第182話 団長の本性

 月光の騎士団ムーンライトナイツ団長の所へとのんびり向かっていったケビンたちは、難なく目的地へと到達した。


 団長パーティーは大きめの広いエリアにて戦闘中だった模様で、終わるまでは入口の邪魔にならないところで待機しながら、戦闘の様子を見学していた。


 そしてケビンたちは一様に、ここに来て目にしている驚くべき内容について話し合っていた。


「女の子?」


「女の子ね」


「女の子だね」


「女の子ですね」


 それもそのはず、てっきりむさい男が団長をしていると勝手に思い込んでいたケビンたちは、目の前で戦っている女の子に驚きを隠せないでいた。


「それにしても女の子とは……」


「何だか気が抜けたわね」


「そうだね。ガツンと言ってやろうかと思ったんだけど、女の子だしなぁ……」


「ケビン君、そこはガツンと言うべき! 監督不行き届きだから」


「そうです! ガツンと言ってください!」


 そんな話し合いの中、繰り広げられていた戦闘は終わったようで、団長パーティーがこちらに気づいて訝しげな視線を向けていた。


 ケビンは仕方なく気の進まない中、前へと足を進めて団長パーティーに近づいて行く。


「こんにちは」


「……見たところ後ろの連中は、俺たちのクランメンバーだと思うが」


 団長よりも先に、ガタイのいいタンクが返答してきた。


「その通り。後ろの奴らは、あんたたち月光の騎士団のメンバーだよ。道中で意気投合して連れてきたんだよ」


「それにしては、数が足りない上に怪我をしている者がいるが、どうしてだ?」


 如何にもケビンを疑っている視線で男が問うと、ケビンは隠すこともなく平然と返した。


「残りの奴らは全て殺したからさ。後ろの奴らもある程度痛めつけたしな」


 その瞬間、団長パーティーは殺気立ち戦闘態勢をとった。そんな状態でもケビンは構えることなく言葉を続けた。


「お前らは死に急ぐ前に、ちゃんと人の話を聞くべきじゃないか?」


「問答無用!」


 パーティーの1人がケビンに斬り掛かろうとした瞬間、ケビンから威圧が放たれた。


「ぐっ……」


 他の者たちも同様にその場で跪くと、その様子を見下ろしながらケビンは話の続きをしだした。


「わかったか? 俺が殺そうと思えば、お前たちを反抗の意思関係なく殺せるんだよ。ちなみにこの威圧は手加減してるからな? 無駄なことは考えるなよ? うっかり殺してしまうかも知れないから」


「ぐっ……何が望みだ?」


 ケビンの威圧に耐えながらも、タンクの男が問いかける。


「望みか……それはまず、挨拶をされたなら挨拶を返すべきだろ? 親に教わらなかったか?」


 予想の斜め上をいくケビンの言葉に、団長パーティーのみならずこの場にいる全員が唖然とした。もちろん、ケビンに心酔しているルルを除いて。


「そこっ!? そこなの!?」


「そこって言うけど、俺は挨拶したのにこいつらは無視して要件を話してきた上に、襲いかかってきたんだよ? 挨拶はコミュニケーションの基本だよ?」


「そうだけど……」


「さすがはケビン様です! どんな時でも基本を忘れないとは、素晴らしい志です! それに比べて、そこに這い蹲っている連中はクズですね!」


 ケビンの言葉に戸惑うティナを他所に、ルルはケビンの行動を絶賛している。


 そんな緊張感の欠片もない様子を見させられている団長パーティーは、何が何だかわからなくなってきていた。


「それで……そっちは、挨拶する気になった?」


「……挨拶しよう」


「それなら威圧は解くけど、次に襲いかかってきたら2度目はないからね? そこのいきなり斬り掛かろうとしたお兄さん」


「ぐっ……」


「それも了承する。おい、勝手な真似はするなよ。死ぬにしてもお前だけで死んでくれ。巻き添えを食うのはごめんだ」


「それなら、襲いかかってきた奴だけ殺すことにするよ。これで安心でしょ?」


「あぁ、助かる」


 ケビンが威圧を解いたことにより、団長パーティーは一気に安堵の溜め息をついた。


「改めて……こんにちは。俺は、月光の騎士団で副団長を務めている、タンク役でAランク冒険者のサバトだ」


 佇まいを正してサバトが挨拶をすると、ケビンがそれに対して同様に挨拶をする。


「こんにちは。俺はクラン【ウロボロス】でクランリーダーをしているケビンといって、パーティー内では特にこれといって役割の決まっていないオールラウンダーでAランク冒険者だよ」


