第161話 討伐、そして勇者逃亡。

第161話 討伐、そして勇者逃亡。



「うーん、そろそろ来そうな感じかな?」


 周囲に漂う空気を感じながらそんなことをつぶやく。これに答えたのはミルテアさんだ。


「うううっ、すっごくおっかない気配がしますー」


 そう言ってあと退り、パーティーメンバーに押しとどめられて押し出される。

 押し合い圧し合いしているからオッパイがプルンプルン揺れてなかなか壮観だ。


「エロゲーじゃない。普通のゲームでお色気担当がオッパイを披露する感じのやつだ」


 その姿をみてマーヤさんが感想を漏らした。

 この子は本当に守備範囲が広いな。


「よし、じゃあもう一発【天より降り注ぐ存在もの】起動」


 ここは5階層だ。迷宮なので出てくる敵は階層を進めるたびに強くなる。

 5階層は大型動物のホネホネ獣とか出てくるのでそれなりに強くはなっているのだと思う。


 俺はそのうちの一体。象っぽいアンデットに天より降りそそぐものを連発していた。

 空中に魔法陣が浮かび。そこから黒い光が雨のように降り注いでくる。


 それを受けたアンデットは一発で死んだ…りはせずに黒いもやをまとって元気になっていく。

 骨も黒くなったような気がする。


 それがホネホネ的にも心地よいのか、こいつらは基本動かずに攻撃を受けているのだ。

 そしてより強い闇の気配をまとっていく。


 うーん、失敗したかなあ…

 なんて思うが顔には出さない。


 これは件のモルスネブラをおびき寄せるために闇の魔力、死の気配を強くしようと闇属性の魔法を使うことを思いつき、天井が高い第5階層で【天より降り注ぐもの】を連発しているのだが…目標にスケルトンを選んだのは失敗だったかもしれない。

 あんまり強力なスケルトンが誕生しては本末転倒だしな。

 そろそろ一回倒して別の方法を…


 そう思ったときに黒い骨象にかぶさるように白い霧が沸き立った。


「おお、うまくいった。

 やはり死属性魔力でも引き寄せられてくるか」


 死神の爪が閃き、骨象がばらばらに砕かれていく。そして骨象の纏う黒いもやはモルスネブラの口に吸い込まれていくのだ。


「よし、シアさん、連射!」


「はい」


 シアさんが指示に従ってAUGを構え連射を開始する。

 今回シアさんが使っているのは属性を聖属性でもなく死属性でもないものにした普通のマガジンだ。

 まあ、これが関係あるのかはわからない。

 分からないが俺が戦ったときとできるだけ状況を近づけるためにあえてそうした。

 意味がなかったらただのゲン担ぎにしかならないが、まあ、それもよし。


 とにかく銃撃を受けている間はこいつは動かない。それを信じてすぐに【地より沸き立つ存在もの】を起動させた。


 今度は地面に白い魔法陣が広がり、しかしモルスネブラはしびれたようにハガハガ言うだけで逃げなかった。

 そして魔法がさく裂。


 ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ…


 不気味な声を残してモルスネブラは消滅していった。

 あとには前回と同じように、いや、それよりも立派な魔石と刃物のように鋭い爪が残される。


「よっし、討伐成功」


「えっと、これで終わり?」


「やっぱりアンデットは相性だと思う」


 まあ、確かにそうだね。


「でもこれが最後の一匹とは思えない」


「いや、マーヤさん、そういうお約束はやんなくていいと思う。でもまあ、これで出現条件は確定したから、アンデット退治には浄化。浄化。浄化に清き一票を。というかやれ。ということで」


「うん、おそらくそれでもう出てこない。もともともういないかもしれない。ギルドに徹底させればいい」


 それで冒険者がおとなしく従うかは別問題だけど、いうこと聞かずに出くわしたらそれは自己責任だ。

 それに討伐方法も確立するだろうし、何とかなるでしょ。


「はい、というわけで撤収」


 全然出番がなかったーとか言う人。

 あんな化け物がこんなに簡単に…とか言う人。

『きゃい、うー』とか愛想を振りまく人。

 よくわからん集団は一路地上に帰っていくのだった。


■ ■ ■


 そしてギルドで報告をしたら愕然としている人が一人。

 エサイアスさんだ。


「ありゃりゃ、あの人のことをすっかり忘れていたよ」


 討伐方法が推定できたから迷宮に直行してしまった。考えてみたらもう少し政治的に使った方がいいかもしれなかったな。


「まあ、仕方ないさ、エサイアス様はもう死に体だから」


 ギルマスのセリフに首を傾げる俺。


「何かあったの?」


「いやね、勇者が逃げてしまったんだよ。

 一応監視役はつけていたらしいんだが今日、遺体で見つかったよ。

 報酬も持ち逃げだ。

 それ以前にかなり金をかけていたからな」


 うんうん、公爵家の金を湯水のごとく使っていたからな。


「それでご老公の部下という人がいてな。すぐに報告に出向くようにと指示を受けていた。

 当たり前だが、ご老公の手のものに監視はされていたようだね」


 なるほど、それはご愁傷様。

 はっきり言ってあの人の目とかどこにあるかわからんな。


 でも勇者いなくなったのは多分俺の所為だよな、あのおっさんが報告したか。

 それとも何かを察したか。

 どちらにせよ素早いな。


「それで勇者君は? 行方は分からんの?」


「ああ、それらしい兆候もなかった。いきなりいなくなってたんだ。

 買い物の動向とか気にしていたんだが、全く気取られずにいなくなるとはなかなかやるな。

 さすが帝国というところか」


「ふーん、意外と有能だったのかな? 見た感じバカっぽかったけど」


「ひどいな」


 だって事実だし…

 まあ、これで俺の方はいいだろう。一応痛い目見せたわけだし依頼は達成ということで。

 ひとまず家に帰って、あとは帝国に潜入だな。


 ミルテアさんたちはどうするのかな?


