第197話 鮮血の傭兵団との邂逅
ただ単に、素材の買取手続きだけで終わらせる予定だったケビンに、思いもよらぬ知らせが伝えられる。
「ケビンさん、【鮮血の傭兵団】からクランバトルが申し込まれています」
「……へ? 何それ?」
ケビンは初めて聞く“クランバトル”と言う単語に、意味がわからなくなり、申し込みをしたのが鮮血の傭兵団だと言うこともあり、呆気に取られることとなる。
「この制度を利用するクランは最近では稀なのですが、以前はクランが乱立していたこともあり、あまりにも揉め事が絶えず殺傷ごとが多くなり、有能な冒険者が減ることを危惧したギルドが、公式の場で決着をつけて後腐れをなくそうとして作った制度です」
「簡単に言うと?」
「クランバトルとは、クラン同士のいざこざを公式な場で収めようとする制度で、早い話が代表者による決闘ですね」
「いざこざって言うけど、そのクランと会ったこともないのに、申し込まれても困るんだけど」
「恐らく、ケビンさんたちの【ウロボロス】が台頭してきたことにより、やっかみを受けているのだと思われます」
「ふーん……拒否する」
「え?」
「だから、クランバトルは拒否する」
「きょ、拒否されるのですか!?」
「面倒くさいから。何か不都合でもあるの?」
「い、いえ、特に不都合というわけでは……」
「何だかハッキリしないね? 何か隠してる?」
ケビンは受付嬢がたじろぐ姿に、何か裏がありそうだと踏んで聞き返してみるが、受付嬢の返答は要領を得ないものであった。
「そ、そのようなことは……」
「明らかに何か隠しているようだから、クランバトルは拒否させてもらう」
ケビンがまさか拒否するとは思わずに、受付嬢は内心慌ててしまいどうやって切り抜けるか思考を巡らせるが、拒否するケビンを他所に妥当な解決策が思い当たらずにいるのであった。
そんなやり取りを最初から見ていた1組の冒険者パーティーは、ケビンがギルドに現れた時点でパーティー内から1人の男がギルドを後にして、慌ててアジトへ知らせるために街中をひた走る。
彼らは、鮮血の傭兵団が用意していた見張り役である。今までずっとローテーションを組みながらギルドに張り付いていて、やっと報われる日が訪れたのだ。
アジトへ知らせに戻った男が幹部たちへ報告すると、幹部たちは受ける報告内容に気もそぞろで、血相を変えてギルドへと向かいだした。
今の今まで苦渋を飲まされ続けていた相手が、ようやくギルドに顔を出して尻尾を掴むことが出来たのだ。逸る気持ちを抑えながら幹部たちは急ぎギルドへとその足を運んだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ケビンが受付嬢とやり取りをしている最中、立ち去ろうとしていたケビンに声をかける者がいた。
「おい、ガキ。ようやく捕まえたぞ」
ケビンが見つめる先には、茶髪で中肉中背の男が立っていた。見るからに場数を踏んでいそうな雰囲気を醸し出しているが、ケビンにとってはどうでもいいことであった。
「何か用?」
「てめぇのせいで俺たちが割を食うハメになってんだ」
「どういうこと?」
目の前の男が主張したのは、ケビンたちが現れたことで深層の素材が手に入るアテが出来たことにより、ギルドが強気に出てきて冒険者資格の剥奪を突きつけてきたことだった。完全にお門違いのやっかみである。
「だから、てめぇのクランにクランバトルを仕掛けて、優劣を付けるってわけだ」
「あ、それなら拒否したから」
「は?」
「そんな面倒くさいこと受けるわけないだろ?」
「てめぇ! 逃げるつもりか!?」
「いや……だから逃げるも何も、面倒くさいって言ってるでしょ?」
「ふざけるな!」
「ふざけてんのはそっちだろ? ギルドに文句があるならギルドに言えよ。それとも何か? ギルドに文句を言う度胸もないのか?」
「ぐっ……ガキのくせに減らず口を」