「!!」


 ケビンの言葉に月光の騎士団たちは愕然とするが、そんなことはお構いなしでケビンに続いてティナたちも自己紹介をすると、今度は月光の騎士団側が続いて自己紹介をする。


「私は月光の騎士団で団長を任されている、アイナ・アランドロンという。見ての通り前衛職でAランク冒険者だ」


 アイナの挨拶が終わると、次はケビンに斬り掛かろうとした冒険者が挨拶をしたが、襲いかかってきた奴はどうでもよかったので、ケビンは話半分にしか聞いていなかった。


 その他にも2名の自己紹介が終わり、どうやら聴取通りに月光の騎士団は、5名1組のパーティーを基本としていることがわかった。


「それで、先程の話に戻りたいのだが、何故俺たちのクランメンバーを殺して回ったのだ? ちゃんとした理由を聞いておきたい」


「その上で、敵対するってこと?」


「場合によってはな。勝てないとわかっていても、戦うしかないだろう」


「そこは安心していいよ。団長パーティーだけは生かしておこうと決めていたから」


「どういう事だ?」


「こいつらはね、団長たちを騙して夢見亭の9階を借りて、そこに女の子を連れ込んでは、凌辱の限りを尽くしていたんだよ」


「――!?」


「馬鹿なっ! 我が団員たちが、そのようなことをするわけがないだろう! 言い掛かりも甚だしいぞ!」


 ケビンの物言いに、アイナは激情し怒鳴り散らしたが、ケビンが更に情報を提供して追い詰めていく。


「団長さん、『鮮血の傭兵団に負けないよう月光の騎士団の凄さを知らしめるために、俺たちで9階を借り続ける』って話聞いたことない? 泣いて喜んだんだろ?」


「――!!」


「騎士ごっこするのは構わないけどさ、現実を見たら? 家名があるってことは貴族だよね? どうせ箱入り娘なんだろ?」


「お、おい――」


 サバトが不穏な空気を察してケビンを止めようとするが、火のついたケビンの言葉は止まることなくアイナを追い詰めていく。


「お前が騎士ごっこをしている間に、一体どれだけの女性が辱めを受けたと思ってるんだ? 想像してみろよ? 最低でも、1班10名で組んでる男どもに凌辱されるんだぞ。中には精神に異常をきたして、奴隷として売り飛ばされた女性もいる。お前はそんな女性たちの気持ちがわかるか? 責任は取れるのか?」


「……」


「黙ってないで、何とか言ったらどうだ? それとも、時間が解決してくれるとでも思っているのか?」


「うるさい、うるさい、うるさい! わ、私にどうしろと言うのだ! そんなことは聞いてないし、知らない!」


「お前、クズだな……自分で考えることもせずに、癇癪を起こすのか? 一体どんな教育受けてきたんだよ。典型的なわがまま令嬢じゃないか」


 ケビンがアイナの癇癪に呆れ果てていると、サバトが横から話に割り込んできた。


「そこまで言うからには、証拠はあるんだよな?」


「あぁぁ……このアホな令嬢の馬鹿さ加減で忘れてたな。おい、お前ら、面白い言い訳は思いついたか? 今ならそっちの声も、こっちに届くようにしてあるから喋って構わないぞ」


「それはどういう事だ?」


「ん? 何が?」


「いや、声が届くとか言ってたよな?」


「あぁ、あいつらは結界内に入れてあるんだよ。だから、こっちの声は届くけど、向こうからは届かないようにしてたんだ。グダグダ言われてもうるさいだけだし。サバトさんが、ことの真相を聞いてみたら?」


