思い出はつくるもの

 小豆に服や首輪を作ってほしいと言われた翔太は、上級魔法を練習しながら着々と作っている。

 黒猫の小豆には白色が映えるので、シャツ風のつけ襟首輪を作ってあげたり、学ラン風の首輪を作ってあげたり。赤色のレースリボンで、首元を華やかに着飾ったり。火傷防止のための靴を作ってあげたり。

 ほかにもいろいろ作ったが、どれも琥珀色の物がワンポイントで入っている。


 作る度に小豆は喜んでくれるし、魔法のイメージする力もつくので一石二鳥だ。


 一方シルクは魔法を使わず、魔力を溜め続けている。


 翔太が全ての魔法を習得し次第、核兵器を消すためだ。

 大きなミッションの時はそれなりの魔力が必要になるため、充電期間がいる。


 だが今まで魔法に頼って生きてきたシルクは、魔法を使いたくて仕方がない。


「あぁつまらない! つまらないのよ!」


「いきなりどうした」


 ――スパルタ教育から十九日目。実体化魔法の日から丁度一週間が経った日。


 今日は上級魔法である遮断魔法を習得しようと練習をしている。


 遮断魔法とは、「一定の時間、一定の空間に透明な壁を作って外部から遮断する魔法」だ。文字だけでは分かりづらいのでシルクに教えてもらっているのだが。


「翔太ばっかり魔法使ってずるいのよ! あぁ、上級魔法乱発したい!」


「荒れてんなぁ⋯⋯」


「そんなときには寝るといいのだ。寝ると時間があっという間に過ぎるぞ?」


 相当むしゃくしゃしているようだ。シルクの感情は「ダイエット中なのに目の前でお菓子を食うな」といったところだろう。


「寝る⋯⋯そうだわ。睡眠魔法をかけて寝ればいいのよ」


「魔法使わなくても寝れるだろ」


「嫌だぁ! 魔法使うのぉ!」


「キャラ変わってんぞ」

「シルクらしくないのだ」


 駄々をこねる子どものようにするとらしくないと言われた。確かにらしくない。


 今までも大きなミッションをこなしてきた。そのときも同じように魔力を溜める充電期間があったが、こんなに荒れてはいない。


「そうよ。外に出てないのよ! シルク、外に出てないの!」


「そうだな。シルク元々透明人間なんだし、外に出てもいいんじゃ⋯⋯なるほどな、小豆も透明化魔法かけるから出かけてこい」


「「!!」」


 翔太がそう言った瞬間、シルクと小豆がキラキラした目で翔太を見る。


 翔太は食材を買いに行ったりしたので外に出ているが、小豆を一人にさせないためにシルクは基本お留守番。

 小豆は首輪をつけてから一人で外を歩いてくることも多いため、あまりストレスはないだろう。が、このキラキラした目はなんなのか。


「翔太ならそう言ってくれると思ってたのよ!」

「翔太は男の中の男なのだ!」


 何故かベタ褒めされて翔太はちょっといい気分になる。

 シルクは小豆に抱きつき、小豆は透明化魔法をかけてほしそうに翔太を見ている。


「はいはい。⋯⋯⋯⋯⋯⋯やっぱ心の中で詠唱してもダメか。透明化魔法――開始」


 透明化魔法は中級魔法。

 初級魔法なら声に出さなくても成功するようになったが、中級魔法ではまだできないようだ。


「これで我は透明ねっこ!」

「そうね、透明ねっこよ! 早速出かけましょ!」


 異様にテンションが高い一人と一匹。

「こいつらこのときを待っていたのか?」と、疑いたくなるレベルで準備が早かった。


「シルク。くれぐれも魔法使うなよ?」


「わかってるのよ」


 早くドアを開けてくれと言わんばかりのキラキラした目だったので、大人しくドアを開けてやる。


「行ってきますなのよ!」

「行ってきますなのだ!」


「⋯⋯」


 返事はしない。周りから見れば、何故かドアを開けて、行ってらっしゃいと言っている変人になるからだ。


 ドアを閉め、ため息をつく。


「さて、遮断魔法。独自に頑張ってみますか」


 独自に頑張ると言っているが、翔太は大事なことを忘れている。


 ――デメリット、『シルバー・クイーンズが一緒でなければ、魔法が使えない』。


