英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で

こうしき

プロローグ

 太陽が一番高い位置に昇りきろうとしている。


 鬱蒼とした森の外れ――背と後腰に刀を差した女戦士は、目の前のと対峙していた。


 アグリーと呼ばれるこの化物は、無差別に人を襲い、時には

 不気味で奇怪なその外見は、一目見るだけで人々を恐怖の淵へ追いやり、突き落とす。


「見苦しいわね」


 背の刀を抜きながら、女戦士は呟く。よく鍛えられたその刀の名は黒椿くろつばきといい――彼女が本気で相手を殺そうとする時に抜く、特別によく斬れる優れた刀だ。



 それと同時に、アグリーが



「見た目だけじゃなくて、鳴き声も汚いわね」


 汚いという言葉で片付けられたアグリーの外見は、奇妙なものだった。


 全長が三十メートル、幅が五メートルはあろうかという円柱形の肉の塊。人間と同じ肌の色をしているそれは、うねうねとその醜い巨体をくねらせている。先端の顔とおぼしき箇所には鋭利な牙が無数に連なる口があり、所々に食らった人間の肉が挟まったままになっている。視覚を感知する器官は備わっていないようで、大きな鼻腔をひくひくと動かし、眼下に獲物がいることを確認している。


 目の前の御馳走に高揚したアグリーが、その巨体から無数に生える人間の四肢と同様の突起を、バタバタと動かす。すると、体表に浮かび上がる人間の顔のような模様が、ニタニタと嫌な笑みを浮かべた。


「少し遊ぼうかしら」


 女戦士が刀を握る腕を後方に引き、飛び出そうとした瞬間――アグリーは再び咆哮し、手足を器用に蠢かせながら、女戦士に向かって一直線に突撃してきた。


「見かけによらず、けっこう素早く動くじゃない」


 アグリーが口から吐く光の光線――獄光ヘラを、左右に軽く飛び退きながら悠々とかわし、女戦士は言う。


「でも攻撃が単調でつまらないわ」



――たんっ、と。



 十メートルほど飛び上がった女戦士は、ぬめりけのあるアグリーの背に着地した。自ら懐に飛び込んできた獲物に対し、アグリーはその手足を必死に動かして彼女を捉えようとする。


 しかし。



――ザシュッ――ズバッ――ビシュッ。



 女戦士はその手足を次々に薙ぎ払っていく。手足が切り離される度に紫色の血液が飛び交うが、彼女はそれを全て躱している。


 アグリーの背に百近くあった手足の半分を切り落としたところで、は怒り狂ったように、一段と大きな声で吼えた。女戦士を振り落とそうと、激しく身を捩らせ、天を仰ぎながら獄光ヘラを撃ち出している。


「飽きたわね。殺すわ」


 とん、と女戦士はアグリーの背から飛び下りる。

 アグリーの正面――口から二十メートル程離れた所にに着地すると、それを待ちかねていたかのように、アグリーは口から特大級の獄光ヘラを放った。



 ギュィィィィイイイン――



 異様な音をたてながら、その光の光線は女戦士の存在をかき消そうと、迫る。


「鬱陶しい」


 腰に手をあて膝を伸ばしたまま、身構えもせず、女戦士は右手に握った刀で、その攻撃を弾き返した。

 弾かれた獄光ヘラは直角に飛び上がり、空に吸い込まれていく。


「ちょっと待ってくれる?」


 そう言うと女戦士は左手を地面と平行に、だらりとつき出した。弛緩した手のひらから唯一、人差し指だけを立てると、そこから赤々とした小さな火の玉が現れる。爪先程小粒だったそれは、ものの数秒のうちに膨張し、あっという間に直径が一メートル程の大きさになった。


「はいこれ、お返しね」


 つん、と小さくその指を突き上げると、巨大な火の玉はアグリーの獄光ヘラと同様の光線状に形を変えた。轟音と共に猛スピードで真っ直ぐに突き進むとそれは――ズバンとアグリーの口から尾までを一直線に貫いた


 彼女の攻撃は、アグリーを貫通したのだ。


 一瞬アグリーは巨体をびくんと震わせたが、次の瞬間には息絶えていた。


 刀に付着した血を払い、流れるような動きでそれを鞘に収めると、女戦士は足早にその場を後にしたのだった。

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