「わかった」


 サバトはクランメンバーに近づくと、ケビンの言った内容の真偽を確かめるために質問をしようとするが、その前にクランメンバーが声を出してそれを妨げた。


「サバトさん、助けてくれ! 仲間はあいつに全員殺られてしまった!」


「俺たちは何もしてないのに、いきなり襲ってきたんだ!」


「俺たちだって……いつもの様に素材収集してただけなのに、仲間は全員、目の前で殺されていったんだ!」


「「……」」


「お前たちは黙っているが、何か言うことがないのか?」


「こいつらは喋れないんだ。あいつが、喉を斬り裂いて喋れないようにした上に、腕まで斬り落としやがった。……くそっ! 俺の大事な仲間なのに!」


 如何にも仲間思いなリーダーを演出している冒険者に、ケビンは失笑していた。


「そうか……なぁ、こいつらはこう言ってるが、本当のことなのか?」


「あぁ、本当だよ。今日は月光の騎士団狩りも兼ねて、ダンジョン攻略に来てたからね」


「それなら、俺はお前と敵対しなくてはいけないんだが」


「お前も馬鹿だったのか? 確かめるのは俺がやったことではなくて、そいつらがやった犯行だろ? そもそも、最初から俺は団員たちを殺したと認めているんだ。本来の目的を忘れるなよ、副団長なんだろ?」


「ッ!」


 ケビンの物言いにサバトは苛立ちを覚えたが、そもそもの目的を忘れてしまい仲間の言うことだけを鵜呑みにして、ケビンに問いただしていた自覚があったので、気を取り直して再度クランメンバーに声をかけた。


「お前ら、あの子の言った内容に偽りはあるか?」


「サバトさんは、俺らがそんな奴に見えるのか?」


「今までずっと一緒に、クランを盛り上げてきた仲間じゃないか!」


「仲間思いのクランだから、俺たちは今まで頑張って来たんですよ!」


「「……」」


 相変わらず聞きたいこととは、別のことを言ってくるリーダーたちを他所に、サバトはただ黙ってことの成り行きを見守っている、魔法使いたちに視線を向けた。


「お前たち、正しければ頷け、違うなら首を横に振れ。理解したならやってみろ」


「「……(コク)」」


「あの子がクランメンバーを殺したのは本当か?」


「「……(コク)」」


「その理由が、お前たちのしでかしたことだというのも本当か?」


「「……」」


「どうした? 反応を示さないとわからないぞ」


 魔法使いたちが余計な真似をする前に、リーダーたちが邪魔をしようとサバトに声を掛ける。


「サバトさん、それよりも助けてくれ!」


「そうだ! あの諸悪の根源をギルドに報告しないと!」


「お前らは少し黙ってろ!」


 しかしサバトの一喝によって、その浅はかな考えは無惨にも消え去ることになった。


「どうした? 頷くか首を振るかの簡単なことだろ? 何故迷う必要がある?」


 この時点で、既にサバトは確信に至っていた。ケビンが嘘を言っているなら首を横に振るだけで済んでいたのに、それすらもしないということは、魔法使いたちは自分たちのしでかしたことを素直に認めることもできず、なおかつ否定でもしようものなら、ケビンに何をされるかその身に刻まれているから動けないのだと。


