シルク流ピクニック 前編
透明化してもシルクから翔太が見えるため、家でやっても意味がない。
今は
「透明人間になってピクニックにでも行くかしら」
「俺は今猛烈にワクワクしてるぞ、いい歳した成人済み男性だがな!」
ということで、透明化魔法をかけてもらいつつ、ピクニックをすることになった。
ピクニックと言えばお弁当。
まずは外に持っていくためのおにぎりを二人で作る。
全く自炊をしないシルクは、おにぎりを作るのも初めてで、多少苦戦しつつも翔太より出来栄えがよかった。
「教えるのが上手いと生徒は出来が良くなる⋯⋯?」
「シルクが天才肌だからだと思うわ」
シルクが練習した分のおにぎりも含めると、二人分以上作ってしまった。
という事で余ったおにぎりは夜ご飯となる。
翔太が教師をしていたころに使っていた水筒にお茶を入れて、紙コップも持参。おにぎりと、翔太お手製のだし巻き玉子と、タコさんウインナーを入れたお弁当箱もバックにイン。
ピクニックと言っても、普通のピクニックではない。シルク流ピクニックだ。
シルク流ピクニックは、透明人間になって街を歩き、最後はシルクとっておきのビルの屋上で弁当を食べるという、ピクニック要素は弁当だけのプラン。
翔太的には透明人間になりたいだけなので、その
「さて、シルク流ピクニックに行きますか!」
「ちょっと待つのよ。魔法について注意事項があるわ。命に関わることだから心して聞くように」
「あ、はい」
一人だけ舞い上がっていたようだ。いい歳して恥ずかしい。
命に関わることなのでしっかり聞くようにしていたが、シルクの注意事項が無駄にまとまっていなかったので、まとめると。
――――――――――――――――――
一、魔法をかけるとき、魔法を解除するときはできるだけ人目がないところで行う。
二、透明化魔法は人間だけにも使えるが、なにか物を持つときはその物を持って行う。
三、物を持って行うのは、ポルターガイスト現象のようにさせないためである。
――――――――――――――――――
この三つを守れば基本安全らしい。
ちなみに透明化魔法をかけると、相手から見えなくなる効果プラス、相手から自分の声が聞こえなくなる効果もある。
「てか今言ったこと全部シルクがやるからあんまり俺関係ないんじゃ⋯⋯」
「近いうちに翔太もやることになるのよ。念のためね」
「あと説明が長いのは⋯⋯」
「ん? 長かったかしら?」
「あっ⋯⋯なんなんでもない」
説明が無駄にまとまっていないのは、シルクの特徴であり無自覚にやっていることらしいので、今後も翔太の頭の中で整理する必要がありそうだ。
「余談だけれど、ポルターガイスト現象と言われるものは、全てクイーンズの不手際によって起きているわ。ガセネタ動画じゃなければ、クイーンズたちが映ってる。まぁ大抵焦っているけれど⋯⋯ちなみに契約者やクイーンズじゃなければ動画に映っていても見えないからバレたりすることはないわ」
「やばいやばいって焦ってる姿が映ってるんだな⋯⋯気になるから後で調べて見てみるか」
「シルクもたまにやってしまうことがあるのよ。シルクが映ってても引かないでほしいかしら」
「引かないけど笑うかな」
笑われても仕方ないと、シルクは自分の不手際を認めている。
ポルターガイスト現象が全てクイーンズの不手際とは、なんとも夢のない話。クイーンズ達がわざわざ心霊スポットに行って不手際を起こすとは思えないので、テレビでやっている半分以上はガセネタだろう。
怨霊が、とか。幽霊が、とかよりは安心安全だが、こちら側の人間になった翔太からすれば、バレたら死に直結するため避けたい。
話は脱線したが、いよいよ魔法をかけてもらうことに。
「ちなみに昨日かけた魔法は、悪意があったから杖を使ったわ。相手に魔法をかけるときは、悪意のある場合とない場合がある。今回は悪意が無いから杖は使わないのよ」
「昨日のは悪意があったのね⋯⋯」
確かに昨日かけてもらった時は、杖を翔太に向けてかけていた。悪意があるかないかで杖を使うか使わないかがわかる。
魔法をかける時の意思表明だろうか。なぜそのルールがあるのかが謎だ。
