第366話 第1便の帰還

 イグドラへ向けて出発した夜、ケビンは全員を強制的に寝かしつけると行動を開始した。


「さて、まともに進んだところで何ヶ月かかるかわからないしな、ショートカットするか」


 ケビンは夜のうちに転移でショートカットして似たような風景の場所に馬車を進めると、そのまま結界を張ったら御者台で寝静まるのだった。


 そして翌朝、何やら騒がしくなってきていたのでケビンが目を覚ますと、周りには奴隷たちがケビンを眺めているという珍妙な風景が視界に飛び込んできた。


「……んぅ……んあ? 何してんだ、お前ら?」


「ご主人様、何故そのような場所で寝ておられるのですか?」


 リーチェが1歩前へ進むとケビンに対してそう告げるが、相手はケビン……まともな答えが返ってこないのは明らかだが、今この場にいる者たちはそれを知らないがゆえに、ケビンからの返答で驚愕する。


「ここで寝たからだ」


 至極当然と言わんばかりに自信満々で答えるケビンに対して、それを聞いていた周りの者たちは絶句してしまう。


「~~ッ!」


 ケビンからしてみればバカにしているつもりはないのだが、あまりにも当たり前のことを返されたリーチェはそうもいかない。


「そういうことを尋ねたわけではないのです! どうして奴隷の私たちが馬車の中で寝て、主であるご主人様が御者台で寝ておられるのですか!」


「朝っぱらからピリピリするなよ。健康に悪いぞ?」


「ピリピリさせているのはご主人様です!」


「そう言ってもなぁ……お前らの中で戦闘のできるやつはいるのか? 冒険者みたいに見張りを立てて夜通し交代でもしながら夜を明かすんだぞ?」


「それくらいであれば私めができますが」

「俺もできるぞ」

「俺もだ。だてに獣人族じゃねぇ」


 ケビンの問いかけに反応したのは男性の獣人族だが、ケビンは更なる追い討ちをかける。


「昨日の晩に魔物が来たけど、お前らグッスリだったよな?」


 昨日の晩はケビンが強制的に眠らせていたのだが、それを知らない声を上げた男性の面々は苦虫を噛み潰したような顔つきになる。


「き、昨日は檻の中で生活していた疲労が出ただけです」


「その1回が自然界では命取りになるぞ? 獣人族ならその辺はわかるだろ?」


 予めこうなることが予測できていたケビンは転移によるショートカットを邪魔されないためにも、奴隷たちを強制的に眠らせてひと晩を過ごしたのだった。


 たった1回。その甘えが許されるほど自然界が甘くはないと知っている獣人族は、それ以上ケビンに対して何かしら言うことを諦めた。


「よし、理解ができたところで朝飯にしよう」


 こうして朝のゴタゴタは幕を閉じて終わりを迎えるのである。さしものリーチェも魔物の話題を出されては押し黙るしかなかったのであった。


 それからも旅の行程は続いて、夜になるとケビンが全員を強制的に寝かしつけては帝城へ帰ったりして、嫁たちとイチャイチャしたりしながら問題なくイグドラへ馬車を進めていった。


 そしてミナーヴァを出発してから1ヶ月後、怒涛のショートカットで旅の行程を短縮したケビンはイグドラ亜人集合国領へ再び足を踏み入れる。


 あまりにも早い旅の行程に奴隷たちもさすがに途中で気づいて不審がったが、バイコーンが夜間も休まず走ってくれたこともあると伝えて無理やり納得させてしまうのだった。


 それを言われてはさすがの奴隷たちも、ただの馬ではない魔獣であるバイコーンの生態など知る由もないので納得するほかなかったのである。


 更には毎日何故か夜に寝てしまうことも不審がられたが、馬車自体にリラックス効果のある付与魔法がかけられていて、高名な魔術師がしたことだから俺にはわからないと滅茶苦茶な論法で奴隷たちを説き伏せるのであった。


 それから数日後、ケビン御一行は何事もなく首都イグドラへ到着して、そのまま獣人族の代表の家へとケビンは馬車を進めた。


 代表宅へとついたケビンは、シバーヌへ依頼の一部が終わったことを報告する。


「とりあえず売られていた獣人族を一部買い占めました。それとミナーヴァ魔導王国は獣人族の奴隷を解放するように貴族へ呼びかけていますので、ぼちぼち個人か団体かはわかりませんが戻ってくるでしょう」


