第199話 クランバトル②
狂犬が打ち倒されてから、2人目、3人目とケビンが相手をしてとうとう4人目の相手をすることになり、
「お手柔らかに頼む」
「その様子からするとタンク役だね、打ち込んでいった方がいいかな?」
筋骨隆々な体躯に大盾を装備していることから、タンク役だと気づいたケビンが、受け身よりも攻めの姿勢の方がいいだろうと副団長に提案する。
「最早バトルではなく、稽古をつけてもらっている感じだな」
「カイエンさんの誠意に答えているだけだよ」
「ふむ……では、打ち込んできてもらおう。合間に反撃できそうなら、しても構わないよな?」
「いいよ、タンク役としての動き方で構わないから」
ケビンが視線で合図すると、役目を与えられている受付嬢が進行を始める。既に4回目とあって、最初の頃のようなたどたどしさはなく、スラスラと決まり文句を述べていく。
「それでは、クランバトル、【ウロボロス】対【鮮血の傭兵団】の第4試合を始めます。両者は所定の位置に」
ケビンが開始位置につくと、副団長もそれに倣って開始位置へとつく。ケビンが模擬刀を構えるのに対して、副団長は大盾を構えた。
「第4試合……始め!」
開始と同時にケビンが間合いを詰める。まずは小手調べとばかりに軽く袈裟斬りにすると、副団長は大盾を模擬刀へ合わせて移動させる。
「くっ……」
ぶつかり合う音はとても大きく、子供のなりをした体のどこにそんな力があるのかと思わせるほどであった。
ケビンが一撃離脱で間合いを取ると、副団長に話しかけた。
「今からこのスタイルを連続でいくけど、見えないスピードでやるわけじゃないから、対応して耐えてみせてね」
ケビンは再び間合いを詰めると、副団長へと模擬刀を打ちつける。副団長もケビンの言った通り、目で追えないほどのスピードではなかったので、見事対応してみせた。
それからケビンは一撃離脱を繰り返して、四方八方から副団長を攻め立てていくと、副団長もそれに合わせて体の向きを常にケビンの正面を捉えられるように、体捌きをしながら大盾を動かしていた。
しばらくケビンの一方的な攻撃が続くと、ふと間合いを取ったケビンが攻撃の手を休める。
「どうした? もう、終わりか?」
副団長がケビンに尋ねると、その強がりを見透かしたかのように、ケビンが言葉を返した。
「腕が疲れてるでしょ? 大盾の動きが悪くなってるよ」
「――!」
副団長はケビンからの度重なる攻撃を受けて、大盾を握る手やそれを支える腕が想定以上に疲れているのを、ケビンによって見透かされていたことに驚愕する。
攻撃が軽ければこうはならなかったものの、ケビンは副団長が防げるギリギリの力で模擬刀を打ちつけていたので、大盾を持つ手や腕に負担がかかっていたのだ。
その理由として、一撃離脱するケビンの攻撃が当たる瞬間に筋肉が緊張し、離れた時には弛緩して、それを繰り返された副団長の手や腕は、僅かな時間でありながらも長時間戦ったかのような負担に見舞われていた。
「場合によっては、今のような攻撃をしてくる魔物がダンジョンにはいるからね、事前に経験しておいた方が後々対応しやすいでしょ?」
「フッ……まさに稽古といったところか……」
「さて、次は一撃が重いスタイルでいくから、これを受けきることはタンク役としても、真骨頂だと思うよ?」
「期待に添えるかわからんが、耐えてみせよう」
ケビンが一気に間合いを詰めると、手にしている模擬刀を無造作に振り下ろし、副団長はそれを大盾で受け止める。
訓練場内に響きわたる音は、今までの中で1番のものであり、それだけでどれ程の膂力を持ってして繰り出しているのかが、誰にでもわかるというものだ。
副団長は歯を食いしばりながらもその一撃に耐えてみせたが、その意とは反して腕が限界を超えたようであり、大盾を地面に落とした。
