第124話 霧雨の降る中……
◇ ◇ ◇
翌朝、いつも通り開門時間の六時に間に合うよう、二人して早めに起床する。
昨日のお昼過ぎから降りだした雨が気になって、外の様子をそっと伺ってみた。
ガラス代わりにスライム素材が嵌め込まれた窓は、割りと透過性が高い。夜明け直後でまだ少し薄暗いけど、『暗視』スキルのおかげで、霧のような小雨が降っているのがはっきりと見える。
「雨、止んでないね」
「う~ん、本当ですねぇ。でも、このくらいなら何とか行けそうじゃないですか?」
確かに、昨日よりずっと雨足は弱まっているようだけど……。
「じゃあ一応準備して、ラグナードとも相談して決めようか」
「そうですね。判断はベテラン冒険者さんにお任せした方がいいですし」
「うん」
そう言うことになったので、さっそく朝の支度をしていこう。
革鎧を着込み、魔鉄入りの短剣と新たに買い換えた万能ナイフをベルトに差してから懐中時計を懐に仕舞う。
「物理耐性+2上昇」「幻術耐性+3上昇」「MP全回復+2上昇」のブレスレットやペンダント型の魔道具が三個、きちんと装着されているかも確かめていく。
ベルトに取り付けた皮製のポーチの中には、ポーションが入れてある。劣化版の下級パワーポーションで、HP・MP回復効果のあるやつだ。
じわじわと効いていく魔道具や支援魔法と違って即効性が売りだけど、正規の物と違って効き目が落ちる。でも半額で買えるからいいの。回復率は変わんないし、回復速度が落ちるくらいだから。
「いつかは正規品のポーションを常備したいです」
リノも自分の分のポーションを確認しながら言う。
「お金に余裕が出来たらね」
「……先は長そうですね」
「まあね」
だって、正規品は一本600シクルだよ!? 日本円にすると六万円……お金のない冒険者にとっては、消耗品にこのお値段はキツいっ。安全に冒険するためにも本当はきちんと良いのを買っておきたいんだけどね。
そういうリノも準備が終わったようだ。
彼女の装備品は、元がほとんど中古品だった事もあってこのところ入れ替わりが激しい。
前衛だし、トレントとの連戦で無くしたり壊れたりしたものが多かったんだ。
革鎧や籠手、万能ナイフまでは手が回らなくてちょっとくたびれたのをそのまま使っているんだけど、メインの武器である投擲用の投げナイフや短剣は順次新調していっている。
他にも、以前私がゴブリンから奪った長剣も壊れたので、半剣と呼ばれる短剣と長剣の中間の長さの武器に買い直していた。
これは、刃渡り50cmほどの片手剣で、初心者にも軽くて扱いやすい。狭い場所での戦闘にも便利だからと薦められたんだよね。私もお金が貯まったら買う予定なんだ。
障害物の多い森の中で使うのにいい武器だし、買って良かったと本人も言ってた。でもさ、武器って高価なんだよ……。
そして、魔道具も高価だよね。リノが持っているのは、「幻術耐性+3上昇」のブレスレットと「MP全回復+1上昇」のペンダント、付与魔法の「物理耐性」と「俊足」が付いたブーツの三点。
これがあるおかげで、随分と冒険が楽になったんだけど、やっぱりお金が紙屑のように飛んでいったよね。
当然、正規品のポーションを買えるほど手元に残らないわけで……。
「私達って、ずっとお金がないって言ってますよねぇ」
「そうね」
「一日で結構稼ぐ時もあるのに……」
「うん」
「あっという間に、消耗品とか装備の新調費用とかに消えてっちゃうんですよ……」
「ねっ。携帯食とか、節約出来るところはちゃんとやってるのにね」
「ですよね? 私達なりに工夫して頑張っていると思うんですけど」
これ以上、どうすればいいのか良い案も浮かばず、二人してため息をついた。
「あっ、そう言えばローザ。雨降り日という事でひとつ、思い出したんですけど。確か以前、薬屋さんで言ってませんでしたっけ? ポーションの材料を持ち込みするなら、手間賃だけで引き受けてくれるとかなんとか」
「……そういえば、そんな風なこと言われてたかも」
リノに言われて私も思い出した。
雨には魔素が含まれている。だから雨降り後のたっぷりと吸いとっているであろう今日のような日は、普段より品質の良い素材が採取できる。ポーションに使うには最適だから、そんな日の薬草類の持ち込みを歓迎するって……言ってたね!?
なんで忘れてたんだろう?
「じゃあさ、今日はその事も含めてラグナードに相談してみようか!」
「それはいいですねっ。是非そうしましょう」
「うんうん。じゃあ、そろそろ下に降りよっか」
「はいっ。今日の朝食も楽しみですねぇ」
「ふふっ、女将さんのお料理はいつも美味しいもんね。何が出るかなぁ?」
私も最後に「物理耐性」と「軽量化」の付与魔法付きのブーツを履き、背負子を背負って部屋を出た。
ワンプレートに彩りよく盛られた美味しい朝食をしっかりと食べて鋭気を養った後、頼んでおいた昼食を受け取る。
女将さんがササっと包んで渡してくれた出来たての暖かいお弁当の中身は、パンの実に魔物肉と香草が挟んであるサンドイッチ風のものだという。う~ん美味しそうな匂いっ、食べるのが楽しみです。
雨対策も兼ねて外套のフードをしっかり被ってから、女将さんの元気な声に送り出されて宿を出る。
待ち合わせ場所の北門までは、こんな雨の日でもいつも通り早朝から屋台が開いていた。
毎朝、リノが購入するのですっかりお馴染みさんになったお店も多く、あちこちから陽気な声がかけられる。その中を挨拶を返しながら歩いていく。
彼はもう、先に北門前に到着していた。装備品がぐっしょりと濡れている。小雨降る中、随分とお待たせしてしまったみたいです。申し訳ない……。
「すみません、お待たせしました」
「いや、大丈夫。俺も来たばっかだから」
「……うん。ありがと」
ニカっと笑って何でもないことのようにと言ってくれた。
多分だけど私達が女の子だから、初めから待つつもりで早く来てくれてたんだろうな……優しいよね、ラグナードって。
気遣いが嬉しくてニマニマしそうになる顔を引き締めながら、今日はどうしようかと相談する。
すると彼から、空が明るいのでこの雨は長引かないと教えてもらったので、いつも通り北の森に行くことに決めた。
そして私達の希望を叶える形で採取中心に、ポーション用の素材集めと茸狩りをすることも了承して貰った。
「まあ、場所は分かっているしな。じゃあ、今日も無理せず行こうかっ」
「「了解!!」」
――北の門を抜けると、様子が一変していた。
森の中に入る手前の街道近くまで、今まで見たことないくらいびっしりと水白茸が生えていたんだ。そのせいで、辺り一面がまるで雪が積もったかのように真っ白になっちゃってるんですけど……何だこれ。
確かに昨夜は少し多目に雨が降っていたけど、それにしても多いよね?
『異世界知識』にもあったけど実際に見るとこんなになっているのかぁ……。
所構わずニョキニョキと生えまくっているのに、リノやラグナードは全然驚いていない。この世界にとっては普通の光景なんだろうな。
開門と同時に飛び出していった地元の人達が、さっそく水白茸を採取しはじめているし、町近くの森へは、他の冒険者パーティーや猟師さん達が次々と入っていっている。
それを見て私達は、彼等と狩場が被らないように遠くへ移動することにしたんだ。
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