「じゃあ、そういうことで」
ケビンが立ち去ろうとすると、それに待ったをかける者がいた。
「小僧、クランバトルを受けないのか?」
「今度はおたくなわけ?」
「俺は、鮮血の傭兵団の団長をしているカイエンだ」
「で、そのカイエンさんが何の用? クランバトルなら受けないよ」
「何故受けない?」
「受けるメリットがない。それに、ギルドの思惑にまんまと乗る必要もない」
ケビンはそう伝えると受付嬢の方へと視線を流して、先程の煮えきらなかった返答を責めるような顔つきをしていた。
その視線を受けた受付嬢は、バツが悪そうに視線を逸らすことでしか、抵抗することができなかったのだ。
「それと、俺は今回の件でここのギルドに素材を卸すのをやめる」
「そ、それはっ――!」
ケビンの言葉に反応したのは、カイエンではなく受付嬢であった。
「おたくらの不始末で、いらぬ面倒ごとがこっちに飛び火してきたんだ。当然だろ。素材の件はあんたらで何とかするんだな」
「し、しかし――」
「ということで、鮮血の傭兵団はこれで心置きなくギルドに対して、デカい顔が出来るわけだけど?」
「それはそれでいいのだが、クランバトルは受けてもらう。舐められたままじゃ、いられないんでな」
「舐めるも何も、そっちが勝手に突っかかってきたんだろ?」
「子供からいい様にあしらわれては、俺たちのメンツに関わる」
「どっちみち受けないから」
「てめぇ! いい加減にしやがれ! さっさとクランバトルを受けりゃいいんだよ!」
「そこの茶髪、お前、俺に勝てると思ってるの?」
「んだと、ゴルァァ!」
「黙れ」
カイエンの一言によって茶髪の幹部が静かになると、ケビンがカイエンに伝えた。
「カイエンさん、ああいう下っ端は仲間にしない方がいいよ? 誰にでも噛みつく狂犬なんて始末に負えないでしょ?」
ケビンに下っ端扱いされて、茶髪の幹部が今にも口を開きそうなところを、カイエンが視線で制して止めた。
「ああ見えても幹部なのだがな」
「なおさら悪いよ。他の幹部はもしかして後ろの黙っている人たち?」
「そうだ」
「ふーん……クランバトルって、あの狂犬が言い出したことでしょ?」
「何故わかる?」
「後ろの3人は黙したままで冷静にこっちを観察しているのに比べて、狂犬は噛みついてきているから、血の気が多いと予想したまでだよ」
「そうか……では、メリットを提示しよう。お前が勝てば今後一切絡まないと約束しよう。拒否すれば、お前の嫌がっているあの狂犬を野放しにする」
「あの狂犬は殺してもいいの? それなら、野放しにしてくれた方が助かるんだけど?」
「殺されるのは困るな。あれでも一応幹部だからな」
そんな時、いくら待てども戻ってこなかったケビンを迎えに、ティナたちがギルドに顔を出した。
「ケビン君、また絡まれてるの?」
「安定」
「愚か者たちですね」
3人が姿を現したことにより、場の空気が殺伐としたものから穏やかなものへと変わっていく。
「またって何? ここ最近は絡まれてないんだけど?」
「月光の騎士団の団長に絡まれたじゃない。その人も団長なんでしょ?」
ティナがポロッと漏らした情報に、周りの者たちが食いつくように聞き耳を立てた。憶測だけで噂話をして風化していったネタの、新情報が得られると思っているのだ。
「お前、あの団長と揉めたのか?」
鮮血の傭兵団としても、今はないライバルクランのことが気になったのか、団長が何気なしにふとケビンに尋ねた。
「あぁ、何ヶ月か前だけどね。あまりにもウザかったから潰した」
今度はケビンがポロッと情報を漏らした。月光の騎士団の情報に規制がかかっていることなど露知らず。
ケビンの漏らした情報は、瞬く間にギルド内に広まっていき、情報規制をかけていたギルドは頭を抱える羽目になる。
「あそこはうちよりも規模が大きかったのにか?」