「じゃあ魔法をかけるから、荷物を全部持って、あと靴を履いてシルクの前に立ってくれる?」
荷物を詰めてあるリュックを背負い、玄関で靴を履いてシルクの前に立つ。
靴を履くのはポルターガイスト現象のようにさせないため。リュックと同じ、物だからだ。
さて、これから悪意のない魔法を体験できる。
翔太もこれから使えると思うと、ワクワクして胸がざわめいた。
「これでいいか?」
「大丈夫よ。雰囲気を出すために、声に出して唱えたほうが喜ぶかしら? あと手とか向けたほうがよろ――」
「めっちゃ喜びます。是非声に出してください! 手も向けたほうがいいです! お願いします!」
「食い気味で答えないでほしいかしら⋯⋯そうやって構えられるとやりにくいわね」
シルクは翔太の興奮の仕方に若干引きながら、体内の魔力に集中する。
――魔力は「気」であり、「血」である。
全身を巡る血ではないが、例えると「血」でもある。
ゆえに魔力がないと、体に力が入らなかったり、集中力がなくなったり、ほんとに魔力がゼロに近くなると、気絶してしまったり、高熱が出たり。
魔力は睡眠や食事などの基本的な生活によって蓄えられる。普通の人間にも大切なことは、クイーンズたちもそうなのだ。
日々魔力は蓄えられていて、使わなければその分、体内の魔力は増える。
範囲が広く、大きく、難しい魔法を使う時は、前日魔法を使わなかったりする。
とはいえ無駄に魔法は使わないほうがいい。
今回は体験ということで⋯⋯ギリギリ無駄ではないと思うが。
シルクは魔法を使うだけの魔力を調節し、全身から解き放つようなイメージを頭に浮かべている。
そして雰囲気をそれっぽくするために、両手の
翔太はドキドキワクワクしながら、今か今かと待っている。
その翔太に答えるように、シルクは声に出して唱える――。
「――透明化魔法。開始」
シルクの澄んだ声で唱えた瞬間。
シルクの体内から魔力が放出され、翔太に効果をもたらす。
僅かに風が起きて、翔太の銀色の短髪が揺れた。
徐々に透明になっていくというより、一瞬にして姿が消えたというほうがふさわしい。昨日シルクが去っていったときのように、瞬きをしたら消えていたように。
「おお⋯⋯唱えた後に風みたいなのが来た気がする。あれが魔力?」
「ええ、魔力よ。透明化魔法かけたから、早速シルク流ピクニックに行きましょ」
「そうだな。と言うか早く周りの反応を見てみたい!」
「わかったわ、早く行きましょ」
「おう行こうか!」
――外に出る。
一見いつもと変わらない景色だが、扉をすり抜けて家を出たのはこれが初めてだ。
壁をすり抜けてこれたのは、通過魔法のおかげ。
シルクは透明化魔法をかけるついでに、通過魔法もかけていた。
翔太的にはそれっぽく詠唱して欲しかったが、あまり駄々をこねると引かれそうなのでやめたらしい。
「壁をすり抜けることができたってことは、人もすり抜けることができるんだな?」
「そうね。翔太が想像しているような、すり抜けかたではないと思うけれど」
「全国の男性が望むすり抜け方ではないってことね。大体予想はついたぞ」
とりあえず歩いて大通りまで出る。
ほかにに歩いている人がいるが、誰もこっちを見なければ、真ん前に立っていてもすり抜けて行ってしまう。
通過魔法プラス透明化魔法なので、もうすぐ電車が来る線路に居ても、交通量の激しい道路のど真ん中に居ても、誰も心配しなければなにも痛くない。
一旦魔法になれてしまうと、魔法をかけていないときにうっかりミスをしてしまうもの。そうならないためにも、魔法は使いすぎてはいけない。
「さて翔太。ビルの屋上まで飛ぶか、ほかの人に紛れて屋上まで歩いて行くかどっちがいい?」
「そりゃ飛んだほうがいい⋯⋯って言うか、飛んでみたい」
「
「いずれは
「騙されやすい人じゃなきゃ、中々契約してくれないもの」
「騙されてないよね!?」
「騙されてないし、騙してないわ」
ツッコミとボケが働いている。
楽しみながら、こうやって人と一緒に歩くのは何年ぶりだろうか。
そう、二人は思った。
二人とも困難を乗り越えてきた人だ。
翔太は辛い学生時代を乗り越え、ニートになってそこから抜け出した。
シルクは――、また今度話そう。
