第77話 潜入作戦 ②
馬車の中にみんな乗り込んだところで、取り敢えずのところ別宅へと向かってもらう。
「で、何で姉さんがいるのかな?」
「ついて行くって決めたからよ」
「どこに?」
「ケビンの所に」
「じゃ、目的を果たしたなら学院に戻りなよ」
「うっ、ケビンが辛辣……いつもの可愛いケビンはどこ?」
姉さんには悪いが、今からやろうとしていることに、加担させる訳にはいかないのだ。しかも、ターニャさんまでいるのだし。
「母さん、何で姉さんを止めなかったのさ」
「ケビンの邪魔をしないっていう条件を付けたのよ」
「はぁ……それで、ターニャさんは何故来たの?」
「サラ様に誘われたからですわね」
「母さん?」
「ケビンもシーラがいるのだったら、ターニャちゃんがいた方が良いでしょ? だからよ」
「確かにそうだけど、これからやる事には同行させられないよ」
これから荒事になるのに、無関係なターニャさんを巻き込む訳にはいかない。何かあったら大変だし。
「ケビンは今から何するの?」
「それを教えるわけにはいかないよ。姉さんには関係の無いことだし」
「か、母様! ケビンが反抗期になったわ! 早くお医者様に見せなければ、手遅れになってしまう!」
「ふふっ、別に反抗期ではないのよ。貴女を危ない目に合わせたくないだけよ。優しい子だから」
「!!」
それからの行動は早かった。すぐさま俺を抱きかかえて、膝上に乗せるのだった。行動が母さんと一緒だな。やはり親子か……母さんは人前でそれをする事はないが、姉さんは違うらしい……
「姉さん、離して欲しいのだけれど」
「駄目よ! ケビンがとてもいい子なのを再認識したんだから、離せないわ!」
何とも言えない暴論が出た。仕方ない、助けを求めるためにターニャさんに視線を向ける。
「シーラ、ケビン君が困ってるわ。離してあげないと嫌われるわよ?」
「それは困るわね。でも、本能が逆らって離そうにも離せないし。何かいい方法はないかしら?」
そう言いながらも堪能しているのだろう。終始ニコニコとしている。
「仕方ないわね。ケビン君、シーラのどこか良いところを1つ教えてくれる?」
「?……優しい姉さん」
(ビクッ)
次の瞬間には姉さんの膝上から開放された。ターニャさんが引っ張り出してくれたのだ。だが、何故か次はターニャさんの膝上に移動しているのだ……
「あらあら、ケビンはモテるのね。母さん、嫉妬しちゃうわ」
いやいや、楽しそうにこちらを見ていないで、助けて欲しいのですけど。
「これは……!! 癖になりそうですわ。ケビン君は抱き心地が最高ですわね」
「何故に膝上から解放されたと思いきや、また膝上なのでしょう?」
「シーラがあんなに機嫌よくしてたから、少し気になってどんな気分になるのか試してみたのですわ」
「はぁ、そういう事ですか」
「ケビン君が嫌なら離しますわよ」
「いえ、別に構いませんよ。落ち着く匂いもしますし、抱かれ心地が良いですから」
「良かったわね、ターニャちゃん。ケビンに気に入られたから、これからは公認で抱っこできるわよ」
「ズルいわ! 私は少ししか抱っこしていないのに」
「姉さんはガツガツし過ぎなんだよ。野獣に狙われているようで怖いよ」
「や……野獣……」
「シーラはもう少し落ち着くべきですわ。欲望に忠実で、母性が足りないのですわ。」
「そうねぇ、それは昔から言える事ね。弟ができて嬉しいのはわかるのだけれど、優しく包み込んであげないと、いつまで経っても逃げられるだけよ?」
ここぞとばかりに、姉さんの悪い点が周りから指摘され始める。姉さんは姉さんで、今までの行為が逆効果だと知らされ、1人絶望していた。そこまで、凹むことか?