「何から何までありがとう。何故ミナーヴァ魔導王国がそのように動いたのかは聞かずにおいた方がよいじゃろう」


「そうしてくれると助かります」


「儂どもは仲間が戻ってこられるならそれで充分じゃ。その過程は見ずに結果だけを受け取っておこう」


「それから大変申し上げにくいのですが、1人部位欠損をしている子がいまして……」


 ケビンの告げた内容を聞いたシバーヌは喜びから一転、悲しい顔つきになる。


「もう長くはないのか?」


「いえ、処置をしていますので傷口のせいで命を落とすことはありませんが、これからの生活は1人だと厳しいものになるでしょう」


「そうか……その子の親を見つけれるように通達しよう。家族がいれば何とか生活はできるじゃろ」


「お願いします」


 それから話を済ませたケビンはシバーヌを連れて、外で待たせてある馬車まで案内をする。


 そして獣人族の奴隷たちに外へ出てくるように声をかけると、ゾロゾロと外へ出てきてシバーヌを視界に捉えたら、故郷へ戻ってきたことを認識して再び歓喜するのであった。


「この方たちを奴隷から解放します」


 ケビンがシバーヌへそう伝えると、魔法を行使して奴隷の首輪を外したらぼとりと地面へ落ちた音がして、獣人族の奴隷たちは自身の首から久しぶりの解放感を味わい、呆然としながらもその部分に触れては男女問わず涙を流す。


 それから馬車を1台【無限収納】の中へ回収したら、バイコーンを2頭返還して出発の準備を整えた。


 そして部位欠損を起こしている獣人族をシバーヌへ預けたら、ケビンは再び残りの奴隷たちを連れて獣人族のお礼を背にその場を後にするのだった。


 やがて街の外に出たケビンは人気のない場所まで馬車を進めたら、一旦馬車を止めて中へと入っていく。


「さて、獣人族もいなくなって君たちだけになったから、再度確認しておこうか」


「いったい何をですか?」


「奴隷からの解放を望むか否か」


「ご主人様、私は以前に申し上げたはずですよ。それにこの人たちを解放してどうやって生きていけと言うのですか? 満足に歩くことや食事を摂ることもできず、見た目も忌避されてしまう体ですよ?」


「お前はどうする?」


「俺はてめぇに勝つまでぜってぇ離れねぇ」


「まぁ、好きにしろ。暇な時はお前の相手になってやる」


「……リア」


「なに?」


「ヴァレリアだ! “お前”って言うな!」


「いや、お前だって“てめぇ”って言ってるだろ?」


「名前を知らないからだ!」


「俺だって名前を知らなかったぞ?」


「きぃぃぃぃっ!」


「ご主人様、ヴァレリアを揶揄うのも程々に。子供相手にムキになっては大人気ないですよ?」


「……は? 子供? どこが?」


「俺を子供扱いするな!」


 目の前に子供なんていないのに子供呼ばわりしているリーチェに対して、ケビンは訳がわからずでヴァレリアは子供扱いするなと怒りだし、リーチェが解決策をケビンへ提案する。


「ご主人様が私の時みたいにヴァレリアを見てみれば、子供って言った私の言葉が理解できますよ」


 傍でヴァレリアが子供扱いするなと騒いでいるが、リーチェの言った通りにケビンはヴァレリアを鑑定で見ることにした。




ヴァレリア

女性 10歳 種族:鬼人族

身長:155cm

スリーサイズ:88(F)-56-87

職業:族長の娘、奴隷

主人:ケビン

状態:子供扱いを受けて憤慨中

備考:男性の強者が周りの者から尊敬を集めているところを見て育ったので、自分も尊敬されたいと思って女でありながら男勝りになってしまった痛い子。集落の外に出て修行していたところ眠らされて、あっさり奴隷狩りに捕まってしまう痛い子。


Lv.10

HP:235

MP:85

筋力:175

耐久:160

魔力:55

精神:40

敏捷:120


スキル

【格闘術 Lv.2】【気配探知 Lv.1】

【身体強化 Lv.2】


加護

鬼神の加護


称号

痛い子

夜叉姫(痛)

男勝り(痛)




痛い子

 何かにつけて痛い子


夜叉姫(痛)

 族長の娘として認められている者。(痛)その立場上、生温かい目で見守られていることに本人は気づかない。


男勝り(痛)