「そう子どもみたいなワクワクした目で見てこないでほしいわ、気持ち悪い」
「本音じゃないよね? ね?」
「⋯⋯」
「無言は肯定って知ってたか?」
「ふんっ、そういうこと言ってると魔法かけてあげないわよ?」
「あぁごめんなさいごめんなさい」
やっぱりツンデレなんだなと再確認。容姿も相まって可愛さが倍増している。
「じゃあ『飛行魔法』をかけるからそこでじっとしてて」
「おお、念願叶って空飛べる!」
「ちなみに飛行魔法は『初級魔法』だから、早いうちにできるようになるわ」
そう言ってシルクは即座にイメージをつくり、心の中で詠唱をする。
翔太は魔力の風を感じ、魔法をかけたんだなとわかる。
ただ体が軽くなった感覚はない。どうやったら空が飛べるようになるのか、教えてもらわなければ。
「今飛行魔法をかけたわ。飛べるはずだから飛んでみなさい」
「これってほうきとか使わなくても飛べちゃう感じ? 飛べるはずだから飛んでみなさいってそんな無茶な」
「ほうきは正装のときだけ使うわ。使わなくても飛べるから、安心しなさい。そうね⋯⋯体が浮く感じをイメージして、思いっきり地面を蹴ってジャンプしてみれば飛べるはずよ」
言われた通り、飛ぶイメージをする。
(体が浮く感じ⋯⋯ジェットコースターで下ってるときとか、エレベーターで上まで上がって止まるときとか。ふわってなるあの感覚か。よし、思いっきり踏ん張って⋯⋯ジャンプ!)
「んんんん!?」
――踏ん張りがすごいのかイメージが凄いのか。空を飛びたい欲がすごいのか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
――翔太は空高く、上昇していた。
――――――――――――――――――
風が髪を伝い、重力をガン無視して上昇していく。
シルクや通行人、車、建物。全てが小さくなっていく。
翔太は軽く失禁しそうになりながら、叫び続けていた。
「ちょっと待って待って待って待って! シルクなんでついてきてくれないの!? あとこれ止まんないんだけど! 勢い落ちずに上昇し続けてるんだけど!?」
下を見てもシルクが見えなくなった。
雲より低い高度だが怖い、何も掴むものがない、建物がない。
生身の人間が
「翔太⋯⋯どれだけ空を飛びたかったのよ⋯⋯願望の強さは魔法に影響すること、言ったほうがよかったかしら」
一方シルクは、翔太の飛びたい願望の強さに若干引いているのであった。
――――――――――――――――――
「地上⋯⋯足が着いてる⋯⋯足の震えと鳥肌が止まらねぇ⋯⋯」
シルクが無事翔太を回収。
魔法の恐ろしさと自分の欲望の強さを実感した翔太は、今後魔法を使うときは軽い願望で使おうと思ったのであった。
「ホントすみませんでした。ちゃんとリュックの中にお弁当入ってるはずなんで、ビルの屋上に行って食べましょう」
「さっきまで鳥が飛ぶ高度より上にいた人が『ビルの屋上』なんて言うと、ギャップが凄くて笑えるわね」
「あんな高いところ二度と行きたくないって思ったんで! ビルの屋上でも充分高いんで!」
ジェットコースターでビビるような男が空を飛びたいと強く願い、その結果飛びすぎてしまい、もう高く飛びたくないと言い出す。
そうなった翔太を颯爽と助けに来たシルクは、ずいぶん高いところには慣れているらしい。
「翔太、あのビルの屋上に飛ぶのよ。自分の欲望をコントロールして、丁度いい高さに飛びなさい」
「わかったわかった。丁度いいところまで飛んで、その位置にとどまる意識をして、移動したいところまで並行移動な?」
「そうよ、また上空まで飛ばないでほしいかしら⋯⋯」
「根にもたないでくれよ! ごめんって!」
翔太は意識をそこそこ集中させ、さっきに比べたら低い場所に飛ぶイメージを浮かべ、地面を蹴ってジャンプした。
翔太の体は重力を無視し、さっきとは違う謎の浮遊感を感じながら、見事ビルの屋上へ到達。シルクが小さく見え、なにかしゃべってそうだが聞こえない。
「なんだ、上手くいくじゃない。ま、才能はそこそこってところかしら」
シルクは慣れたように翔太の元へ行き、翔太は高所からの眺めを堪能していた。
だがすぐに飽きてしまって、弁当を食べることに。
