第293話 パメラとアビゲイル

 しばらく2人でまったりと過ごしたあとの夕刻、城へ戻る前にアビゲイルの荷物を回収しようと宿屋へと赴き、部屋へ入ってからは【無限収納】の中にアビゲイルの荷物をしまっていく。


「改めて見ても凄いですね。一体どれだけ入るのですか?」


「ん? 制限はないよ」


「え……? 【アイテムボックス】ですよね?」


「いや、【無限収納】」


「え……え……?」


 ケビンから伝えられた内容に、アビゲイルは意味がわからなくなって混乱してしまう。


「……ゆ」


「先に行っておくけど勇者じゃないからね?」


 アビゲイルがまさに言わんとしたことを、ケビンが機先を制して伝えるのだった。


 そして、アビゲイルの荷物をしまい込んだケビンは、指輪を2個取り出してアビゲイルのそれぞれの指へはめていく。


「ッ!」


「さっき言ったことは嘘じゃないって証明。2個あるのはうちの決まりごとみたいなもので、1個は婚約指輪で右手の指につけたもの。もう1個は結婚指輪で左手の指につけたものだから」


「……嬉しい……です……」


 アビゲイルは両手の指にはめられたそれぞれの指輪を眺めて、瞳からポロポロと涙を流すのだった。


「アビーの両親って何処にいるの? 結婚の挨拶をしようと思うんだけど」


「……」


「アビー?」


「……両親は殺されてもういないのです」


 その言葉を聞いたケビンは、アビゲイルを抱きしめた。


「ごめん、辛いこと思い出させたね」


「いいのです。もうだいぶ昔のことですから……それに今はもう1人ではありません。ケビン様が新しい家族となってくれました」


「俺だけじゃないよ。俺の城にいる人たちはみんな家族だから、アビーの家族でもあるんだよ。だからこれからはもう1人じゃないし、逆に1人の時間が取れないくらいにいっぱい家族がいるからね。寂しくなんてならないよ」


「私……ケビン様に出会えてとても幸せです。100年以上1人で生きてきましたが、私には仕事しか打ち込めるものがなく仕事が家族みたいになっていました」


 それからケビンは自身のことについてや、城にいる者たちについての説明を終えると、アビーとともに宿屋を引き払って手を繋いで城へと向かっていく。


 城門を通り憩いの広場へやってきたケビンは、アビゲイルをみんなに紹介しようとするのだが、ケビンの姿を捉えた嫁たちがいち早く騒ぎだす。


「あーっ! ケビン君がまた新しい女性を引っ掛けてきた!」


「……受付嬢2号?」


 ニーナはアビゲイルのことを覚えていたのか、交易都市のギルド受付嬢だと見抜いたが、それに反応したのはもう1人の受付嬢だった。


「ちょっとケビン君、どこの受付嬢を攫ってきたのよ!?」


「受付嬢なの? どこのギルドかしら?」


「あの人は交易都市ソレイユの受付嬢だよ」


 ケビンが答えるまでもなく、記憶力のいいクリスがサクッとサーシャとシーラへ答えを告げる。


「ケビン様は受付嬢がお好きなのでしょうか?」


「花形と言われる職業だからですか?」


「私も受付嬢を体験してみるべきでしょうか?」


「それなら私もアリスと一緒に体験したいです」


 王女2人が職場体験の話し合いを進めている中、ケビンが笑いつつアビゲイルへ声をかける。


「ね? これだけ騒がしければもう寂しくならないでしょ?」


「ふふっ、そうですね」


 ケビンとアビゲイルが2人で話していると、ティナが目ざとくアビゲイルの指にはまっている物に気がついた。


「ケビン君の結婚指輪してる!」


「新妻」


「ケビンもやるわね」


「受付嬢2人なんてキャラ被りじゃない!」


「王女も2人いるよ」


「レティと私はキャラ被りなのですか?」


「キャラ被りとは何でしょうか?」


「はいはい、みんな静かに。アビー、自己紹介してくれる?」


 それから1人ずつ自己紹介が始まると、終わったところでケビンがティナへ質問を投げかけた。


「ティナ、アビーの種族ってわかる?」


「あぁー、また馬鹿にしてるでしょ! それくらいわかるわよ、アビーはどこからどう見てもエルフよ! ちょっと日焼けしてるけど……私もたまには日焼けしようかな? その肌の色もいいわね」


