第8話.占い
耳が尖っている人たちが、本当に存在していたなんて……僕は驚きを隠せなかった。しかし次の瞬間、それがちょっと失礼だということに気付いた。
「……すみません。僕は田舎者なんで、ちょっと驚き過ぎました」
「結構ですよ。それより、せっかくだから占ってあげましょうか」
エルフ族の女性は魅力的な笑顔を見せた。
「いいえ、僕は……」
「アルビンさん、でしょう?」
「どうして名前が分かるんですか?」
「それはもちろん占い師だから……と言いたいところですが、実はさっき見たんです。弓術の試合」
「そうでしたか」
不思議な気持ちだった。いろいろ噂されているあのエルフ族と、こうして会話することになるとは。
「ふふふ……私はエルフ族だけど関係した男を殺したりしないし、ばれない毒も使わないし、子供たちも拉致しませんよ」
女性はまるで僕の心が読めるようだ。僕はどう対応すればいいのか分からなかった。
「困らせてしまってすみません。私はただのしがない占い師、と言いたかっただけです」
僕が困っていると女性が真面目な顔で謝った。僕は首を横に振った。
「いや、こちらこそすみません。エルフ族を見るのは初めてなんで、ちょっと失礼な態度を取ってしまいました」
「ふふふ、面白い方ですね」
女性から面白いって言われるのも初めてだ。
「私はミレアと申します。初めまして、アルビンさん」
「は、初めまして、ミレアさん」
ミレアさんが両手を胸の前で合わせて頭を下げたので、僕も急いで挨拶を返した。
「ふふふ……私は普段都市で仕事をしていますが、この村がとても平和だと聞いて訪ねました」
「僕は都市に行ったことがありません。多分都市と比べたら、ここはつまらないでしょう」
「いいえ、村のみなさんが親切で感動しました。祭りも活気があって楽しいです」
「楽しんでいただけて何よりです」
若い女性とこんなに長く会話するのは、何か久しぶりだ。しかもこんな美人と。
「それで、せっかくだから占ってみませんか? アルビンさんの運命を」
「占いは……別に信じていませんが」
「信じなくても面白半分で」
確かに面白半分で占ってみるのも悪くはないだろう。それに、屋台に書かれている料金も安い。よし、ここはミレアさんの儲けに協力しよう。決してミレアさんの美貌に惑わされたわけではない。
「分かりました。占ってください」
「かしこまりました。では、少々お待ちを」
ミレアさんは屋台の上に何十枚のカードを並べた。それはおっさんたちが博打で使うカードとは違うものだった。
「これからあなたについて簡単な質問をしますので、軽い気持ちで答えてください」
「はい」
ちょっとドキドキしてきた。しかしそのドキドキは……早速驚きに変わった。ミレアさんの雰囲気がいきなり変わったのだ。まるで別人になったような……そんな気がした。
「……お前の名前は?」
「アルビンです」
「お前の歳は?」
「17歳です」
「お前の生まれた月は?」
「3月です」
答えを聞いたミレアさんは手を伸ばして、一枚のカードを裏返した。そのカードには……蝶が描かれていた。
「お前は変化を望んでいる。自分の人生の変化を」
ミレアさんがまた一枚のカードを裏返した。今度は美しい女性が描かれているカードだった。
「その変化はいずれある女と共にやってくる。覚悟を決めたほうがいい」
また一枚のカードを裏返した。今度は山の絵だ。
「しかしその女は変化と共に試練をもたらす。それでお前には苦痛と苦悩が続く」
ミレアさんがもう一枚のカードを裏返そうとした。だがその時、屋台の屋根についていた松明から火花が落ちた。
「ミレアさん!」
僕は素早くミレアさんの手を退けた。それで彼女は無事だったが、彼女が裏返そうとしたカードに火がついてしまった。
「そんな……!」
ミレアさんはそのカードを取って地面に投げた。火はすぐ消えたけど、カードはもう焦げてしまった。
「大丈夫ですか? ミレアさん」
「私は大丈夫です。しかしまさかこんなことが……」
彼女は凄く驚いた顔だった。僕は地面に落ちたカードを拾い上げて渡した。
「運悪くカードが焦げてしまいましたね。ミレアさんの商売道具なのに……」
「いいえ、これは運なんかではありません」
「はい?」
「今のは……あなたの運命が私の占いを拒否した結果です。こんなことは……私も初めてです」
ミレアさんは僕をじっと見つめてから、焦げたカードを裏返した。そこには……男女二人が描かれていた。
「これは恋、または安寧を意味するカード……しかしあなたの運命は自らその予言を拒否しました。明らかに普通の人の運命ではありません」
その説明に僕は思わず苦笑いをしてしまった。
「僕はただの羊飼いです。そんな凄い運命の持ち主ではありません。占いも面白半分でしたし」
僕は懐から硬貨を持ち出して、ミレアさんに渡した。占いの料金だ。
「アルビンさん、占いの料金はこれの半分なんですが」
「分かっています。しかし僕の運命を占ったせいで、ミレアさんのカードが焦げてしまったんですから」
「……ありがとうございます」
ミレアさんが笑顔でお礼を言った。本当に美人だ……と思った瞬間、ふと疑問が湧いた。こんな安い料金で本当にいいのかな? 彼女はどうやって生活を維持しているんだろう?
「……では、僕はこれで失礼します。家族が心配しているかもしれないので」
「あ、アルビンさん」
「はい?」
「その……初見の女には注意してください。あなたの運命に変化と試練をもたらすかもしれません」
「その女って、もしかしてミレアさんではありませんか?」
僕は冗談でそう言った。
「いいえ、私はたたのしがない占い師。運命を読んで、ひたすら警告するのが私の役目です」
しかしミレアさんは真面目な顔でそう答えた。
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僕はベッドに横になって、ミレアさんの占いについて考えてみた。
僕の人生はどこをどう見ても特別ではない。僕は貴族でもお金持ちでもなく、ただ田舎の羊飼いにすぎない。
それに……『運命』という言葉はあまり好きではない。初めから人生の全てが運命の力で確定されているとしたら、希望なんかないじゃないか。せめて……アイナにはもっと豊かでもっと安全な人生を送ってほしい。
だから占いはあまり信じたくない。たとえ運命が実際に確定されているとしても……どこかには希望があって、アイナのような子供たちがもっと幸せになってほしい。僕の人生なんて別に特別じゃなくてもいいから、本当にそうなってほしい。
僕は妹の寝顔を見つめながらそう思った。
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