第27話

 空が微かに青いが、まだまだ日が昇ろうとしている時間。俺たちは、外にでて馬車の前で待っている。ユカリも眼を擦りながら欠伸をしているが、それを見られて背筋を伸ばし誤魔化す。

 ここに来た時と同じ馬車は、四台の内三台は既に出発をしていた。

 そして、コベソが、マントを羽織り支店から出てきて、馬車の中にいるトンドと俺に話しかけてくる。


「この時間に出ればこの街から出れるな」

「だが、妙だな。 衛兵やら城の兵士が見回りに来ないなんて」

「騎士団長も亡くなり聖女は動けないし、あの瓦礫だ。 死んでいるかもしくは、あの人数しか城の中を守っていなかったのかだな」

「城には入れないのかもな。 城門の衛兵やら見回りの兵士は。 でも好都合じゃないか」

「そうだな。 良し、乗って出してくれ」


 俺たちを乗せた馬車は、ゆっくりとこの街の門へ進む。厚く高い壁の門を潜り抜けると衛兵の一人が御者に「早いな。気をつけろよ」と声をかけ何も確認せずそのまま通り抜け、次第に速度を上げ進む。


「先に行かせて正解だな」

「確かに。 この四台目も荷物だと思ったんだろうな」

「交代の時間に通れば、検査しないからなアイツら」

「このままマナラに向かって、その先にある国境のゼレヌに戻るぞ」

「そんな所まで。 一日かかるじゃない! 戦争始まってるでしょ」

「国境付近で、そんな直ぐにおっ始めないさ」

「なんでそんな事わかるの!?」

「人と人の戦争なんて無いからな。 直ぐに始めんだろ」

「コベソ、楽観的だろ」

「そ、そうですよ」

「ウチとしては戦争してもらった方が稼ぎ時になるしな」

「まぁ、そうだが。 それを待ち望みたくないな」

「俺だってそうだ。 人が死ぬのなんてまっぴらゴメンだ」


 一日かかると言っていたが、二日ぐらいかかるんじゃないのか?


「コベソ、マナラ向かう時に騎士団に連行されたんじゃなかったか?」

「――――あっ。 ハーデスさんそうです。 一日と半日位かかるか」


 後頭部を掻き照れながら返答するコベソも誤魔化そうとすると、慌てふためくユカリは、項垂れて呟くとそれを見たペルセポネは、真顔でユカリに目を合わす。


「間に合わない。 どうしよう」

「どうする必要も無いんじゃない?」

「え? 助けられる命があるのに、必要無いってどういう事です?」

「人同士の争いを止めるのは勇者の役目? 勇者であるユカリの役目は、魔王を倒して魔族から人ぞを守る事だし。 その人族が勝手に起こし、人族同士でする戦争を、止める必要なんて無くて?」

「――――人族を守るのも勇者としての役割だと思うんです」

「魔族から守るのが本来の重要な役割でしょ。 勝手に戦争始め攻めてくる人族と、同じ所を攻めてきた魔族。 ユカリはどちらかしか選べないとしたらどっちを倒すの?」

「……魔族」

「その選択に迫られたら魔族を選ぶって事でしょ。 やはり、勇者として役目であって人族から人族を守る役目では無いじゃない」

「助けられる命を、救うのは勇者として……」

「そうだと思うわ。 でも戦争を起こす奴もそれを反撃する奴も勝手に戦争させて滅べば良いのよ。 巻き添え食らう人々は悲惨だよね。 でも、それを守るのが勇者じゃないの?」

「確かに、そうですね……。 ですが、戦争を止めれば、兵士にだって家族は居ますし。 家族を失うのはやはりツラいでしょ?」


 戦争を阻止したいユカリの熱意に負けたのかペルセポネの言葉に疲労感が隠る。


「そうなるけどそんなの偽善だわ。 戦争なんて意見の相違やぶつかり合いで発展する物の一つだし、相手を憎んだり恨んだりとかで殺人するのも良くないわね。 戦争を免罪符にし殺人をするのも悪いけど、やはり命を奪うのは良くないわね」

「ですよ。 やはり殺すと言ぅ……」


 ペルセポネは、自分の顔の前に手を出し、やっと理解して貰ったと笑顔で話すユカリの言葉を遮ると、そのまま寝てしまったのか目を閉じていた。


「ふぅ。 そう言っていると命を奪われるのよ。 相手は私の命を奪いに目の前に来ているのだから。命を救いたいから自分は命を落とすの?」

「……いいえ」


 ユカリは、言い換えそうにも返す言葉を無くして沈黙し言葉を探して居そうだが、再び言い返すと繰り返してしまいそうで、そのまま黙ってしまったようだ。

 それでも、馬車の車輪は街道の小石を弾き、揺れながら先に進む。



 マナラの街に着く前には既に日が沈み、俺たちは野営をし夜を明かす。

 俺たちは、ユカリの希望通りマナラの街は、ゼレヌと大差ない街並を馬車を停めること無く素通りし、そのまま門を突き抜ける。この先にあるセレヌの街へ向かう街道は、マナラの街に来る前の街道と同じく舗装はされているが、軽く砂埃を舞わせ小石を乗り上げては小刻みに揺れながら進む。