 翔太はシルクが一緒にいなければ魔法が使えない。


 契約に関してのことは『記憶魔法』で覚えているはずだが、唱えて確認しなければ思い出すことができない。


 つまり忘れているという自覚がなければ意味がないのだ。


「まずは十秒間、リビングだけを隔離して遮断する壁をイメージするぞ」


 意味のない練習が始まった。が、イメージの練習にはなっていいかもしれない。


 すっかりクーラーをつけるのが習慣になった家で翔太は一人、絶対に成功しない魔法を練習し続けるのであった。


 ――――――――――――――――――


「小豆。早速行くわよ」


「わかっておる。だが、魔法を使わずに行けるのか?」


 家を出たシルクと小豆。

 地面のコンクリートは鉄板のように熱く、気温も暑い。素足で歩くと肉球が傷つく可能性があるため、小豆は翔太が作ってくれた靴を履いている。


「大丈夫。いい考えがあるわ」


 そう言ってシルクが向かったのは大通り。

 いつも轢かれないように気をつけていた車が多く走っていて、小豆は少し怖がる。


「なにを考えておるのじゃ? 猫にもわかるように説明してほしいのだ」


「小豆なら説明しなくてもわかるわ。こっちよ」


 家族連れの多い大通りを走り、ついたのは地下鉄。


「なるほど。電車とやらに乗って行くわけだな」


「事前にスマホで調べたわ。何番線に行けばいいか、何駅まで行けばいいのか暗記したもの」


 自信満々に言ったシルクは小豆とはぐれないように抱っこして、電車に乗り込む。


「おぉ。初めて電車に乗ったぞ!」


「ふふっ。シルクもこれで二回目だわ」


 車内は結構混んでいるが、シルクと小豆には関係ない。透明化魔法のおかげでどの椅子にも座り放題、電車に無賃金で乗ることができる。

 無賃金なのは申し訳ないと思うが、猫を電車に乗せるとあーだこーだいわれるので仕方がない。


 冷房が少し寒いくらいの電車に揺られること約十一分。


「さ、次の駅で降りるわよ」


「了解なのだ。⋯⋯機会があればの話だが、今度は景色の見える電車に乗ってみたい」


 ずっと窓の外を眺めていた小豆だが、地下鉄なので景色は変わらない。たまに停車駅が見えるくらいだ。小豆のイメージしていた外を走る電車ではなく、少し残念だったらしい。


「それじゃあ、帰りは地下鉄じゃなくて普通の電車に乗って帰りましょうか」


「本当か!? ありがとなのだ!」


 そんなことを喋っていると降りる駅に着いた。


 ドアが開くのでそれに紛れて電車の外に出る。

 目的地はここから少し歩いたところにあるので、外へ向かう。


「電車の中と外の寒暖差でやられそうだわ」


「むぅ、我もやられそうじゃ⋯⋯早く行こう」


 電車に揺られて来た方面は海か山かと言われれば山のほうで、普段暮らしている地域より人口が減った、落ち着いた雰囲気の場所だ。


「到着ね」


「そうだな。我は久しぶりに走って疲れたぞ⋯⋯」


 シルクが到着と言った場所。


 そこは河川敷だった。


 駅から走って約五分。

 駅から遠ざかれば遠ざかるほどビルが少なくなっていって、このあたりはほとんど住宅街だ。


 その中にある河川敷。

 ここになんの用があってシルクと小豆は来たのだろうか。


「それにしても翔太は色々疎すぎるのだ。季節感がないというかなんというか」


「そうね⋯⋯プールに行きたいとか海に行きたいとか。なにもいわないんだもの」


 河川敷に座り、ただ喋る。特にこの場所に思い出があるわけでもない。


 真夏日のせいなのか川を流れる水は少なく、流れも緩やかで落ち着く。


「『思い出はつくるもの』。だったか?」


「そうよ、思い出は作るもの。⋯⋯全く、その通りよね」


 ――思い出はつくるもの。


 それはシルクの元契約者。優愛の口癖だ。


『思い出はつくるもの。シルクと一緒に思い出をつくって、私がおばあちゃんになったときに思いだすためにね!』


 優愛はおばあちゃんになるまでシルクと契約が切れない。

 だが優愛はそのことを苦に思ったことはなかった。

