第166話 国王たちとお食事会

 食堂には国王を始めとする、王妃、王太子、第3王女が座っており、第1王女と第2王女は既に嫁いでいた為に、この場には居合わせなかった。


 そんな錚々たる顔触れにケビンは動じなかったのだが、ティナとニーナは緊張のあまり手と足が同時に出ていて、それを見たケビンの笑いを誘った。


「はははっ! 2人とも緊張しすぎだよ」


「ケ、ケビン君が、緊張しなさ過ぎるんだよ!」


「大物過ぎる……」


 3人のやり取りを見ていた王族側も若干の緊張が見られていたが、その強ばりもケビンたちの姿を見て和らいでいった。


「ケビンよ、其方の者たちが言うようにお主は大物過ぎるのじゃ。儂だってお主との夕食は緊張してしまうのだぞ?」


「陛下は1番偉いんですから、ドンと構えてればいいんですよ」


「ケ、ケビン君、言い方! 不敬だよ!」


「今更取り繕っても遅いでしょ? 謁見の間でやらかしてるし。それに、将来は家族になるんだよ? 気を使ってる方が失礼でしょ」


「そ、それでも相手は国王様だよ?」


「はははっ、よいよい。確かにケビンの言う通りである。家族となる者に過ぎた気遣いは無用じゃの。それでは、ずっと立っているのもきつかろう、席に着いてくれ」


「ケビン様、こちらへどうぞ」


 待っていましたと言わんばかりに、アリスが自分の隣の席を薦めてくる。ケビンが何も言わずそこに座ると、ティナとニーナはその隣へ順々に座っていった。


「よし、皆が席に着いたところで、乾杯をしようではないか」


 国王の言葉にそれぞれがグラスを手に持ち、準備が整ったところで国王が乾杯の音頭を取った。


「此度は、我が娘アリスと伯爵となったケビンが婚約を結んだめでたい日である。2人の前途に幸多からんことを、乾杯」


「乾杯」×6


 それを皮切りに、給仕係が次々と食事を運び込んできた。どれも豪華な盛り付けで、一目で祝い用であることがわかる。


 そんな食事に舌鼓を打ちながら味わっていると、目下食事の話題は必然的にケビンとなっていた。


「アリス、ケビンはどんな人なんだい?」


 そんな話題を振ったのは、王太子であるヴィクトールであった。


「とてもお優しい方ですわ、お兄様」


「そうか、それは良かった。ケビン、言われ続けて嫌になるだろうが、妹を救ってくれてありがとう」


「いえいえ、俺としては逆にあの襲撃犯には感謝ですね。あれがなければアリスとの縁もなかったでしょうし、今日この席を迎えることはできなかったでしょう」


「確かに、そう考えると感慨深いものがあるな。まぁ、全てはケビンがアリスを救ってくれたから言えることだけど」


「ところで王太子殿下は奥方様とかいないのですか? この場に居ないようですが?」


「これは痛いところを突いてくる。それと、王太子殿下なんて他人行儀な呼び方ではなく、ヴィクトと呼んでくれ」


 ケビンの言葉にヴィクトールは苦笑いを浮かべつつ、愛称で呼ぶことを薦めてくる。


「わかりました。で、ヴィクトさんの奥方様の話は?」


「ケビンよ、もっと言ってやれ。こやつは性格が引っ込み思案での、中々良き伴侶となる者が決まらぬのじゃ」


「そうだったんですか。今まではどのような人が候補に上がっていたんですか?」


「将来的には王妃になるから家格は言うまでもなく、作法や知識に長け、夫を立てるようなお淑やかな者だの」


「あー……それだと時間が掛かりますねぇ」


 国王から伝えられた内容で、王太子と奥方候補のやり取りが目に浮かぶようで、ケビンは簡単に結論へと至った。


「む? ケビンは、解決策がわかるのか?」


「そもそも、このくらいであればマリーさんとかとっくに気がついてるはずですけど」


「マリアンヌよ、どうなのじゃ?」


「義母である私が軽々しく関わっていいものかどうか悩んでいましたわ」


「やはりヴィクトールが前妻の子で、さらに歳上であるから気を使っておったのか」


「そうだったのか。義母さん、私はそんなこと1度たりとて気にしたことはない。母が病床に伏していた頃から義母さんが使用人には任せずに、する必要のない身の回りのことをしてくれていたことは密かに知っているし、私はとても感謝しているのだ」


