第283話 シーラの焦り

 ケビンたちが墓地から戻ってシーラと結婚したことを家族へ伝えると、ケビンのあまりの手の早さにギースは天井を仰いだ。


 ギースとしてはこれから2人で恋仲を深めて婚約をしてから、のちに結婚という流れを考えていたようだ。


「お前……一体どれだけの女性を手にするつもりだ……?」


「今のところ嫁たち以外だと奴隷たちと助けた女性1人が帝城にいるけど? 他にあるとすれば、俺を慕ってくれてるメイドたちかな? 怪しいのも含めると宿屋の従業員たちもいるけど」


 ケビンの淡々とした返しに、ギースは一体どこで育て方を間違ったのだろうかと思い悩んでしまう。何故自分の息子はこんなにも女性に囲まれてしまうのかと。


 ギースは知らない。ケビンの持つ称号が女性に対して特化しているのを。


「メイドたちで思い出したけど、プリシラたちを引き抜いてもいい? 城が手に入ったからそこで働いてもらおうかと思うんだけど」


「それは問題ないわよ。以前から申し出があったのだし」


 雇い主のギースよりも先にサラが許可を出してしまうのだったが、ケビンたちが出かけている間に『お・は・な・し』が終わっていたのか、特に反応することもなく見守っていた。


「じゃあ、プリシラ。みんなを集めて引っ越し準備を終わらせておいて。帰りは一緒に連れて行くから」


「直ちに」


 プリシラは嬉しさのあまり口角が上がってニヤけていたが、幸いにも誰にも気づかれずに退室することができた。


「姉さんもこれ貸してあげるから引っ越し準備を終わらせておいで」


 ケビンはシーラにマジックポーチを貸し出すと、その中へ荷物を入れるように指示を出すのである。


 それからしばらく寛いでいたら引っ越し組の準備が終わったようなので、ケビンは家族や使用人へ挨拶をしてから憩いの広場へ転移した。


 憩いの広場へ転移したケビンを見たティナたちは、見知った顔が一緒に来ていることでティナが近寄って挨拶を交わす。


「シーラさん、お久しぶりです。元気になられて良かったです。こちらに来たということは、そういうことですか?」


「ティナさん、ご心配をおかけしました。今日、ケビンと結婚しました。それと私のことはシーラと呼んでください。妃の末席に入りますので敬語も不要です」


「わかったわ。それなら私のこともティナで構わないし敬語も必要ないわ。あと序列の1番以外は横並びだからそこら辺も気にしなくていいわよ」


「え……1番は誰なの?」


「ソフィーリアさんよ。ケビン君の第1夫人でここに住む女性たちのリーダーね」


「ご挨拶したいけどどこにいるの?」


 ご挨拶をしたいというシーラの疑問には、唯一居場所を知っているケビンが代わりに答えたのだった。


「ソフィなら仕事で出かけてるからしばらくは戻ってこないよ」


「忙しい方なの?」


「かなりね。世界一忙しいと思うよ」


「大変な方なのね」


 それからはティナがシーラやメイドたちを引き連れてテーブルへと行き、面識のない嫁たちの紹介やここで暮らす上でのルールなどを説明していく。


 手持ち無沙汰になってしまったケビンはパメラの所へ行くと、のんびりとした時間を過ごすのだった。


 やがて夕食も終わりお風呂の時間になると、この城のルールを聞いていたシーラがソワソワとしだした。


「姉さん、無理しなくていいから」


「む、無理なんてしてないわ」


「別に強制じゃないからプリシラたちと入ったら?」


「でも、私以外の人はみんな入るのでしょ?」


「そうだね。何故か突撃されてしまうからね」


 そこへスッとやってきたプリシラが発言する。


「ケビン様、私たちは全員一致でご一緒させて頂くことになりました」


「マジ……?」


「魔導学院在学中はお背中をお流しできませんでしたので、ここではお流しさせて頂きます」


「そうだった……」


 学院生時代のケビンはプリシラの執拗なご奉仕に恐怖を感じて、お風呂は1人で入っていたのだ。


 仮にティナたちと一緒に入れば、確実にプリシラが突撃してくるという考えに至った結果である。


 そしてここでは自由に混浴を許可している(なし崩し的に)ので、プリシラだけを拒否するわけにもいかない。


「ダメ……でしょうか?」


 ケビンから遠回しに入浴のご奉仕を避けられていた過去があるので、プリシラは仕えるケビンが嫌ならば諦めようとしていたが、しょんぼりしてしまった顔を見てしまったケビンはプリシラへと許可を出すことにした。


