第39話 試験の報告①

~ 試験官side ~


 受験者たちが帰路についた後、試験官もまた一息ついて学院長への報告へと向かっていた。


「それにしてもあの301番の子は面白かったですね。とても6歳とは思えません」


 不思議な子だった……午前中の筆記試験では難しくて早くも諦めたのか1時間もしない内に寝てしまっていたが、徹夜でもして疲れていたのだろうか? 起こした時には寝ぼけていたから中々可愛かったな。


 午後の魔法試験は前代未聞の的を壊すという行為に至ったが、弁償しようという心意気はとても感心できた。あの年頃だと言い訳が先に出て中々認めようとはしないのだがな。


 武術試験はどうだったのだろうか? 皆が汚れた服装の中、彼だけは綺麗なままだったが……というか、思い出した! 試験のことだけじゃなく担当官のことも学院長に報告しないと。


 やがて試験官が学院長室の前までやってくると、静かにノックをする。


(コンコン)


「学院長、試験終了の報告に参りました」


 すると、中から返事が返ってくる。


「入ってください」


 静かにドアを開けて中に入ると、机の上で書類を見ていた顔が試験官へと向く。


「今日の試験はどうでしたか? つつがなく終わっていればよろしいのですが」


「はい、無ことに全行程が終わりました」


「それは、良かったです」


「しかし、それとは別件で報告したいことがございます」


「何かしら?」


「担当官の冒険者についてです」


「あの方がどうかしたの?」


「余りにも目に余る行動で、本日の武術試験の後半組を纏めて審査したみたいです。本来、1人1人評価する決まりだったはずです。それに加え審査後は受験者の引率も行わず闘技場で休んでいるようでした」


「それは本当かしら?」


「本当です。受験者の中の1人に教えてもらったことです」


 そう答える私は彼のことを思い出し、少し微笑んでいたようだった。


「あら? 何か楽しいことでもあったのかしら?」


「いえ、面白い受験者が1人いまして、先の報告もその子から聞いたものです」


「貴女が気に入るなんて珍しいこともあるものね。で、その担当官は今どこに?」


「恐らく闘技場で休んでいるものと思われます」


「わかったわ。今からここに連れてきなさい」


「了解しました」


 私は学院長室を退室し、すぐさま闘技場へと赴いた。そこで見た光景は2度と忘れることは出来ないだろう。


 私の目にした光景は凄惨なるものだった。闘技場の彼方此方に血が飛び散り、担当官は倒れててなおかつ右腕を失っていたのだった。辺りには夥しい血があり、その時はもう手遅れかと思った。


 呆けていた私がハッと正気に戻ると、すぐさま駆け寄り担当官の生死を確認した。


「おい、大丈夫か? 誰にやられた? 襲撃者か?」


 学院内に襲撃者が潜んでいるとなると、ただことではない。すぐにでも学院長に報告しなければ。


 そのようなことを私が考えている中で、担当官が途切れ途切れに答えてくれた。


「ゴフッ……あ、あれに……手を……出したのが……ま……間違い……だった」


「おい、あれとは何だ? あれではわからないぞ!」


「じ……受験者……ば……番号……3……0……ぃ」


 そこで担当官は意識を失った。だが、まだ息はある。急いで救護室に連れていかねば。


 それから担当官を担ぎあげ救護室へと連れて行くと、救護員に処置を頼んだら私は学院長室へと駆けて行った。


 先程とは打って変わって私が勢いよくドアを開けると、学院長は驚いてしまったようだ。


「そんなに血相を変えて、どうしたのですか? 担当官が逃げ出したのですか? まずは、息を整えなさい」


「はぁはぁ……すみません。その担当官がいた闘技場へと赴いたのですが、現場は凄惨な有り様で担当官は重症を負っていたのです。襲撃者の可能性を考えて問いただしたのですが、そうではなかったようです」


「まずは闘技場への出入りを封鎖しましょう」


 そう言って学院長は魔導通信機を使った。相手は警備課だろう。


「直ちに今日の試験で使われた闘技場への立ち入りを禁止し、封鎖しなさい。どの闘技場かは見ればわかるはずです」


 そう言い終えると、学院長がこちらへ顔を向ける。


「それで、その担当官の様子は?」


「右腕以外の四肢が形状から見る限りでは剣で貫かれ、右腕は失っていました。今は気を失って救護室にいます」


 その報告に学院長も青ざめる。想像でもしてしまったのだろう。あの有り様は見ていた私ですら寒気のするものだった。


「彼はAランク冒険者ですよ。襲撃者じゃないなら誰がやったと言うのですか? うちの学生とでも言うのですか? そんな簡単にAランク冒険者はやられたりはしないはずですよ」


 学院長から緊張が見て取れる。学生が犯人だったら只事では済まされないからだ。しかし、その考えは間違いだと知らせねばならない。


「彼が気を失う前に話した内容は、手を出してはいけない相手に手を出してしまったとのことです」


「一体それは誰なのですか! 情報はあるのですか?」


 学院長も相当焦っているようだった。Aランク冒険者がやられたのだ。無理もない。


 Aランク冒険者をやろうとしたら一般的に上位のSランク冒険者か、災厄であるドラゴンを用意するしかない。どちらも現実的ではないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る