第四十四話 「魔法使いじゃもん」

 かつて緋鬼あかおにと呼ばれた女──アンナリリアン・ファイアランス・グランヴィ。その昔、虐殺王子と呼ばれた男──エリック・ローランド。


 その由縁について、翁は少しネスに話をしてくれた。



 ファイアランス王国を治めるグランヴィ家。その当主──国王が代々「血色の髪を持つもの」であることをネスは、アンナの姉、マリーから聞いて知っていた。


「マリーローラーンに会ったことがあるんか?」


 翁は驚いたが、ネスが通信の立体映像で会っただけだと言うと「ふうん」と意味深長な相槌を打った。

 殺し屋に相応しい「血色の髪」。正確に言えばそれは暗く濁った「深緋色こきひいろ」。その色の髪を持つ者は不思議なことに、最も力のある、言わば一族の中で最強と呼ばれるに相応しい力を持って生まれてくる者ばかりだった。


「わしの知っている限りでは百発百中。ここ数百年の当主は皆あの髪の色じゃ」


 そしてその者達は皆鬼の如く強く、容赦なく沢山の人々を殺した。

──グランヴィ家において、全盛期の殺し屋に与えられ、語り継がれるその名は緋鬼あかおに


 しかし、三十年前──その鬼以上に名を轟かせた男が一人。


 それがエリック・ペダーシャルス・ローランド。



「当時のあやつの神力ミースは、物凄かった」

 と翁は言った。

「わしの神力を遥かに越えておった」

「翁も神力を使えるんですか?」

 とネスが聞くと、翁は「だってわし、魔法使いじゃもん」と答えた。

「じゃもんって言われても……」

「んんんん? ひょっとしてお主、わしのこの髪、ただの老人の白髪だと思っとったんか?」

「すいません、否定は出来ません……」

「ふん、まあいいわい──」


 とにかく、と翁は続ける。「虐殺王子については説明不要じゃろう。そのままの意味じゃよ──どういうわけかファイアランス王国に取り込まれてからの奴は、かなり丸くなってしまったようじゃが──みる影もないくらいにな」