「いいよ、プリシラがご奉仕好きだって以前に聞いていたから」


「ありがとうございます!」


 そして残る問題はシーラであった。


「ティナたちへ一緒に入るよう言っておくよ」


「そ、それはダメよ! 私のせいでティナたちの幸せを奪うことになるわ」


「いや、そこまで大袈裟にするほどのものではないけど……」


「大丈夫! 私、お姉ちゃんだから!」


 こうしてシーラは変な意気込みとともに、ケビンと一緒にお風呂へ入ることを決意するのであった。


 そしてケビンは、歩けるはずなのに何故かお姫様抱っこをねだってくるナナリーを抱えてパメラとともにお風呂へと向かうが、パメラの反対側ではシーラがケビンの上着の裾を掴んでパメラと同じ行動を取っているのである。


 やがて到着した脱衣場でケビンはナナリーの服を脱がせていく。まだ痩せ細ったままだが健康的な肌色となっており、ちゃんと食事は摂れているようである。


 ナナリーを脱がせ終わると、隣でぐずぐずしているシーラの服もケビンは剥ぎ取ってしまう。抗議の声が聞こえるが一切気にした様子がない。


 そのまま浴室へ入りナナリーを洗ってから子供たちも順番に洗っていくと、ご奉仕大好きプリシラが順番待ちしている子供たちを洗い出していつもより早く回すことができたのだった。


 そして、子供たちを洗い終えたケビンの傍へすかさずプリシラがやってくる。


「ケビン様、お背中お流しします」


「お願いするよ」


 今までエロに偏った洗身は受けたことがあるケビンであったが、プリシラの洗身はエロに偏らず、ごく普通の行為であったことにケビンは驚く。


 そして何故か心地いい。


 まともな洗身を受けたケビンは、こんなことなら学院生時代から変な勘ぐりはせずに受けておけば良かったと思えるほどの技術であった。


 結局ケビンは背中のみと言わず全身を追加で洗ってもらい、心地良さに浸り尽くすのである。


 それからケビンがのんびり湯船に浸かると、視界の端でシーラが体を隠しているのが目に入った。


「姉さん、さっき全部見たんだから今更隠しても意味ないよ?」


「それとこれとは別よ!」


「まぁ、恥ずかしがる姉さんは新鮮だから別にいいけど」


「うぅ……」


 ケビンがそれから辺りを見回すと、メイドたちも湯船に浸かっているようである。


 ケビンの視線は必然的にメイドたちの体へと流れてしまう。5人の中ではプリシラとニコルの胸が1番大きいようだ。ライラとララやルルは同じ大きさみたいで横並びだ。多少の違いはあるんだろうが。


