第57話 密猟と裏ギルド

 第57話 密猟と裏ギルド


 最後の一匹が戦況を見極め、すたこらさっさと逃げた後、その場所には弛緩したような空気が広がっていたる

 まあ、一仕事終わったね♡ みたいな空気だ。


 だがさすが護衛の人、シオンさんとカンナさんは周辺警戒を怠らない。

 ネムも同様に警戒を怠らず、でもこの三人は自然体だ。


 俺も気を引き締めなおすが自然体とは…とても言えないな。

 そんな中、空気を読まないバカが一人。


「やいやいてめえら、なんてことをしてくれやがる」


 冒険者たちの中で一番偉そうな、というか一番いいものを身に着けた男が食って掛かってきたのだ。

 魔物を撃退できておめでとうなところなのにこいつ何をいっているんだ?


「てめえらが余計なことするからせっかくの獲物に逃げられたじゃねえか、あの極光鼬の子供を手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってやがる」


 なんて寝ぼけたことをほざく。

 そもそも全滅しかかっていただろうに。


 元気なのはその男だけで後の三人はへたり込んでいた。


 位置的に俺が一番近くにいるから反論するのも俺か?


「寝ぼけたことを言うな、そもそもか…のじょが助けに入らなかったらお前たち全滅していただろう?」


 正論である。

 だが正論は無視された。フレデリカさんに。


「シオン、確保」


「はっ」


 フレデリカさんの命を受けて動き出したシオンさんは男の腕をひねり上げ、あっという間に動けなくしてしまった。

 ちなみにこいつは逃げてきたやつじゃないよ、後ろにいた奴。


「ずだだだだだだだっ!」


 関節が決まっているようだ。軽く手を添えているだけに見えるのに男は悲鳴を上げてうずくまっている。

 しかしなぜこんな展開に?


 フレデリカさん男の前に進み、男の顔を上げさせてこう聞いた。


「あなた方、密猟者よね?」


 ◆・◆・◆


 密猟者。


 この世界には魔物がいるわけで、その魔物を狩るのが冒険者なわけだが、すべての魔物が討伐対象というわけではない。

 例えば輓獣や騎獣として使役されている戦馬バトルホース類や象に似たマストドン。ラプトル類なども魔物だったりする。


 こういう魔物は意外と種類も多くて、上記の魔物などは牧場で飼育繁殖されていたりする。


 あと愛玩用にかわいらしく無害な魔物を飼うような人もいるし、騎士や貴族の中には貴重な騎獣、例えば空を飛ぶ虎に似た魔物【騶虞】などを使役するものもいたりするのだ。


 そしてそういう魔物を捕まえる仕事などもあったりする。

 もちろんやるのは冒険者のそういうグループだ。


「ねえ、冒険者さん。魔物捕獲には行政の発行した許可証が必要なの知っているわよね?」


 にっこり笑うフレデリカさんにその男は目をそらした。

 残りの三人もすでに拘束され、正座させられている。こちらは気まずそうにうつむいた状態だ。


 こういった魔物捕獲人は許可制で、冒険者ギルドが承認し行政が許可を出したものしかその仕事をできないことになっている。

 なぜならば魔物を生きたまま捕まえるというのは相応に危険であるし、魔物を街中に入れるという行為はそれだけで危険だからだ。


 昔、ルールが定まっていないころ、町に持ち込まれた魔物でたくさんの被害が出たというような事案が多々あったらしい。


 だからもちろん持ち込める魔物も制限されている。

 いろいろな角度から検討し、国がこの魔物なら大丈夫と判断した魔物が家畜、あるいはペットとして町に持ち込める魔物なのだ。


 まあ例外はあるらしいが、それも個別に許可登録が必要。


 当然魔物捕獲人がとることができる魔物は許可のある魔物に限定されるわけで、取り扱いに関してもいろいろ決まりがあるらしい。

 にもかかわらず。


「あの極光鼬は持ち込み禁止の危険魔物のはずよ。あれを町に持ち込むこと自体が密輸で結構罪が重いのよね。

 あの極光鼬の危険度Ⅳですからね、持ち込むだけで終身刑。

 場合によっては極刑よね。

 ご家族も大変ね」


 後ろの三人はだらだらと汗を流したり真っ青になったりと状況が理解できているようだ。


 だが一人だけそれを認めない。


「それはもちろん知っているさ。だが今回は特別だ。特別に御上の許可をもらっているんだぜ、ほれ、これを見ろよ。

 なんとキルシュ公爵様のサイン入りだ。

 これがあれば極光鼬でも町に持ち込めるって寸法よ。

 恐れ入ったか? ざまみろ婆」


 フレデリカさんはその許可証をひょいと取り上げて、にっこり笑う。


「てめえ、なにしやがががっ!」


 堪忍袋の緒が切れたというやつだな。シオンさんが鬼の形相で男の顔にけりを叩き込んだ。

 シオンさんはカンナさんに比べれば軽装だが、それでもしっかりした硬質な装甲ブーツは履いている。

 顎ぐらい砕けるんじゃないか?