「犯罪を犯してた奴らはほとんど殺して、生き残りは犯罪奴隷に落とした。団長パーティーは潔白だったからそのままだけど、団長にはムカついたから冒険者資格は永久剥奪させてもらった」
ケビンが語ることの真相に、周りの冒険者たちは騒然とするのであった。真実が語られた以上、ギルドも隠し通せるはずもなく半ば諦めムードと化していた。
「で、ケビン君。今度は何て絡まれてるの?」
「クランバトルがしたいんだってさ」
「何それ?」
「クラン同士の決闘だよ」
「あぁぁ……」
「無謀」
「浅はかですね」
ティナたちは三者三様の態度を表した。相手のクランに対して同情すら覚えてしまう程の無謀な挑戦に。
「バトルの件、受けてくれないか? その3人の様子と先程の話から察するに、相当強いのだろう? 絡んでいた件は無しにして是非闘ってみたい」
「何でそこまで拘るの?」
「俺たちのクランは元々傭兵の集まりから始まった。戦争が起これば戦いの場に身を置けるが、平和な時代では必要とされず、冒険者になることでしか戦いに身を置けなかった。戦ってなんぼの集団だからな、強い敵がいるとなれば反応してしまうのさ」
「それならドラゴンと戦えばいいじゃん」
「さすがにドラゴンだと、団員たちを無駄に死なせることになる。それは、団を纏める者として愚策だ。だがクランバトルだと、ルールで殺しをなしにすれば、強者との闘いが楽しめるだろう?」
「バトルジャンキーかよ……」
「ケビン君もそうだったよ? 今はなりを潜めているけど」
「……」
ケビンの言葉にすかさずティナがツッコミを入れたことで、ケビンはジト目でティナを見るのだが、そんなことはお構いなしとばかりにカイエンが行動に移した。
「頼む、この通りだ」
そう言ったカイエンは、ケビンに頭を下げた。その行動に団員たちはもちろんのこと、周りの冒険者たちも愕然とした。
荒くれ者の集団である鮮血の傭兵団、その団を纏めあげている団長自らが、頭を下げてお願いしているのだ。
天変地異でも起こるんじゃないかと、冒険者たちは内心思っているが、それを口にする者はこの場にはいなかった。
「「「「団長!」」」」
「お前たちは黙ってろ」
「ねぇケビン君、この人がここまで誠意を見せているのだから、受けてあげてもいいんじゃない? どうせ都市外ダンジョンを制覇しに行くまで暇なんだし」
「うーん……」
ケビンは悩んだ。ただ単に絡んできただけなら受けるつもりはなかったが、相手が頭を下げて頼み込んできたのだ。
ティナの言う通りに誠意を見せてきたので、断る理由がなくなってきたこともある。誠意を見せた相手をすげなく断るほど、ケビンの心は荒んでいないからだ。
「わかった、クランバトルを受けるよ。ただし、闘いに参加するのはこっちからは俺だけだ。そっちは何人出そうと構わない。よって、勝ち抜きバトルとしよう。そっちは俺1人を倒せば勝ち、俺はそっちの代表を全て倒せば勝ちってことで」
「わかった。そのルールで構わない」
頭を上げたカイエンがケビンの提示したルールに了承を示すと、ティナが横からケビンに話しかける。
「ケビン君、私たちも出るよ?」
「いや、出すつもりはないよ。万が一にでも怪我したら大変だろ? それに出るとしても、出せるのは前衛職のルルくらいだし」
「ではケビン様、私は出場しても宜しいのですか?」
「ダメ。さっきも言った通り、万が一にでも怪我して欲しくないし、あっちが求めてきているのは強者だから」
「わかりました」
「で、カイエンさん。今からやろうか? 準備が必要なら日を改めるけど?」
「今からで構わない」
それからケビンたちは、ギルド併設の訓練場でクランバトルをすることになり、この一大イベントを前に冒険者たちは逃してなるものかと、仲間たちに知らせながら観客席にゾロゾロと足を運ぶのであった。
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