいたら森から近い場所に村があったので、情報を得ようと人気のないところで地上へ降りたら歩いて向かうことにした。


 夕暮れ時ということもあってかあまり人は出歩いておらず、とりあえずケビンは泊まれるような場所があるのか道行く人に尋ねて村長宅へと案内された。


 村長宅では家の中へ招かれて簡素なイスに座ると、飲み物を出されたのでそれを飲みながら挨拶を交わす。


「ようこそ。何やら泊まれる所を探しているとか」


「ええ、私は冒険者でして旅の途中に寄ったのですが、この村に宿屋とかありますか?」


「小さい村なので宿屋はないが、空き家があるのでそこをお貸ししよう」


 この村長の見た目は中年の男性で、前村長が病で亡くなってからその後を継いでは村を切り盛りしているとのことだった。


 村長があとで村の者に夕食を届けさせると告げてきたので、ケビンは一宿一飯の恩として村長へ金貨1枚を支払おうとしたのだが、それを見た村長はいらないと言って断ったが、ケビンが強引に押し付けると渋々受け取ってはできる限りのもてなしを提供すると言い、村人を呼んで空き家の掃除と食事を準備するように指示を出していった。


 それから村長宅を出て空き家を借りたケビンは、村人が持ってきた食事を食べて簡素なベッドで寝ることにしたのだった。

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