 そして男に聞こえるように声を上げる。


「キルシュ前公爵様。これは?」


「もちろん偽物よ。ここベクトン周辺はこの私の統治下におかれているの。

 ここではどんな許可も私の名前で行われるわ。

 もちろんこんな許可証を発行することはありません。

 息子もね」


 威勢の良かった男はピタリと停止した。

 自分が何をやっていたのかやっと理解したのだ。


「さて、お前ら、お前らは危険な魔物の密猟、、密輸に手を染めた。

 れだけでも厳罰はまぬかれない。

 にもかかわらず公爵様の名をかたり、しかも許可証まで偽造している。

 なかなか大したものだ。ここまで自分と家族の命を捨ててかかった捨て身の犯罪というのはなかなかお目にかかれない。

 もちろん我々はお前たちの希望を叶えるだろう。

 極刑というのはなかなかに久しぶりだ」


 シオンさんの威圧感がすごい。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「おゆるしくださいぃぃぃぃぃっ」


 冒険者三人は矢も楯もたまらずに泣きわめきだした。

 気持ちは分かるかな。


 土下座というか自分の頭を地面にがっつんがっつんたたきつけて許しを請う。

 あるいはフレデリカさんを拝んで泣く者もいる。

 そして口々に自分のしっいる限りのことをわめき続けた。


 その結果。


「つまり密輸をやっている組織があるわけね。

 後、裏ギルド、出てきたわね」


「「はい」」


 裏ギルドというのはまあ冒険者ギルドのようなものらしい。ただ請け負う仕事が後ろ暗いものばかりであるらしい。

 裏の冒険者ギルドという意味で裏ギルド。


 平たく言えば盗賊ギルドのような犯罪者ギルドなのだが、その仕事は幅広く、はっきり違法と言えないようなものも多く、そのせいもあって今回のように普通の冒険者まで参加するような状況になっているということだった。


 つまり本来は社会秩序の味方であるはずの冒険者が中立になってしまったために取り締まりがうまくいっていないのだそうな。


「それに今回のことでわかるようにね、近頃はやることが見逃せないようなものも多くなってきて。

 でも組織自体があやふやでつかみどころがないのよね…」


 その裏ギルドがシッポを見せた。


「さて、詳しいお話を聞きましょうか?」


 フレデリカさんがにっこり笑った。こええ…まじこええ…


 ◆・◆・◆


 というわけで偉い人ってのはマジすごかった。と報告をさせてもらう。


 この世界には神様がいるわけだが、神様の使徒、つまり神官でないと使えない魔法というのがある。まあ神聖術というやつだ。

 ミルテアさんの回復魔法とか鑑定魔法とかもこれに当たる。


 神様との契約によって使えるようになる魔法と言い換えてもいいかもしれない。

 神様に対して戒律を守ることを誓い、その代わりにその力を授けてもらう。


 一言でいえばそういうことなんだが、やはり簡単でなく、まじめに神殿で修業しないといけないという部分はある。

 うん、修業してこの神聖術が使えるようになって初めて神官として認められる。

 また戒律を破るとこれは使えなくなってしまうらしい。


 そして神聖術の中に【聖約】という魔法がある。

 これは神様の力で無理やり約束を守らせる魔法といっていいだろう。


 どうしてもお互いに履行したい契約とか、破られては困る契約とかに使われるもので、神殿に出向いて神様を仲介して契約をする。形としては相手と契約するのではなく神様相手に個別に契約をするという形らしい。つまり契約を破るというのは神様との約束を破ること。

 キッツイ天罰があるそうな。


 さて、なんでこんな話をするかというとフレデリカさんもこの【聖約】を使えるからだ。


 貴族のたしなみとして若いころ神殿で修行するというのはよくあるらしい。そしてそのまま家を継ぐと神聖魔法のいくつかをそのまま使うことができる。

 なので今回フレデリカさんは【聖約・嘘ついちゃダメ】を発動したのだ。


 これは強制的に嘘をつけなくする術だった。

 嘘をつくとものすごい不快感に襲われるらしい。


 いやマジで。


 冒険者のリーダーだった男は一度うそをつき、数分間のたうち回った後、結構正直にお話をしてくれた。

 それでもどうしても隠しておきたいことがあったとき男は黙秘する。この時に尋問の仕方が変わった。

 返事をしない場合は肯定とみなすと宣言した後、細かい具体的な質問を繰り返すとごまかしきれなくなってまた七転八倒。


 これは先ほどよりもながく十数分。


 終わった後男は白髪になり、そのあとは何もかもを素直に吐くようになった。


 で、少々まずいことが発生。


「つまり、こいつの仲間、事情を知っている奴がひとり先に逃げて町に向かったと…」


「ほかにも三人ほど逃げ出したらしいけど、問題はこのライルという男ね。裏ギルドの正式なメンバーみたい。

 これが町についてしまうと裏ギルドの連中が逃げてしまうからもしないわ」


「せっかく拠点のいくつがが判明したのですからここは確実にたたきいところです」


「というわけで申し訳ないけど、これ以降は休みなしの強行軍になります。ライルという男は騎乗用のラプトルに乗って逃げたそうだから、この魔道車で飛ばせばギリギリ間に合うかもしれないわ」


 なるほど…


 ネムがちらちらと俺を見ている。気が付いたな。


「フレデリカさん、私ってば空飛べますよ。ベクトンっていうのは乗合馬車で二日ぐらいの距離なんですよね」


 この世界の馬車は動きがいいみたいだから一〇〇kmぐらい。魔動車で半日ぐらいは来ているからあとは七〇kmぐらいか?

 飛べば三〇分だね。

 その話をしたら。


「あらあら、だったらお使いに行ってもらおうかしら」


 フレデリカさんがにっこり笑った。


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