大盾から顕になった腕は小刻みに震えており、如何に今の一撃がどれ程のものか如実に物語っていた。
「終了だね」
「あぁ、降参だ」
「その腕じゃこれは持てないだろうから、運んでおくよ」
副団長が敗北宣言すると、ケビンは大盾を拾い上げて鮮血の傭兵団側へと運ぶのであった。
見た目だけでも重量のありそうな大盾を、軽々と持ち上げ運んでいく姿に副団長は呆然としながらも、独り言ちてケビンの後を追うのであった。
「そんなに軽い物ではないんだがな……」
重量を感じさせないケビンの行動は、周りの観客たちも同様の印象を受けて、呆然とするのである。
大盾を届けたケビンは開始位置まで戻ると、最後の相手であるカイエンが出てくるのをその場で待った。
「ご苦労だったな」
「団長、気をつけて下さい。あれは、規格外と呼ばれている連中と同じ匂いがします。先程の攻撃も氷山の一角に違いありません」
「そんなことは、わかっている。中々、いい訓練になっただろう?」
「それはそうですが……」
「俺も楽しませてもらうとしよう」
カイエンは副団長との会話を終えると開始位置へと歩きだした。その手にはバスタードソードが握られており、肩に担いで歩く姿はまさに威風堂々とした出で立ちをしていた。
「ようやくだな」
「待ちくたびれた?」
「そうだな……久々に強者と出会えたんだ。早く手合わせしたいと思うだろう?」
「全く」
ケビンはバトルジャンキーになるつもりはない(記憶がない時のことは棚上げした)ので、カイエンの言うことには全くもって賛同しなかった。
「まぁ、そう言うな。お前の能力も戦いに身を置いたからこそ出来上がったものだ」
「そこは否定しない」
「で、あれば、この高揚感もわかるだろう?」
「はぁぁ……」
ケビンは付き合いきれないといった感じで、受付嬢へと視線を移した。
「ク、クランバトル、【ウロボロス】対【鮮血の傭兵団】の最終試合を始めます。両者は所定の位置に」
まだ前口上の途中であるにも関わらず、ケビンが試合を始めるよう合図を送ってきたことに、受付嬢は慌てて対応してみせた。
「最終試合……始め!」
「行くぞ!」
開始の合図とともにカイエンはケビンとの間合いを詰めて、バスタードソードを振り下ろす。
ケビンが軽く回避をすると、轟音とともに地面へ深々とバスタードソードの切っ先がめり込んでいた。
そのままカイエンが剣を振り上げると、流れてくる切っ先と巻き上げられた土がケビンに襲いかかる。
「実戦的だね」
ケビンはバックステップで距離を取り、切っ先と目潰し用の土を回避したが、すかさず距離を詰めてきたカイエンに捕捉される。
「もらったぞ!」
カイエンの振り下ろしたバスタードソードが、ケビンを捉えたかと思った矢先、場内には武器同士の激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。
カイエンが両手持ちでバスタードソードを振り下ろしているのに対して、ケビンは模擬刀を
その光景に誰しもが自身の目を疑った。質量的にもカイエンの扱うバスタードソードの方が圧倒的に重く、ケビンの扱う模擬刀では不利なはずで、更に、振り下ろしと振り上げの差もある上に、両手持ちと片手持ちという膂力のアドバンテージさえも覆して、2人の剣は拮抗していた。
その瞬間、割れんばかりの歓声が場内を包み込んだ。レベルの高い闘いを見られている上に、不利な状況を不利ともせず難なく跳ね除ける不思議な現象に誰しもが感嘆としていた。
「どうやったら、あんな状態にできるんだ!?」
「なんなんだ、あのガキは!?」
「やべぇだろ!?」
「カッコかわいい~」
「痺れるぅ~惚れちゃいそぉ~」
観客たちが好き勝手言っている中で、鮮血の傭兵団たちは驚きを禁じ得ないでいた。
「団長の攻撃を片手で防いだ……だと……」
「しかも団長、両手っしょ。ヤバくね?」