「だってさ、アビー。ちなみに他の人は?」


 ケビンの質問に答えられたのはクリスだけで、他の嫁たちはティナ同様にエルフと判定したのだった。


「正解はクリスだけだね。アビーは厳密に言うとダークエルフって種族だよ」


「え……ケビン君もしかして、日焼けしてるからダークエルフって呼んでるの? 安直すぎない?」


「いや、俺が種族名を付けたわけじゃないからね?」


「違うの?」


「そもそもそんなことだったらクリスが知ってるわけないだろ?」


「あ、そうか」


「ティナのあんぽんたん」


「ちょ、ニーナ!」


「ふふっ、賑やかですね」


 それからケビンは、ダークエルフの名前の由来や迫害対象であることを全員に伝えていく。


 ケビンの話が進むにつれてエルフであるティナが怒りだして、「アビーを差別するエルフは根絶やしにすればいいわ!」と、過激な発言が飛び出してしまい、アビー自らが宥める形となる。


「――ということだから。ちなみにサーシャへ朗報。アビーは受付嬢から昇進してギルドマスターになってるからキャラ被りはしないよ。そもそも人とエルフだから被っても受付嬢って職業だけだったし、エルフって点でもティナとも種族が違うから被らないし」


「え……もしかして帝都のギルドマスター?」


「そうだよ。新しく来たギルドマスター」


「ちょ、バリバリの上司じゃない!」


「そうなるね、というか知らなかったの? 復興したら受付嬢するんだよね? 引き抜きの異動だから面接とかはなかったけど」


「王都のギルドマスターが気を利かせてくれて『新婚だから働き始めるのは好きな時期にしろ』って言ってくれたから、のんびり構えていたのよ。それに復興後はバタバタするのが目に見えているから、機を見て落ち着いたら働こうかなぁって」


「ふふっ……サーシャ、明日から新装開店ですよ。一緒に頑張りましょうね」


「ケビン君、なんて時期に上司を引っ掛けてきてるのよ。逃げれないじゃない……」


「俺は働いてるサーシャとかも好きだけど。好きな仕事をしててキラキラしてるから」


「もう! そんなこと言われたら明日から頑張るしか道がなくなるでしょ」


 怒っているように頬を膨らませるサーシャだったが、口元がニヤニヤしているのは誰が見ても明らかである。


「あとは……そうだ! パメラ、おいで」


 ケビンに呼ばれたパメラはトコトコと近づいていき、ケビンへ挨拶をする。


「……おかえ……り……」


「ただいま、パメラ。いい子にしてた?」


「……イスの……とこ……いた……」


 パメラがケビンの服を掴んでいるのとは逆の手で、憩いの広場にある玉座を指さしていた。


「ああ、パメラのお気に入りの場所か。イスに座ってもいいんだよ? 誰も怒ったりしないから」


「……ごしゅじんさまの……ばしょ……」


「座ってみたくないの?」


「…………みたぃ……」


「よし」


 ケビンはパメラを抱き上げてアビーと手を繋いで玉座まで歩いていくと、後ろから眺めていた嫁たちは羨みのため息をこぼすのであった。


「親子よねぇ」


「家族」


「お姉ちゃんも手を繋ぎたい」


「子供欲しいなぁ」


「絵になるね」


「ケビン様はお優しいです」


「その通りです」


 そのような嫁の感想など聞こえていないケビンは玉座の前まで来ると、パメラを玉座へ座らせるのである。


「どう?」


「……おおきい……」


 パメラにはまだ玉座が大きいようで、真ん中にちょこんと座る形になっている。


「アビー、この子はパメラ。見てわかると思うけどちょっと心に傷を負っててね、俺が近くにいない時は近寄らない方がいい。ビックリするぐらい拒絶されると思うから」


「私だけですか?」


「いや、元々前皇帝の奴隷でね、その時同じ奴隷だった人たちは近寄ることができるし、手を繋ぐこともできる。他の奴隷たちはまちまちかな。嫁たちは論外みたい。ねぇ、誰かパメラに近づけた人いる?」