 むしろ、ずっと一緒にいられるなら、それがいいと思っていた。


 ――おばあちゃんになるまで長くいれなかった。


 優愛のことを思いだし、思い出が蘇る。


「優愛⋯⋯」


 小豆はシルクの変化に気付き、シルクから離れ、川の近くまで降りる。

 そっとしておくのが一番だと学んだようだ。


「⋯⋯でも、シルクはもう少し、我を頼ってくれてもいいのだぞ」


 川に映らない自分の姿を見ながら、小豆は呟く。


 自分が猫だから、飼い主に頼ってもらえない。翔太のように人間ならよかったのにと、猫に産まれてきたことを悔やむ。

 そして自分が灰色の猫で、瞳の色がシルクと同じならば契約して魔法が使えたのにと、悔やむ。


「まぁ。今回相談してくれただけでも嬉しいのだがな」


 ――スパルタ教育を開始してから十四日目。


 シルクは悩みごとを小豆に相談していた。


 内容は至ってシンプルで、「なにか夏らしいことがしたい」というものだった。

 スイカを食べたり、プールに行ったり。旅行に行ったり、花火を見たり。そんなことがしたいと。


 やりたいならやればいいと思うが、シルクはツンデレである。


 それ故に自分から誘いにいくなんてできないのだ。

 というわけで、翔太から誘ってくれるよう種を撒き続けた。


 ――が、全て不発に終わる。


『シルクー、ここに置いてある紙捨ててもいいか?』


『あ、うん。いいわよ』


 さりげなく花火大会のチラシを置いておくが捨てられ。


『買い物行ってくるなら、なにか果物を買ってきてくれると嬉しいわ』


『おう、果物な!』


 果物を買ってきてほしいといえば、


『梨買ってきたぞー!』


『あ、うん。ありがとうなのよ』


 何故か梨を買ってくるし。

 水着を買おうかそれとなく聞いてみると。


『水着をシルクが着るとしたら、どんなのがいいかしら?』


『⋯⋯そうだなぁ』


 と言ったまま返事が返ってこない。


 夏に興味がないのか、小豆の首輪と服のデザインで頭がいっぱいなのか。

 どちらにせよ季節感がない。なさすぎる生活だ。ゆういつ夏っぽいといえば、買ってくるアイスのみ。


『こんなの全然夏っぽくないのよ! 小豆、なんとかして夏っぽいことがしたいわ!』


 優愛と契約していたときは、地域のお祭りにも行ったし、スイカ割りもした。海にも行ったし川にも行った。海は遠かったから行かなかったけれど、日本の夏を満喫していた。


 例えるならば元カレのよかったところを今カレに言っているようなものだが、今の生活に代わり映えがないのが悪い。


 翔太は魔法の練習か小豆につきっきりで、シルクが構ってもらえないのである。


『そうだ、確かチラシに書いてあったお祭りは八月の下旬だっただろう? あのお祭りでは花火も上がると言っていたし、下見をしに行って、人が少ない穴場スポットを見つけるのがいいんじゃないか? シルクが浴衣を着て翔太の前に出れば、翔太は断れないだろう』


『でも下見に行く時間なんてあるかしら⋯⋯』


『大丈夫。チャンスは巡ってくるはずなのだ。我の勘がそう言っておる』


 そして時間が経ち、ようやく回ってきた下見のチャンス。


 シルクはそれまでネットで調べ、小豆はチャンスを伺っていた。

 河川敷に来たのは、ここで屋台が開かれるからである。


『思い出はつくるもの。翔太が動かないなら、シルクが動かなきゃダメよね』


『そういうことなのだ』


 翔太の知らぬ間にそんなことが話し合われ、現在下見を実行中だ。


「さて、行くかしら」


 シルクは小豆の元へ歩いて小豆を抱く。すっかりいつものシルクに戻っていて、小豆は安心した。


「そうだな。穴場スポット探しにレッツゴーなのだ!」


 シルクは小豆を抱いたまま、人が集まらなさそうで花火が綺麗に見える場所を探す。時間を気にせず、日が暮れるまで。久しぶりの外出を楽しんでいた。

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