「やはり規格外か……」
鮮血の傭兵団とは真逆に、ウロボロスサイドは平常運転だった。
「ケビン君のステータスって、どうなっているのかしら?」
「絶対ありえない数値」
「神の如しです!」
ケビンが人外認定をされつつも、舞台では拮抗したままの2人が言葉を交わしていた。
「やるな……これでも手加減はしていないつもりなんだが……」
「それほどでも」
「見たところ、模擬刀に魔力を帯びさせて強度を上げているだろ?」
「へぇーわかるんだね?」
「これでも歴戦をくぐってきたんでな、似たようなことをする奴には何度も出会った」
「まぁ、これが出来れば、ある程度武器は選ばなくて済むしね」
「そのようだな……お前本来の武器は何だ?」
「刀だけど?」
「使ってくれないか?」
「その武器壊れるよ?」
「勉強代と思えば安いもんだ」
「……わかった。そこまでの覚悟があるなら見せてあげるよ」
ケビンがバスタードソードを払うと、一旦距離を取った。対してカイエンはバスタードソードを払われたことにより、たたらを踏んだが何とか体勢を持ち直すことに成功する。
「それじゃあ、ちょっとだけ本気を見せてあげる」
ケビンが模擬刀を元の位置に戻そうと歩き出したことで、観客たちは一体何が起こるのかと固唾を飲んで見守っていた。
再びケビンが中央へ戻ると、【無限収納】から愛用の刀を取り出して、両腰に装着する。
「あれ? ケビン君、刀を使うみたいよ?」
「相手からの要望?」
「バトルジャンキーですからね、ケビン様の本気が見たかったんじゃないですか?」
観客たちも初めてケビンが武器を取り出したことにより、ざわつき始めていた。
「おい、あいつ武器を装備したぞ」
「あれって何だ? えらく細い武器だな」
「見たことねぇな」
「2本あるってことは両手を使うのかしら?」
「そんなことできるの?」
ケビンが刀という珍しい武器を装備したことによって、知識の乏しい冒険者たちには何の武器か想像もつかなかった。
「二刀流か?」
さすがは歴戦の傭兵といったところか、カイエンは刀のことを知っており、二刀を扱う技術すらも既知であったようだ。
「そうだよ、知ってたんだね」
「まぁな」
ケビンが鞘から刀を抜くと、そこには見事な造形の刀身が現れる。
「ほう……業物だな」
「ドワーフ職人に作ってもらった1品物だからね」
「ドワーフか……」
誰しもがドワーフと聞けば、その装備品が価値のあるものだとわかるくらい、ドワーフの種族名はブランドと化していた。
「カイエンさん、魔力を帯びさせた武器の上の段階って見たことある?」
「ないな……そんなものがあるのか?」
「武器が破壊される以上、それなりのメリットが欲しいでしょ?」
「確かにな。それが見られるならお釣りがくるようなものだ」
「カイエンさんもこれが出来たら更なる高みへと行けるよ」
「それは願ってもないことだ」
「まぁ、まずは魔力を纏わせるところからスタートだけど」
「それは、おいおいだな」
「いくよ? 《炎纏》《氷纏》」
ケビンが刀に魔力を込めると、黒焰には赤々とした炎がその刀身を包み込み、白寂には極氷の冷気がその刀身を包み込んで白い靄を垂れ流していた。
「魔剣か?」
「違うよ。これはどの武器でも出来ることだよ」
「これはお釣りどころか、金を支払わなければならんようだな」
ケビンのやってのけた技に、ウロボロス陣営以外の者はもう何度目かわからなくなるほど、自身の目をこすってはケビンの刀に注目していた。
「それじゃあ、行くよ?」
「あぁ、とくと味わわせてくれ」
今度は先程とは違ってケビンが打って出た。カイエンとの間合いを詰めると、黒焰でバスタードソード目掛けて斬り上げる。
対するカイエンは武器が払われないように両手で握り、膂力を込めて受け止めるが、先程と違う点が1つあり、ケビンが今は二刀流だということだ。