 少し経つと、御者は、慌てふためいて「会頭、進行方向に人影が。しかも多い」とコベソに声を掛け、目を大きく見開いたコベソが、慌てながら御者の座っている所に移り、目を細めながら前方を見渡すとその人影は、揺らめく陽炎が蜃気楼を作り、更に人影が見える。


「ただの蜃気楼じゃないか?」

「でも、あんな人影うじゃうじゃと、蜃気楼って事あります?」

「ちょっと待て。 止めろ」


 御者は、手網を引き馬車の進行を止めると、コベソは、身を乗り出し蜃気楼と思う沢山の人影を凝視するのを俺たちは、ただ黙ってコベソの後ろ姿を見つめる。


「あれ、人だな。しかもカツオフィレの軍だぞ」

「本当か?」

「あぁ、十万?そこまでじゃなさそうだけど」


 トンドも身を乗り出し、ユカリも隙間から覗き込み遠くにある人影を凝視する目は、微かに青く光る。


「戦争終わってしまったんですかね?」

「わからん。 だが、このままではアイツらと合流していまう」

「おい、このまま進め。 ゆっくりだ。 むしろ身を隠そうとすると怪しまれる。 堂々と行けばいい」


 コベソは、歯を輝かせ凛々しい顔立ちを装って遠くを見ていると、慌てふためいていたトンドとユカリは、納得したのか頷いている。

 馬車は、人が歩くような速さで進んでいるが、次第にガツオフィレ軍との間が縮まっていき、こちらに指をさす先頭にいた兵士に発見され、更に奥に馬に股がった所々破損している西洋甲冑の騎士が現れ、俺たちの方に近づきながら大声で尋ねてくる。

既に、中に入っているコベソ達だが、御者の後ろで待機し聞き耳を立てて伺う。


「そこを止まれ!! 旅の者。 我らはカツオフィレの軍にあるぞ」

「なんでしょうか? 騎士様」

「我が王からで、飲み物と食べ物何かあれば全て寄越せとの事だ」

「ええ、ですが我らも出てきて全ては無理なのですが」


 コベソが裏から御者に言わせているが、尋ねてきた騎士が、軍の方へ振り向くと、もう一人騎士団長と思える騎士がやってくる。その騎士は、鎧を付けた馬に股がって、装飾されたマントを羽織り最初に来た騎士とは違う鎧を付けている。

 一目で、騎士団長と分かるのは、第八騎士団長バクムと同じ鎧だからだ。


「私は第六騎士団長フーラだ。 全て寄越せと王からの命令だ。 この国にいる以上その言葉は絶対と知れ」

「わ、分かりました。 出しますので、どの様に?」

「では、あの場所まで来い」

「はい」


 第六騎士団長と先に来た騎士と共に馬車を進め、到着すると直ぐに補給用の馬車に荷物を運び出す。

顔を隠すため頭巾を被ったトンドとユカリも、荷物を運び出すのに御者を手伝って、その荷物を運び終えると御者は、第六騎士団長に頭を数回下げながら「これが全てです」と伝えていた。

 それを聞いた第六騎士団長は、奥にテントのような幌で三頭も馬が繋がっている馬車へ向かって少し経つと戻ってきた。


「ふん、王の許しを得た。『これからも我が国に尽くすが良い』とお褒めの言葉だ。 さぁ、立ち去るがいい」


 用が無くなると俺たちを邪魔者扱いをする騎士団長と次々に城へ進むボロボロになっている騎士と兵士達。

 彼からが居なくなるのを見届けて、俺たちもセレヌに向かう。


「お嬢ちゃん。 さっきカツオフィレ軍とすれ違ったって事は……」

「そうですよ。 だから早く出ましょうって言ったのに」

「そうだったな。 でもなんであんなにヨレヨレ何だ、アイツら?」

「それよりも、戦争で亡くなった人達の事を思うと」

「でもな……。 どうよコベソ?」

「確かにおかしいが、騎士団は八まであるのか?」

「支店長が、あると言ってたな」

「騎士団長っぽいのかレベルの高い奴は、確かに七人程いたな。だけど兵士がズタボロだし騎士もだろ」

「確かにだな。 そんなに激しい戦争だったのか?」


 首を傾げそれを返答としたトンドだが、俺とペルセポネは、その推測をただ聞いていただけだ。


「行けば分かりますよ。 早く行けばー」

「お嬢ちゃん。 何度も言うなよ。セレヌの街を外れた国境の草原地帯に向かってくれ」

「会頭、でも食材やら無くて大丈夫ですか?」

「それは、心配ない。 戦場に向かうんだこういう事あると思って準備してあるから! 進ませてくれ」


 俺たちを乗せた馬車は、勢い良く加速しセレヌの街が見えたと思ったら、そこから街道から逸れ遠くに見えていた山の方を目指している。

 着いた草原には、兵士や騎士の死体が至る所にあり、戦争の悲惨さ激しさが物語っているようだ。

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