「……そう……だったのね」


 まさか、使用人に口止めまでしていた自分の行いがヴィクトールに知られていたとは思わずに、マリーは言葉に詰まった。


「そうじゃったのか……儂は夫であるのにも関わらず、何も気づけなかった」


「無理もないよ。使用人たちは口止めされていたし、私もたまたま顔を見るため寄ろうとした時に、義母さんの姿を見かけたから気づけただけなんだ」


 ヴィクトールの奥方選びから一転、場はしんみりとした雰囲気に包まれてしまったために、空気を変えようとケビンが口を開いた。


「マリーさんが見かけによらず、とても献身的であることがわかって良かったです。自由奔放なだけではなかったのですね」


「ケビン君? ……見かけによらずって何かしら? 私は見かけ通りだと思うのだけれど?」


「そうでしたね。言葉が不足していました。見かけ通りとても美しく綺麗でありながら、それでいて献身的でもある自由奔放な素敵な女性です」


「もう……夫の前で口説くなんて、何を考えているのかしら?」


「口説くなんて恐れ多い。ありのままを伝えただけですよ」


「ハッハッハッ! ケビンに助けられたの。今日は祝いの席だ、しんみりするのは次の機会にすればよい。だがケビンよ、儂の目の黒いうちは決してマリアンヌは渡さぬぞ」


「陛下まで……」


「ケビン様……お母様をお口説きになられていたのですか?」


「アリスもかよ……」


「そうか……つまり、ケビンのようなやり口が私には欠けていたのだな。身を呈して示してくれるとは、とても参考になったぞ」


「……」


 ケビンは身を呈してまで、場の空気を変えるつもりはなかったのだが、意図せずしてそうなってしまい、しんみりするよりかはマシだと自分に言い聞かせて無理やり納得するのであった。


「……浮気?」


「……天然ジゴロ」


 緊張のあまり会話に参加していなかった2人の呟きは、ケビン以外には聞こえていなかったが、ケビン自身もその内容にゲンナリして聞こえなかった振りをしてやり過ごした。


 この後もケビンの尊い犠牲の上、楽しく食事は続けられて頃合よくお開きとなった。


 食事の終わりしな、国王に泊まっていくように強く薦められたケビンだったが、今から帰ればまだ夜遅くにはならない時間であり、魔法を使えば馬車よりも断然早く帰りつけるので、理由を告げた後、次の機会に泊まる約束をしてようやく解放された。


 玄関前での別れ際、国王一家に見送られている中でアリスがケビンに近寄った。


「ケビン様、また近いうちにお会いできますでしょうか?」


「あぁ、次の旅に出る前には会いに来るよ」


「お待ちしております」


「アリス、次に会うまでいい子でいるんだよ?」


「はい!」


 アリスの返事を聞くと、ケビンはティナとニーナに声を掛けた。


「2人とも馬車は使わないから魔法で帰るよ」


「もちろんお姫様抱っこよね?」


「平等に途中交代を希望する」


 ケビンたちの話し合いに国王たちはついて行けず、一体何が始まるのかと興味津々であった。


 ティナがケビンの前へとやって来て、ニーナは背後へとまわった。ケビンはティナをお姫様抱っこするとその場に浮かび上がり、ちょうど良い高さまで上がったら、それを待っていたニーナが背中に抱きつく。


「マリアンヌよ、あやつ……浮かんでおるのか?」


「そうみたいですわね。私も初めて見る魔法だわ」


「魔法も卓越しているとは……」


「ケビン様……素敵です」


 国王たちが呆然としている中、準備の終えたケビンが最後に別れを告げる。


「それでは皆さん、またお会いしましょう」


 ケビンは街中を暴走するわけにもいかないので、そのまま高度を上げて城壁よりも高い位置にて一旦止まる。


「2人とも怖くない?」


「ケビン君が抱っこしてくれてるから」


「抱きついてるから平気だよ」


「それじゃあ、我が家へと帰りますか」


 ケビンはそのまま速度を上げていき、自宅へと飛んで行った。それを見ていた国王たちは、未だ目の前で起きたことが信じられずにいた。


「マリアンヌよ、儂は夢でも見ておるのか? 人が空を飛んで行ったぞ」


「ケビン君は魔法のスペシャリストなのね。大賢者でも目指しているのかしら?」


「さすがに私では真似のできない領域だな」


「ケビン様……私も夜空を飛びとうございます」


 あまりの出来事にケビンが飛び立ったあとも、しばらく夜空を眺め続ける国王たちであった。

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