ケビンは黒焰を受け止めさせている最中、左手に持つ白寂で薙ぐ。それに気づいたカイエンは、すぐさま距離を取るためにバックステップで離れるが、一足遅く鎧に横一線の太刀筋が残った。
「これは……」
その切り口からは、冷気が漏れ出ていて周辺をピキピキと凍らせていた。それを確認したカイエンは冷気が出ているせいもあってか、寒気を感じて戦慄が走るのだった。
「どう? 中々の威力でしょ?」
「これが戦場でなくて心底安堵した。お前に敵対するのは愚策だな」
「敵対したら月光の騎士団みたいになるだけだよ」
「それは、ごめんこうむる」
「それじゃあ、お勉強代としてその剣を壊させてもらうね」
「名残惜しくはあるがな」
「《雷纏》《風纏》」
「まだあるのか……」
ケビンが《炎纏》と《氷纏》を解くと、今度は黒焰に雷を纏わせて刀身からはバチバチと光が迸り、白寂には風を纏わせて刀身からは吹き荒れる気流が巻き起こっていた。
「……行くよ」
ケビンが地面を踏み抜くと一気に加速して、カイエンへと詰め寄る。対するカイエンはバスタードソードでカウンターを狙うべく、一挙手一投足をも逃すまいとケビンの動きに注視していた。
先に繰り出したのは黒焰で、カイエンがカウンターを狙っていることを見越してあえてその誘いに乗ると、2つの武器が重なり合う。
「がっ――!」
武器が重なり合った瞬間、黒焰の纏う雷がカイエンの体に襲いかかり感電を余儀なくされ、筋肉の収縮を強制的に起こされたカイエンは動きを封じられて大きな隙を生むことになる。
カイエンの晒したその隙をついて、ケビンは黒焰を引いて白寂を振るうと、カイエンのバスタードソードをいとも簡単に斬り飛ばして、バスタードソードの刀身は宙を舞うことになった。
離れた場所に斬り飛ばされた刀身が突き刺さると、カイエンもまた筋肉の収縮に抗うことが出来ずにその場で膝をついた。
「勝負ありだね」
ケビンは刀を鞘に収めるとカイエンに対してそう伝える。そのままケビンが受付嬢に視線を流すと、ハッとした受付嬢がクランバトルの終了を告げた。
「クランバトル、【ウロボロス】対【
受付嬢が勝利宣言をしたことにより、静寂に包まれていた観客たちは、割れんばかりの歓声を上げて両者を称えるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
しばらくして落ち着いたカイエンとともに、訓練場を後にする鮮血の傭兵団。ケビンたちウロボロスは、先に中へと戻って併設されている飲食店でくつろいでいた。
「あ、動けるまで回復したんだ?」
カイエンの姿に気づいたケビンが声をかけると、カイエンはケビンの方へと歩み寄って行った。
「あぁ、最後のあれは効いたぞ」
「まぁ、あれを食らって、立っていられるわけないしね」
「それにしても、ケビン君。今日は大盤振る舞いだったわね」
「技のオンパレード」
「ケビン様は凄いですから」
「稽古をつける感じでやっていたからね」
「こっちとしてもいい稽古になった」
「ということで、今後は絡まないでね」
「あぁ、絡んだ時点で潰されるとわかっているんだ。誰にも手出しはさせない」
「それならいいや。じゃあ、思いのほか楽しめた礼として、丁度いい時間だし夕食でも奢るよ。好きなだけ飲んで食って楽しんで」
「いいのか? 結構な人数だぞ?」
「武器を壊したしね」
「防具もだがな」
「あれは、ちょびっと傷がついただけでしょ?」
「結構削れてるぞ」
「まぁ細かいことは気にしないでご飯食べなよ」
「遠慮なくそうさせてもらおう」
それからウロボロスと鮮血の傭兵団は一緒に食事をとっていたが、次第に鮮血の傭兵団たちが飲めや歌えやの大騒ぎとなって、この日は幕を下ろすのであった。
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