 ケビンが嫁たちに声をかけると、返ってきたのは予想通りの反応と予想外の反応の2パターンである。


「まだ誰も近寄れないわ」


「無理難題」


「お姉ちゃんも無理」


「私もダメみたい」


「私は距離が縮んだよ」


「私もです。少し近づけます」


「私も少しだけ近づくことができます」


「え? クリスたち近づけたの!?」


「ビックリ」


「いつの間に試したのよ?」


「私にもヒントが欲しいわね」


 意外にも少し近づけたという嫁たちがいたことで、嫁たちの話題はパメラへ如何に近づくかの議論となってしまう。


「とまあ、あんな感じでね、だから少しずつ慣れていければいいと思う」


「……」


 ケビンの言葉を聞いたアビゲイルが何かを決意して、パメラの目線に合わせるためにしゃがんで話し始めると、意外にもパメラがその言葉に反応を示したのだった。


「パメラちゃん、私はアビゲイルっていう名前です。アビーって呼んでくれますか?」


「…………あびー……」


「はい、アビーです。これから仲良くしてください」


 アビゲイルが手を差し出すと、パメラが恐る恐るアビゲイルの手先の部分を掴んだ。


「……なか……よく……」


「そうですね。これで私とパメラちゃんは仲良しです。お友だちでもあり、家族でもあります」


「……か……ぞく……」


「パメラちゃん、抱っこしてもいいですか?」


「……」


 少し逡巡したパメラは、アビゲイルの手を掴んでいた手を離すと両手を広げて抱っこの姿勢を見せた。


 そしてパメラの許可がおりたと感じたアビゲイルは、優しくパメラを抱き上げるとそのまま抱きしめるのだった。


「パメラちゃん、これからいっぱい幸せになりましょうね」


「……アビー……も……」


「はい、ありがとうございます。私も一緒に幸せになりますね」


「……ごしゅじんさま……も……」


 アビゲイルとパメラのやり取りを見ていたケビンは驚きで呆けていたが、パメラに声をかけられて正気に戻ると、パメラへ微笑みかけて言葉を返すのであった。


「ああ、みんなで幸せになろう」


 それを見ていた嫁たちは驚きで口を半開きにしている者や、目が点になっている者、微笑ましく眺めている者と三者三様である。


「……うそ……」


「初見で懐いた」


「何か秘密があるのかしら?」


「ケビン君が近くにいるからじゃない?」


「負けたぁ」


「アビーさんはお優しいですね」


「ケビン様と同じです」


 嫁たちが感想をこぼしている中で、一連の流れを見ていた周りの奴隷たちも呆然としていた。まさか今日来たばかりの人に、あのパメラが懐くとは想像だにしていなかったのだ。


 パメラを抱っこしたままのアビゲイルとケビンがティナたちの所へ戻ってくると、ティナがアビゲイルへ食いついた。


「アビー、一体どうやったの!?」


「何も特別なことはしてません」


「パメラちゃん、私とも仲良くして!」


 ティナがパメラへ近づき声をかけるも、パメラはアビゲイルに抱きついて顔を隠すのであった。


「え……」


「ティナはガツガツし過ぎなんだよ。パメラが怖がってるだろ」


「うぅ……仲良くしたいだけなのに……」


 早くも撃沈したティナを他所に、ケビンたちは夕食を食べるために食堂へ向かうのだが、パメラはアビゲイルに抱っこされたまま移動して、下りようとする仕草は見せなかった。


「完全に懐いた」


 ニーナの呟きに周りの嫁たちも頷き、どうすればパメラに懐いてもらえるのか嫁会議の議題にしようと話し合うのであった。

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