「やっぱり『おにぎりは女性が握った方が美味しい説』は当たってるのかな⋯⋯」
「女性が握ったおにぎりの方が美味しいなんて、食べ比べしてみたらわからないと思うけれど⋯⋯なんかいやらしいわね」
「いや、全然いやらしくねえよ!?」
このビルの屋上はシルクお気に入りの場所らしく、翔太が契約者にふさわしいかどうか見極めるときによく使っていたそうだ。ここら辺だと一番見晴らしがよく、かつ人が出入りしないのが気に入った理由だと言う。
二人で作った弁当を喋りながらゆっくり食べる。とても有意義な時間だ。
出会ったばかりの二人は、質問したいことが多く、会話が途切れることはなかった。特に翔太は食い気味でなんでも聞きたがるし、なんでもちゃんと聞く。
翔太と契約する前の契約者との生活を聞いたり、魔界での出来事だったり。魔法を使って、人にドッキリをしてみる話だったり。
出会う前のシルクのことを知れて、シルクのことをもっとわかることができた気がする。
だが翔太は聞くばかりで、自分の過去のことを喋れない。
まだ出会って間もない人に、重い話はできなかった。
とはいえシルクは過去を見ているため、話を聞かなくとも知っているのだが――。
「シルクって、なんでシルクって名前なんだ? 本名はシルバー・クイーンズなんだろ? 中途半端に名前から文字とってるようにしか思えないんだけど」
沢山の質問中。翔太がふとこのような質問をした。
それに対し、シルクは首を振って語る。
「なぜシルクなのかはわからないわ」
「でも」と言って、懐かしむような柔和な笑みで答えた。
「シルクはこのあだ名を気に入っているの。母様が、『貴方の髪の毛はシルクのように美しい髪ね』って言ってくれたから」
確かにシルクの髪は、綺麗と一言で済ましてしまうにはもったいないほど、美しく、ふわふわさらさらで、儚げで、透明感のある銀髪だ。
翔太の髪も銀髪だが、シルクの髪の毛に比べたら質もツヤも違う。
ブリーチをして髪の毛の色素を抜いているため、傷んでいるし、シルクの銀髪には到底叶わない。
翔太が自分の髪を触りながらそう思っていると、シルクはハッとしてなにか思い出したような表情をした。
その姿に既視感を覚えた翔太は、嫌な予感がする。
「そういえば完璧に忘れてたわ」
その予感は、シルクの一言によって確実なものになる。
「母様のところへ正式に契約を認めてもらうとき、契約に伴って翔太の髪は完全に銀髪になるわ。勿論別の髪の色に染めることは禁句。瞳の色も、今より一層シルクの瞳の色に近づく。あと、一緒に魔界へ行くことはできないから、別日に一人で母様のところへ行くことになるから覚えておいてね、って⋯⋯」
翔太、唖然。
そこそこ重要なことを契約する前に言い忘れるとは何事か。
翔太はもう決心しているため、契約を破棄することなどしようともしないし、できもしないが、髪色を頻繁に変えたい人にとっては苦痛であろう。
そして最後の言葉。
一人で魔界に行くことになる? 翔太はなぜ一緒に行けないのかわからないでいた。
「ツッコミどころ満載なんだけど、その一緒に魔界に行くことができないっていうのは、なぜだか聞いても?」
シルク。唖然。
重要なことを忘れていたシルクもどうかと思うが、翔太も忘れやすいようだ。
契約のデメリット欄に、「一緒に魔界に行くことができない」と記載されていたはずなのに、忘れている。
シルクは伝えるべきことを忘れていて罪悪感を覚えていたが、翔太も忘れていたことで少し安堵した。
「どうやら似たもの同士のようだけれど。魔界に一緒に行けないのは、契約においてのデメリットの影響よ。ほかのデメリットも忘れてないでしょうね? 二人とも重要なことを忘れて契約したなんて、ホント後先心配だわ」
「コンビ的には相性いいんだろうけど、重要な事忘れちゃうのはな⋯⋯大事なときに二人とも忘れててーなんてことが起きそうで怖いぜ。あ、今のはフラグじゃないぞ!」
「ふらぐってなにかしら⋯⋯」
「っまじか!」
唐突なフラグに、全てをもっていかれた感を感じる翔太だった。
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