 え? しばらくここで稼いていくって?

 まあ、もともと浄化型の戦闘スタイルだから問題ないと思うな。


 あっ、討伐の報酬は半分もらってね。


■ ■ ■


「畜生、なんで俺がこそこそ逃げないといけないんだ?」


「シュバルツ様。ここはがまんしてください。エンツィアン様が打たれたとなれば勇者様とて油断はできません。

 また迷宮で会ったときの状況から多勢に無勢。

 万が一にもシュバルツ様の身になにかあれば帝国の未来に暗い影を落とすことになります」


「うーん、まあ、そういうことならなあ…しかしあのライフル惜しかったなー。あれは…」


「はい、全くです、あれが手に入れば帝国の戦力も大きく発展したとおもうのですが…」


 そんな会話をしながら勇者一行は普通に街道を進んでいた。

 別に指名手配とかされているわけではないのでかまわないのだ。

 かなりのものを持ち逃げしているが、それで手配がかかるにしてもまだ少し先になるだろう。


 その間にキルシュ公爵領を抜けてしまえば大した問題はない。

 一応王国として共通の法はあるが警察組織などは縄張りがあって領境を超えるといろいろ面倒なことがある。

 隣の量に逃げ込んでしまえばキルシュ家は手を出せないだろうという推測だ。


「とりあえずいったん帝国に帰りましょう。船に乗ってオルキデア公爵領に入ればひとまずは心配いりません」


「うー、まあそうだな。ケチもついたし仕切り直しか」


「そうですね、それがいいと思います」


「よし気を取り直していくぜー」


 だが…


「ひうっ」

「ああっ」


 いきなり連れの何人かが腰が砕けたようにへたり込んだ。


「嫌なにおいがするから降りてみたが、勇者か…まあ、こいつらには独特のにおいがあるからな。

 にしてもこの辺りで勇者か。

 ひょっとしておれの弟を殺したやつだったりする?」


 それは空から舞い降りてきた。

 全長は3mを優に超え、体はゴリラ、頭は鴉、足は猛禽の爪を持っていて背中に大きな翼をもっている。

 腕は巨大で剛腕というにふさわしく、しかしまるで甲殻類のように装甲に覆われている。

 爪も推して知るべしだ。


「カラスゴリラ…」


 勇者が呼んだその名前はくしくもマリオンが昔、似たような存在を呼んだその名に等しい。

 正確にはウインザルと呼ばれる魔族だ。


 ウインザルはゴリラのように両手をついてのしのしと歩いてくる。

 それだけで神官の女性は失神し、剣士の女性はへたり込んだまま地面の色を変えている。


「答えると言い、勇者」


「ふっ、ふふふふふっ、ふざけるな、俺はクラナディア帝国でその人ありといわれた勇者シュバルツ様だじょ。バッ化け物なんかに…」


「ん? 帝国…うーむ、帝国か、あいつを怒らせるのはまずいか…うまそうだったのに…」


 そこで烏の目はそこにいる人々を見回した。無機質な瞳が一人一人をなめるように見る。


「その死にかけもらっていいか? 肉が柔らかそうだ。食うとうまい。きっと。

 焼き肉するのだ」


「どどどどどっ、どうぞ!」


 ウインザルが指示したのは神官の女性。

 シュバルツは一も二もなく彼女を差し出した。


 片足をつかんで少女を持ち上げニタアと笑う烏の顔。

 笑うのに向いた構造とは思えないのに確かに笑ったのが分かった。


 全員がおぞけを覚えた。


 だが事態はさらに混迷する。

 圧倒的な強者であるはずの魔族が何かにおびえるようにして挙動不審になったのだ。


「うおおっ、なんだこれは、この気配は…ドラゴンの気配ではないか…ぐぬぬぬぬっ、これはかなりの上位龍か…

 仕方ない、いったん退散だ…

 お前手土産くれた、いいやつだ。帝国の勇者。

 いつか、お礼するぞ」


 そう言うとウインザルは飛び立ち、あっという間に見えなくなった。

 人一人ぶら下げているとは思えない飛翔だった。


 そう、ウインザルの気配に気が付かなかったのではないのだ。

 気配に気づく間もなく接近されたのが正解だった。


 勇者シュバルツはその後仲間に白い目で見られることになるが、誰も表立っては何も言わなかった。

 誰もみな、自分が犠牲にならなかったことを心のどこかで喜んでいたから。


 その後ウインザルが言ったドラゴンというのも姿を見せることはなく。勇者たちは無言のまま急いで道を進んだ。

 今は本気で全員が『この地は鬼門』という印象を持っていたのだ。


 こうして勇者のコウ王国でのお披露目は何の成果を上げることなく、しかも多くの仲間を失うという形で幕を閉じだ。


「くそう、早く帰りてえ…」


 交通機関が発達していないこの世界ではなかなかに大変な道のりだったりする。

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