そうこうしているうちに、別宅へと到着したようだった。相変わらずのタイミングに、カロトバウン家使用人のレベルの高さが窺える。
馬車から降りてリビングへ向かうと、それぞれソファに座った。相変わらず姉さんは落ち込んだままだ。
「で、母さんは2人を連れて行くつもりなの?」
「能力的には問題ないと思うわよ? 2人ともそれなりには強いから」
「でも相手は、どういった能力を持っているのかわからないよ」
母さんと2人で話を進めていると、ターニャさんから質問された。
「あの……成り行きでついてきてしまったのですけれど、一体これから何をなさるおつもりなんですの?」
「悪い人を懲らしめるのよ。それに一緒に連れて行こうと思っただけよ。そもそも、シーラがついてくると言い出した事ではあるのだけれど」
「でも、今のシーラの状態じゃ足手纏いになりそうですわ。凹ませた私が言うのもなんですけど」
「それについては私もそうよ。あまり見ない姿だから、ちょっと面白くなって弄りすぎちゃったし」
母さん、面白がっていたのかよ。相変わらず弄って揶揄うの好きだな。
「まぁ、そこはケビンに任せればいいわ。シーラの元気の源はケビンですから」
「そこで俺に振ってくるの? 母さん楽しんでいるでしょ?」
「だって、久しぶりにシーラに会ったんですもの。楽しいわ」
「仕方ないな……」
ソファから立ちあがり、姉さんの前まで移動すると、膝上に揃えられていた両手を持ち上げてそこに座る。
両手はそのまま俺を包む感じでセッティング。何時もならここまでだが、今回は凹んでいるので俺の手は姉さんの手に被せておく。
【膝上抱っこ・改】準備完了。
「姉さん、俺はどんな姉さんであっても好きですよ。少しは野獣らしさを減らしてくれれば、逃げることはしないし、元気だしてください。折角の可愛い顔が台無しですよ? 今の顔も日頃見れないから、お得感はありますけど、いつもの元気いっぱいの顔の方が俺は好きです」
「……本当?」
「姉さんは弟の言う事が、信じられないのですか?」
「だって、私が追いかけ回していたのを、本当は嫌がっていたんでしょ?」
追いかけ回していた自覚はあったのか……
「確かに追いかけ回されるのは嫌ですね」
「ほら、やっぱり」
「発想の転換ですよ。追いかけ回さなきゃ、逃げる事はないんですよ。賢い姉さんならわかるでしょ?」
「わかった。追いかけ回すのは止めにする。でも、会いに行くのは止めない。弟成分が足らなくなる……」
何だその成分は? そもそも入学するまでは、俺はいなかったんだから関係ないだろ。
「では、用法用量を守って、正しく会いに来てください」
「そうする」
「では、このままここに座ってますので、存分に弟成分とやらを吸収していてくださいね」
「本当!? 今までこんな事なかったのに……」
「取り扱いを間違えなければ、俺は逃げないんですよ。今までは姉さんが全面的に悪い」
「うぅ……」
姉さんは放っておけばいつも通りになるだろう。さっさと話を進めないと。
俺と姉さんのやり取りが終わったのを見計らって、ターニャさんが問いかけてきた。
「悪者というのは誰ですの?」
「生徒たちが行方不明になった原因……誘拐犯ですよ」
「それとケビンを襲った愚かな人よ」
その瞬間に姉さんが覚醒した。殺気を振りまいてただならぬ雰囲気を醸し出していた。
「ケビンを襲ったですって……!」
「姉さん、殺気を抑えなよ。ターニャさんが可哀想だろ」
「ごめん」
「よくもまぁ、平然としていられるものですわね。シーラの殺気に耐えられるなんて」
「母さんのに比べたら可愛いもんですよ」
「サラ様の殺気はそれ程のものなのですか? 怖いもの見たさで体験したい気もありますが」
「体験出来ないと思いますよ。体験したと感じる前に、気を失うと思いますので。体験するなら威圧の方がまだマシでしょうね」
「酷いわ、ケビン。母さんそこまで怖い人じゃないわよ? 手加減ぐらいするわよ?」
「手加減する時点で凄さがわかるってもんだよ。威圧は結構遊びに使ってるでしょ? 揶揄うのが好きだから」
「だって相手がプルプル震えていて可愛いでしょ? スライムみたいで」
「ともかくターニャさんは体験するなら、この件が終わってからにして下さいね。今は優先すべき事項がありますので」
「わかりましたわ」
話が脱線してばっかりだな。改めて纏まりのないメンバーだ。
「今から、懲らしめに行くのは賞金首の男です。王都内に潜んでいますので、人気のない所を中心に捜していきます」
「王都と言いましてもかなりの広さがありますわよ。人気のない所もそれなりにはありますわ」
「そこはある程度、絞ってあるので問題ないです」
「それならそこに住む人たちに、話を伺っていけばいいのですわね?」
「いえ、探知スキルを使うので、話を伺う必要はないです」
「それで見つかりますの? スキルの探知範囲は結構狭いはずですけど」
確かに探知系スキルの効果範囲は、レベルに依存するが……この年でレベルMAXはありえないからな。それを見越しての発言だろう。
しかしながら、俺のは上位に進化させて、レベルも上げてあるので、効果範囲もそれなりにある。
「そこは問題ありませんよ。兎も角、出発しましょう。敵が逃げ出したら元も子もありませんから」
姉さんの膝上から立ち上がり、出発の意思表示を見せると、各々も立ち上がった。
「あっ……」
姉さんが残念そうな声を出したのは、聞かなかったことにしよう。ご褒美を上げるのはまたの機会に。
予定にない2人がついてくることになったので、作戦変更が余儀なくされた。それをこっそり伝えるために、母さんの方へと歩き出す。
「母さん、二人がついてくるから殺しはなしで、甚振るだけにしよう」
「仕方ないわね。ケビンに任せるわ」
こうして、俺たちは敵が潜んでいるアジトへと向かうのであった。予定外の2人を引き連れて。
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