 女ではあるが男にも勝るほど勝ち気でしっかりしている者。(痛)痛い子であるがゆえ、しっかり者にはなれない。




 ヴァレリアのステータスを見てしまったケビンは、色々な意味で驚愕してしまう。


「その体で10歳ってマジかよ!?」


「驚きますよね? 私も初めて聞いた時は驚きました。魔族はみんなこうなんでしょうか?」


 リーチェの言葉を聞いてケビンが思い浮かべたのはオリビアである。


「あ……確かにオリビアも発育が良かったな」


「ご主人様、オリビアとは?」


「サキュバスの女の子だ。年下だが初めて会った時から発育は良かった」


「魔族に知り合いがいらしたのですね」


「ああ、嫁だ」


「……確か子持ちの奴隷も嫁だと仰ってませんでしたか?」


「そうだ」


「つかぬ事をお聞きしますが他にも嫁が?」


「いるぞ」


 他にも嫁がいると答えたケビンに対してリーチェは言葉を失ってしまうが、1人除け者だったヴァレリアが話に割り込む。


「おい、俺を無視するな!」


「あぁぁ……すまんな、痛い子」


「痛い子って何だ! 怪我してないからどこも痛くないぞ!」


「お前が子供だってことだよ」


「子供じゃねぇ、俺は立派な大人だ! あと、お前って言うな!」


 あくまでも大人と言い張るヴァレリアの胸を、おもむろにケビンが掴むと揉み始めた。


「何してるんだ、お前?」


「揉んでる」


 ケビンの行動にヴァレリアは首を傾げてキョトンとするが、ケビンがヴァレリアの胸から手を離すと今度はリーチェの胸を揉み始める。


「んっ……ご主人様……そんないきなり……あ……」


「いいか、ヴァリー? これが大人の女性がする反応だ。さっきのヴァリーとは反応が違うだろ?」


「くぅぅぅぅ……」


 ひとしきりリーチェの胸を堪能したケビンが手を離すと、リーチェは頬を染めて荒くなった呼吸を整えていた。


「ということで、リーチェたちをこれから先は俺が面倒を見るってことでいいか?」


「……はぁはぁ……異論はございません」


 リーチェに続いて部位欠損を起こしている奴隷たちも一様に頷くと、ヴァレリアも騒ぎながら離れない旨を主張するのだった。


「よし、それならまずはその首輪を違うものと取り替える」


 ケビンは【創造】を使って帝城にいる奴隷たちと同じ物を作り上げると、それぞれの首輪を外して新たにつけ直した。


「ご主人様、どこからこれをお出しになったのですか? そもそも奴隷商を介さずどうして首輪を外せるのですか?」


「出してない。作った。首輪は外せるから外した」


「……はい?」


 混乱しているリーチェを他所に、ケビンは次の行動へ移るために他の奴隷へ声をかける。


「君たちの体を治す。すまないが怪我の状態を見るために脱がすぞ」


「もうこれ以上は治りませんよ? 膿んでいた所も治していただきましたので」


 ケビンは説明するよりも実際に見てもらった方が早いだろうと考えて、茶髪のショートヘアでブラウンの瞳が特徴的な女性を抱きかかえると、ケビンが与えていた服を【無限収納】の中へしまい込んだ。


「あ……」


「恥ずかしいだろうが我慢してくれ」


「いえ、私はご主人様の奴隷ですので構いません。いきなり服が消えたので驚いただけです」


 女性の体は焼けただれた痕がしっかりと残っており、当時の凄惨さを物語っていてケビンは顔を顰めた。


「こんな汚らしい体でお目汚ししてすみません」


「いや、これをした奴に憤りを感じただけだ。君の体は綺麗だよ」


「君ではなくフィオナと呼んでください。それと何人もの帝国兵から体を弄ばれて飽きたら火をつけられたこの体は、もう穢れきっていますから綺麗であるわけがないです。ですが、お世辞でも嬉しかったです」


 ケビンはここまで心を痛めてしまったフィオナに対して、嘘ではないことを証明するために口づけをする。


「ん……」


「これでも信じられない?」


「顔には火傷を負ってませんから」


 頑ななフィオナに対してケビンはまた口づけをすると、それを見ていたヴァレリアが口を挟んだ。


「なぁ、こいつら何してるんだ?」


「ヴァリーにはまだ早いですからあちらを向きましょう」


 その声を聞いたケビンはヴァレリアが静かだったこともあり、うっかり存在を忘れていたので魔法をかけて強制的に眠らせた。


「リーチェ、ヴァリーをその辺で寝かせておいてくれ」


「わかりました」


 リーチェへ指示を出したケビンはフィオナへ視線を戻すと、いきなり魔法を使って驚かないように声をかける。


「今から治すからな。《リジェネレーション》」


 フィオナが光に包まれると体に広がっていた火傷跡がみるみるうちに消えていき、何もない綺麗な柔肌へと変化していくのであった。


「――ッ!」

「……そんな……ありえない……」

「……」


「……ぐぅ……すぅ……」


 フィオナは自身の体に起きている変化に言葉を失くし、それを傍から見ていたリーチェは現実を受け入れられず、他の奴隷も驚きで目を見開いていた。1人蚊帳の外であるヴァレリアだけは心地よさそうに眠っていたが。


「消えた傷跡とともに嫌な記憶も消して、これから先はずっと幸せに生きるんだ」


「ご主人様っ!」


 フィオナは嬉しさのあまりケビンへ抱きついて泣き出すと、ケビンはフィオナが泣き止むまでずっと頭を撫で続けるのであった。

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