第二話 彼曰く、いかにも柔らかそうな
時を少し遡り、ネスの誕生日の前日──四月二十九日。
よく晴れた、朝のことだった。
アブヤドゥ王国の東端、ガミール村周辺では、ここ数週間行方不明者が相次いでいた。村人達の間では
そんな時、突如現れたのがこの女戦士だった。
頭から血をかぶったような赤黒く長い髪。シンプルなデザインの、黒いタイトなミニドレスから覗く長い手足に豊かな胸。
その美しい顔以上に目に留まるのは、右腕の禍々しい刺青だった。肩の辺りから手首まで、
「旅の者です。
村人からアグリーの詳しい目撃情報を聞いた彼女は、うっすらと微笑んで丁寧に礼を言うと、ガミール村の外れ「アマルの森」の方へ矢のごとく駆けていった。
太陽が一番高い位置に昇る頃、女戦士は「忌まわしいアグリーは退治しました」と言い、村に戻ってき来た。流石に村人達は、こんな小綺麗な娘が半日もしないうちにアグリーを退治したなど信じられる筈もなく、疑い、顔を見合わせた。
「森の外れに亡骸があります。確認されるのであればどうぞ」
村人達はこぞって森の外れに向かった。そこには信じがたい光景が広がっていた。
人間の皮膚と同じ色をした、三十メートルはあろうかという肉の塊──その体躯から手足が無造作に生えている。口は死んだ大魚のようにだらしなく開かれ、無数の牙と舌がそこから覗いている──があった。
「よくいる種のアグリーですね。生えているのは食べてきた人間の手足です。稀に食べてきた人間の顔が浮き出てくる種もいますが、それはなかなかお目にかかれない種なので……あら」
そこまで言うと彼女は言葉を止めた。あまりの悲惨な光景と精細な解説により、気分を悪くし、口元を押さえる村人が続出した為である。
「皆様が望まれるなら、これを燃やし尽くすことも可能ですが」
立ち会った村長が是非そうしてくれ、と頼むと彼女は左手から
*
「すごかったんだぜ! こう、
ネスの誕生日パーティーの最中、周りの男友達に注目され、桃色の瞳をキラキラと輝かせたカスケは、声を張り上げながら続けた。
興奮しているせいか、いつもに増して彼の語彙力は残念だ。
「思い出すだけで……はぁ、あぁ、美しい……あれはホントに美しかった……跳び上がった瞬間とかにさ、あのいかにも柔らかそうな胸がいやらしく揺れて、流石の俺もぞくぞく……っ痛ってぇ!」
後頭部を押さえながらカスケが振り返ると、そこには可愛らしい少女が一人。彼女はカスケの恋人のサラだ。小さな拳を握り締め、仁王立ちをしているところを見ると、どうやら彼の後頭部に拳を振り下ろした犯人は彼女のようだった。
恋人の横で他の女性を、しかも体型について褒めちぎると、大半の男はこうなるであろう。
自業自得である。
周りの女の子達は「サイテー」と言いながら、カスケに冷たい視線を飛ばしている。
「何よぉ、カスケのエロスケ!」
一度拳を叩き込んだだけでは怒りが収まらないのだろう、サラは長いおさげを振り乱しながら、両手ではカスケの頭をぽかぽかと叩いている。
「貧乳で悪かったわね!」
振り上げる腕の反動で、身に付けているサーモンピンクのワンピースの裾がフリフリと揺れる様子が愛らしい。
「誰もお前が貧乳だなんて言ってないぜ!」
「カスケ! もう、あんたいい加減にしないと怒るわよ!」
「もう怒ってんだろ、それ!」
サラの怒号と追尾からカスケは必死に逃げまどっている。その様子を周りの友人達は手を叩き、笑い声をあげながら見守っている。
「痴話喧嘩なら外でやってくれよ」
その輪の中心で、飲み物の入ったグラスを片手に呆れたようにネスが言う。サラの姿を捉えると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめて俯いてしまった。
そんな彼女の姿に、ネスの心臓はどくどくと高鳴る。恥ずかしさのあまり目を背けてしまった。
幼馴染みである三人は、半年前から交際を始めたカスケとサラ、そしてサラを人知れず思い続けるネスという、微妙な関係をギリギリの所で保っていた。そんな中、仲間内で企画されたネスの誕生日パーティーは、所謂サプライズパーティーとして、サラの自宅で開催された。
誕生日の前日、村をあげて行われたアグリー退治の祝賀会の途中、ダンスメロディーに合わせて踊りながら近寄ってきたサラに「明日の正午にうちに来て」とネスは耳打ちをされたのだ。
好きな女にこっそり「うちに来て」なんて耳打ちをされて、すっかり舞い上がったネスは、悶々と意味もない妄想を繰り返し、カスケの言う「美しい女戦士」の姿もちらりと見ただけで、祝賀会の間中、上の空であった。
その美しい女戦士が、誕生日パーティーの帰り道に突然現れて、わけの分からないことを言う。
年齢はネスより少し上だろうか。身長は確実にネスのそれを越えている。なるほど、カスケの言う通り、近くで見ると美しいというのがよく分かる。大きく開いたミニドレスの胸元には、首から下げた青色のペンダントが輝き、
(これは……カスケが舞い上がっていたのもよく分かるな)
会話の最中、ネスがそんなことを考えていた直後だった。街頭が一斉に砕け散り、女戦士に向かって飛んできたのは。
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