 ケビンの視線に当然気づいている5人は見えやすいように体の向きを変えていくと、ケビンがある点に気づいた。


「あっ!」


 ザバッとお湯の中から立ち上がったケビンを、女性たちは何事かと見てしまうが当然視線は一部へ集中する。


「あぁ、ケビン様の腰から後光が……後光が差しています……」


「ララ、ルル! 見分け方がわかった!」


「ケビン君、本当なの? 私にはサッパリなんだけど」


「え、ティナわからないの? 私でさえわかるのに?」


 ケビンの発言に対してティナは疑心暗鬼に尋ねるが、そんなティナを驚いた顔で見ているのはクリスである。


「ララ、ルル。後ろ向いてるから喋らずに、ちょっとぐるぐる位置を代わってみて」


 ケビンはそれからお湯へ浸かりなおして後ろを向くと、ララとルルは言われた通りにお湯の中でぐるぐる位置を入れ替わってた。


「「ケビン様、どうぞ」」


 ララとルルによる二重奏が聞こえてくると、ケビンが振り返って2人を観察する。


「俺から見て右がララで左がルル!」


「「当たりです」」


「ちょ、ケビン君! どうやったの!?」


 見事に当ててみせたケビンへティナが驚いて尋ねてみると、ケビンらしい回答が戻ってくるのである。


「ララの左胸の上部にはホクロがあるんだよ。ルルは右胸」


「ああ、確かに」


「メイドたちの体を観察してたらホクロがあるのを見つけてエロいなぁって思って、そしたら2人ともついている場所が違うからこれなら見分けられると思ってね」


「でもケビン君……それってお風呂限定じゃない? いつもはメイド服着てるでしょ?」


「そ……そうだった……」


 当たり前の落とし穴を指摘されてしまったケビンが落ち込んでしまうと、ララとルルがケビンの両脇を固めて腕に抱きつくのであった。


「ケビン様、初めてルルの発言なしに見分けてくれてとても嬉しかったですよ」


「ケビン様、今日というこの日をこの国、いや世界での祝日にしましょう。ケビン様が初めて私たちを見分けた記念すべき日です」


 ララとルルを見分けただけで世界的に祝日としてしまうのはどうなの? とも思ってしまうケビンだったが、そのぐらい嬉しかったのだろうと納得してしまう。


 こうして、ララとルルの見分け方が1歩前進したケビンは、ほどよい時間となったところで、お風呂から上がってナナリーを部屋まで運ぶと自室へと帰るのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「姉さん、だから無理しなくていいって」


「む、無理じゃないわよ!」


 何故2人が押し問答をしているのか……


 その答えは、ティナたちが煽ったのかどうかは知らないが、会話からもわかる通りシーラがケビンの自室へとネグリジェでやってきたのだ。


 当然ケビンにそのつもりはなかったのでビックリして、何しに来たのか尋ねたところ時間をかけて出た言葉が「初夜」である。


 ケビンとしては風呂の時点でいっぱいいっぱいだったシーラを見ているので、そのシーラが初夜のために来たことなど到底信じられるものではなかった。


 そして、説得を始めたと言うわけである。


「誰がけしかけたの?」


「……誰も」


「そもそも何でその考えに行きついたの?」


 シーラが話し出したのはケビンと奴隷たちの関係であった。ケビンが奴隷たちへ嫁たちを蔑ろにしてまで抱くつもりはないと言ったのが発端であり、ソフィーリアがケビンへ伝えた内容を嫁たちにも伝えていたみたいだった。


 その結果、女性たちの中で出来上がってしまった答えが、“抱いていない嫁がいれば奴隷たちを抱かない”である。


 シーラが来るまでは嫁たちを全員抱いていたことになるので、『もしかしたら近々手を出してくれるかもしれない』といった考えが奴隷たちの中であったみたいだが、シーラが新しい嫁として来たのでその時期が先送りとなったのだ。


 そして、嫁たちもシーラが来るまでは『奴隷たちを抱いても温かく見守ろう』という意思で統一されていたのだった。


「そういうことか……」


 まだ寝るには早い時間でもあったので、ケビンは大人の女性を対象として憩いの広場へ緊急招集をかけた。


「みんな集まったね?」


 ケビンからの緊急招集ということで物凄い早さで全員が揃い、話ができる態勢を整えたのであった。


「今回呼んだ理由は姉さんが俺の部屋に来たことが原因だ」


 ケビンの言葉でほとんどの者は察しがついた。新しいお嫁さん、今は夜、旦那の部屋へ行く。これだけでシーラが何のためにケビンの部屋を訪れたのか理解したのだった。


「姉さんは心構えもできていない状態で来ていた。それで理由を聞いたら早い話が俺に関することだ。俺が奴隷たちを抱かないのは、当時妻たちをソフィ以外は誰も抱いていなかったからだ」


 ケビンが淡々と語る内容に、この場の女性たちはケビンが少し不機嫌になっているのを感じ取ってしまい、何も言わず静かに耳を傾ける。


「俺は確かにそう伝えたが勘違いして欲しくないのは、他の者からのお膳立てで女性を抱くつもりはない。俺は俺が抱きたいと思った時に抱く。そして姉さんは今回、周りからのプレッシャーで俺の部屋へ行かなければならないという焦燥感に駆られていた」