「お前らが罪を認めたとしても、俺からは何もしない。約束しよう……だから答えてくれ、あの子の言うことは真実なのか?」


「「…………(コク)」」


 長い沈黙の後に、ようやく魔法使いたちが僅かに首を縦に振り頷いた。


「そうか……」


 サバトは一言だけそう告げると、その場を後にしてケビンの前へと戻ってくると謝罪を口にした。


「うちのもんが迷惑を掛けたみたいだ。すまない」


「その言葉は俺よりも被害者女性に言うべきですね。許してくれるかは、わかりませんが」


「そうだな……」


「それに、奴隷として売られた子は、どうなっているかもわかりませんし……賠償は凄いことになりそうですね」


「確かにな……」


 ようやく話が纏まりかけているところで、アイナが横から口を挟んできて、ケビンは呆れかえることとなる。


「何で私たちが賠償しなくちゃいけないのよ! 悪いことしたのはそいつらでしょ! そいつらにやらせればいいじゃない! 私は関係ないわよ!」


 癇癪を起こして口調すら騎士ではなくなったアイナの言葉に、ケビンのみならずティナたちまでもが呆れかえり、残念な人を見るような目付きに様変わりする。


「この人って、何で今までやってこれたのかしら?」


「意味不明すぎ」


「貴族の風上にも置けませんね」


 三者三様の感想をこぼすがそれが気に食わなかったのか、アイナは留まるところを知らずに更にヒートアップしていく。


「不敬罪よ! たかが冒険者の癖に、子爵家令嬢である私に文句を言うっていうの!」


「おい、黙れよ。バカ令嬢」


 アイナの言葉に対してケビンが冷たく言い放つが、そんなケビンに対してもアイナは留まるところを知らない。


「あなたこそ黙りなさい! たとえ子供であっても、不敬罪で処刑できるのよ! 謝るなら今のうちよ! 平民が貴族に楯突いてただで済むと思ってるの!」


 その言葉にいち早く反応したのは、いつもは物静かなルルであった。


「貴女こそ黙りなさい。この尊きお方を、誰だと思っているのですか? 不敬罪? 馬鹿も休み休み言って欲しいものですね」


 崇拝するケビンを侮辱されたルルが放つ、物言わせぬただならぬ雰囲気に飲み込まれたアイナは、先程までの勢いはなく弱々しく言い返すだけであった。


「な、何よ……そいつが、ただの冒険者には変わりないでしょ」


「この尊きお方は冒険者である前に、国王陛下より爵位を賜った伯爵家当主様です。貴女はその伯爵家当主様に対して暴言を吐いたのです。子爵家の自身で爵位も持たぬ令嬢ごときが伯爵家当主様に対して取る態度として、その物言いは到底見過ごせるものではありません。どちらが不敬罪なのか、その中身の詰まってない頭で考えてもわかりきったことでしょう?」


「そんなのありえないわ! 子供が爵位を持つわけないでしょ! 嘘をつくならもっとマシなことを言いなさいよ! 調べればすぐにわかるのよ! そうなったら陛下の名を騙って、爵位持ちと偽ったのだから不敬罪どころか、国家反逆罪よ!」


「貴女は――」


「ルル」


 ルルが再度語り出す前にケビンが止めてその場の収集を図ることで、ルルは一旦の落ち着きを取り戻した。


「ケビン様……」


「バカの相手をまともにするもんじゃない。ああいった手合は無視するに限るんだから」


「しかし、ケビン様を侮辱されては……」


「その気持ちだけで充分だよ。それに、俺が気に食わないと思ったら、自分の手で始末をつける」


「……わかりました。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ありませんでした」


「構わないよ、俺のことを思ってしてくれたことはわかっているから。さて、用事も済んだことだし帰るとしようか。お前ら、奴隷にするんだからちゃんとついてこいよ」


「ふざけるな! 奴隷にされてたまるか! サバトさん――」


 すぐさま言い返したリーダーの1人は、その言葉が今生での最期の言葉となった。


 その後、何も言わず黙っているリーダーの首が地面にボトリと落ちると、首から血を噴き出しながらそのまま崩れ落ちる。


「「ひぃぃぃっ!」」


「「――!!」」


「他に死にたい奴はいるか?」


 何でもないことのように、リーダーをあっさりと殺したケビンが他の者たちに尋ねるが、返り血を浴びたリーダーたちは腰を抜かしてそれどころではなかった。


「そういえば、お前らは喋れなかったな。首を振って答えろ。死ぬか?」


「「(ブンブンブンブンッ!)」」


 魔法使いたちは、むち打ちにでもなりそうな勢いで首を横に振り、生きたいという意志をケビンへ必死に伝える。


「そうか。それならついてこいよ? お前らもさっさと立て」


 ケビンがその場から立ち去ろうとすると、後ろから声をかけ引き止める者がいたのだった。


「待て!」

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