 今後の指針が決まったら連絡をする、と翁が言うので、第八騎士団長シウラーク・シラーに付き添われ、ネスはエディン達の待つ部屋へ向かった。


 破壊者デストロイヤーとして、これから自分が何を成さなければならないのか──考えたところで思い浮かぶわけもなかったのたが。


「私はこれで」

 目的地に到着し、頭を下げたシウラークにネスは丁寧に礼を言った。そして彼の背中を見送ると、おずおずと待合室に踏み込んだ。



 室内は静まり返っていた。


「おう……ネスか」

 目の合ったウェズの疲れきった表情。その声を聞いて顔を上げたエディンとレスカも同じように疲れきった表情をしている。

「……なんかあったの?」

 とネスが聞くと、エディンがゆらりと立ち上がった。

「いや、ちょっと揉めててな……」

「三人で喧嘩でもしてたのか?」

「喧嘩というか……」


 エディンの歯切れの悪い返事にネスが首を捻ると、勢いよく立ち上がったレスカが、素早く詰め寄ってきた。


「ネスはどう思う?」


 レスカの背後で木製の椅子がガタンと大きな音を立てた。

「なにが?」

「エリックさんのことよ!」

「エリック? エリック・ローランドがいたのか?」

 聞き覚えのある名前にネスが動揺するのも気にせずに、レスカは続ける。

「もういないわよ。さっき飛び出していったわ……ねえ、ネスはエリックさんが『どっちを』追っていったと思う? アタシはティファラのほうだと思うんだけど」

「ちょっと待て、どういうことだ、レスカ」


 事情を理解しようとネスが頭をフル回転させようとするも、動き始めた所にウェズが割って入った。

「んなわけねぇだろうがレスカ! エリックさんはアンナさんを追ったに違いねぇ!」

 顔を真っ赤にしたウェズが、レスカの肩を掴んだ。不快そうに振り返ったレスカの目がウェズを睨み付ける。

「古いもんから片付けるのが筋ってもんでしょ? そんなことも分からないの?」

「うっせぇ! そんなこと関係ねぇんだよ」

「あぁ? やんのか、コラ!」

 ウェズとレスカがお互いの胸ぐらを掴み合った所で、「やめないか!」とエディンが怒鳴った。

「お前達、いい加減にしろ。俺達が口を挟んでいい問題じゃないと何度言ったら分かるんだ! あの二人のことをこれ以上とやかく言うな!」


 エディンがそう言ったのを合図に、ウェズとレスカはお互いを突き飛ばして睨み合うと、ふん、と鼻を鳴らして顔を背けた。


「ネス、お前エリックを知っているのか?」

 と聞きながらエディンは、仲直りの出来ない二人の頭を叩いた。

「ノルで会ったんだ」

「──そうだったのか」

 とエディンが言うと、痛そうに後頭部を押さえたウェズが思い出したように口を開いた。

「そういや、なあネス、あの人一体何者だ?」

「何者って、婚約者フィアンセだよ、アンナの」

 その瞬間、ウェズとレスカの顔が落書きのようになった。そして二人は声を揃えて叫ぶ。


「「ええええええええええええええええええええっ!」」


 二人の声は狭い室内に反響して、かなりうるさい。


「フィ……婚約者って、おい、まじかよ……あの人が……あの人が?」

 相当ショックなのか、ウェズは両膝をついて項垂うなだれてしまった。


「お、おいウェズ?」


 ネスが声を掛けるも、ウェズは

「はあああ……アンナさん、アンナさん……敵いっこねぇよな俺、あんな人に」

 と言って顔を上げる気配はない。そんなウェズの背中をレスカが大袈裟に叩いた。

「はいはい、ウェズ、失恋? おつかれー」

「うっせぇ! そんなんじゃねぇよ!」

 この事実を知っていたのか、落ち着いた様子のエディンは騒がしい二人を横目に、ネスに先程エリックがいた時に起こった事を話してくれた。


「ティファラ・マリカ・ラーズ……」


 ネスの脳裏にあの恐ろしいティファラの顔が浮かび上がった。

「ネス、お前は知っていたのか? ティファラとエリックの関係を」

「うん、まあ……」

 エリックのかつての恋人ティファラ。それを殺したことになっているアンナ。

 死んだはずのティファラが生きていた。いや、生き返ったのだと本人は言っていた。

 ティファラはあの時アンナにこう言った。「エリックは返してもらうわよ」と。

 アンナはそれを拒むだろう。彼女にとってエリック・ローランドという男は必要不可欠なのだから。彼女が生きる意味、それは復讐──兄を殺すこと。それに婚約者フィアンセを愛すること──なのだろうとネスは勝手に確信していた。


「──エリックはどっちを追ったんだろうな」


 エディンが小さな声で呟いた。その言葉にウェズが反応したが、何も言わなかった。


 怪我を負いながらも復讐の為に兄を追った婚約者か──それとも死んだはずのかつて愛した恋人か──


「俺にはわからないよ……」

 エリックが二人の名を呼んだ時のあの柔らかな声。どちらのことも心の底から愛していると分かる、あの声。


 嘘が全くなかった、あの時の彼の表情。


「俺にもわからない……それなのにこいつらは勝手に議論を始めやがった。挙げ句の果てにこれだ」

 腰に手を当てて呆れ返った表情のエディンは、ウェズとレスカを交互に見ると、大きく溜め息をついた。

「ガキ共が、安易に首を突っ込んでいいような問題じゃないんだよ、これはな」


(──俺もそのガキの一人だな)


 エディンは「さてと」と言うと、「そろそろ行くぞ」と三人の顔を順に見た。

 知恵は回るが気の短いガキ。戦闘力は高いが何かとうるさく面倒なガキ。大人びているが扱いづらそうなガキ。


(──ちょっと待て、こりゃあいつものガキの子守りに一人増えただけじゃねえか……!)


 エディンは目の前の三人の子供たちを前に、一人絶望したのだった。

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