 ケビンから伝えられた言葉に、ティナたちは自分たちが伝えたことが原因で、シーラがそういう行動に出てしまったことを理解して俯いてしまう。


「考えてみてくれ。この中で俺に抱かれたいと思っている者は、周りの者に急かされて抱かれに行きたいと思うか? 次がつっかえているからさっさと行けみたいな雰囲気を感じてだ。しかもそれが初めて抱かれる時にだ」


 その言葉に賛同する者はいなかった。考えずともわかる。愛しい人との一夜を周りに急かされて雰囲気も何もない作業みたいな感じで終わらせてしまうなど、それこそ経験済みの奴隷たちが嫌というほど味わったことのある、ただ体を主人に提供するだけの人形みたいな扱いを受けるようなものだ。


 そんな時は決まって思うのが『早くこの時間が終わって欲しい』である。その行為に気持ちはなくただの作業として流していくのだ。


「俺は妻たちを抱く時にドキドキした。だが、これが急かされていたのならそんな気持ちなんて抱けない。早く回さなきゃいけないという気持ちに駆られてしまうからだ。だからみんなに問いたい。この中で急かされて俺に抱かれたい人はいるか?」


 ケビンの言葉に声をあげる者はいなかった。誰だってそんな抱かれ方は嫌だからだ。


「ということで、姉さん。今回は俺の監督不行届で迷惑かけてごめん」


「シーラ、私もごめん。急かせるつもりで言ったわけじゃないの。ケビン君に抱かれるタイミングはシーラが決めていいのよ」


 ケビンがこの城の責任者として謝ると、ティナがこの城のルールを説明したこともありその後に続いた。そして他の嫁たちが次々と謝っていく。


 そしてケビンは今回起きてしまったことを踏まえて、ここにいる全員を抱くことや新しく妻になったシーラみたいに心の準備が整わず、他の者たちが先送りとなって急かせるような雰囲気を作り出さないためにも、妻を抱いていなくても抱くことを全員へ示達するのだった。


「よって、俺が最初に伝えた制限を解除する。妻との初夜が終わってなくともここにいる全員抱くからな」


「あの、ケビン様……もしかしてその中には私たちも入っているのでしょうか?」


 ケビンの言った「全員抱く」という宣言に、プリシラが驚きながらも尋ねていた。他のメイドたちも同様に驚いている。


「当たり前だろ? 俺のことが嫌いな人には決して触れないが、好きでいてくれる人には確実に手を出すぞ」


「そんなっ、ケビン様を嫌うなどと……例えサラ様を裏切ることがあってもそれだけは絶対にありえません!」


「できれば母さんを裏切るのはやめてくれ、後始末が面倒なことになるから。せめて父さんとかで頼む……」


 プリシラは覚悟を見せたつもりだったが、現実的に考えてしまったケビンは、サラの怒りを鎮めるのに手を焼いてしまうことが容易に想像できてしまったので、さして支障の出ない父親を生贄に捧げるのだった。


 そしてメイドたちはケビンの見えないところで、ガッツポーズをしてしまう。


 最初の頃は嫁という地位を狙っていたメイドたちだが、ケビンの嫁たちが増えていったこともあり、その嫁たちを全力でサポートする立場に回ろうと全員で話し合っていたのだ。


 そこで懸念されたのが好きだけど抱いて貰えないということだった。ケビンの性格からして結婚しないと無理ではないかと、全員が諦めかけていたところでの帝城の奴隷たちである。


 彼女たちが抱かれるのなら自分たちにもチャンスがあるのでは? という考えに行きついたところでの、今回のシーラの件と今後の方針である。メイドたちにとってまさに渡りに船といったところであったのだ。


「みんなごめん。私のせいでみんなが怒られることに……」


 シーラは自分が焦ってしまったせいで、ここにいるメイドたち以外の女性たちがケビンに叱られてしまったのを気にしてしまったのだった。


「気にしないで、シーラ。私たちの説明の仕方が悪かったのよ」


「よし、話が終わったところで解散だ。姉さん、部屋へ帰るよ」


「え……初夜はないんじゃ……」


「それはないけど、一緒に寝るよ。あと、初夜はなくてもキスはするからね」


「~~ッ!」


「みんなもいつまでも気にせず寝るんだよ? 夜更かしはお肌の大敵なんだろ?」


 ケビンはそれだけ伝えると、頬を赤く染めたシーラの手を握って寝室へと帰っていくのであった。

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