第12話 カフェ クローバー
僕はホテルで朝食を済ませると優奈さんに電話をかけた。
家出人捜索願いを出すに当たって僕も一緒に行った方がよいかと尋ねたが、優奈さんは1人で大丈夫だと答えた。
僕はもう1日、宿泊を延長したことを伝え、何か分かったら電話が欲しいとだけ言って電話を切った。
部屋の荷物をまとめ、忘れ物がないかチェックして部屋を出た。
フロントに荷物を預け、僕は協明私立病院へと向かった。
協明私立病院はホテルから歩いて10分もかからない場所にあった。
午前9時、すでに駐車場は満車状態だった。
協明私立病院は白いコンクリートの5階建てで築年数がそれなりに経過している印象があった。
正面玄関入り口に張り紙が貼ってあった。
“ 本日、産婦人科は休診です。
診療日は毎週月、水、金曜日となっております。 院長 ”
今日は火曜日なので産婦人科は休診日だ。
僕は正面玄関を抜け、受付のある広いロビーに出た。
意外にも内装は外観よりも明るく近代的な雰囲気だった。
しかし、ひどく混み合っていた。
受付のすぐ横の壁に院内の案内掲示板があった。
内科、外科、小児科、産婦人科、皮膚科、整形外科、神経科、心療内科。
それらの外来が、1、2階にあり3、4階が入院患者の病棟になっていた。
5階には食堂があり、地下1階にはカフェと売店がある。
ワンフロアーあたりの面積が非常に大きく、通路も入り組んでいることが院内見取り図からわかる。
初めて来院した人は迷ってしまうだろう。
とりあえず僕は地下1階から順に一通り、散策してみることにした。
地下1階の売店内はそれなりに広かった。
通路も広く、車椅子の人でも買い物しやすいだろうと思った。
パンや飲み物、お菓子などの食品の他に雑誌や文庫本、文房具があり、入院に必要な洗面道具や下着類も置かれていた。
僕はそこでガムを1つ買って、今度は売店のすぐ向かい側のカフェ “ クローバー ”へ入った。
店内には10つのカウンター席と4人掛けのテーブル席が4つ設置してある。すでにテーブル席は3つが埋まっている。
カウンターには一番右端に初老の男性が1人座っているだけだった。
僕は右から4番目のカウンター席に腰かけブラックコーヒーのホットを注文した。
店内に音楽はかかっていなかったが、内装のセンスがよく、それなりに落ち着ける空間になっていた。
白髪の男性マスターがコーヒー豆を機械にかけると店内は一層コーヒーの良い香りに包まれた。
マスターはコーヒーを入れたカップを丁寧に僕の前に置くと言った。
「あれ。お客さん、前にも来てくれたことありますよね?」
僕が、ここへ来るのは初めてだと伝えると、マスターは「それは失礼しました。」と言って頭を下げた。
「世の中には驚くほど似ている人がいるらしいですね。少し前にいらっしゃった方だとばかり思いまして。とてもハンサムな青年でしたよ。」
僕はその時、ピンときた。
それは僕の兄ではないだろうか。
僕と兄は驚くほど容姿が似ているのだ。
身長もほぼ同じであるし、背格好から歩き方までそっくりなのだ。
僕はマスターに聞いた。
「へえ、その方は1人でここへ?」
するとマスターはすぐに答えた。
「若い女性と一緒でしたよ。とても親密そうでしたね。まあ、あれだけ若くてハンサムな男性なら交際相手くらいいるでしょうな。」
僕は咄嗟に言った。
「それは、おそらく僕の兄だと思いますよ。兄はこの町に住んでるんです。昔からそっくりだとよく言われてきましたから。」
マスターは目を丸くして、改めて僕の顔を見て言った。
「どうりで似ているはずですな。お兄様でしたか。」
マスターは納得した様子だった。
そして社交辞令であろうが、こんなことを言った。
「お客様もモテるでしょう?」
僕は顔の前で手を振った。
「兄貴は昔から随分モテていましたが、僕の方はさっぱりですよ。」
それは本当のことだった。
容姿がこれだけ似ているというのに僕はほとんどモテない。
それだけ、僕と兄ちゃんでは内面が違うのだ。
「またまた、ご謙遜を。」
マスターがにこやかに言った。
そして、僕にこんなことを尋ねた。
「お兄様がお付き合いされてる女性、随分とお若く見えましたよ。まだ20歳を迎えていないように見えましたね。お兄様もお客様もお若いのでしょ?」
僕は今、思いもよらない形で兄ちゃんの情報を入手しているのだ。
これはチャンスだ。
「まあ、そうですね。兄も僕もまだまだ若輩者でして、、、。兄の彼女、なかなか素敵な女性だと思いませんか?」
するとマスターはノリよく答えた。
「ええ、魅力的でしたね。艶のある黒髪が美しかったですし和服がよく似合うと思いましたね。切れ長の一重まぶたが印象的な美人ですものね。僕はこう見えても似顔絵が得意でしてね、人の顔は一度見たら忘れないんですよ。」
僕はマスターが言った言葉を頭に叩きこんだ。
“ 艶のある黒髪 ” “ 切れ長の一重まぶた ”
そして、兄とここへ来ていた女性は20歳にも満たないくらい若い容姿の持ち主であること。
ここへ来て良かった。
僕は「ご馳走さまでした。」と言って勘定をお願いした。
「コーヒー美味しかったです。」
「お兄様にも宜しくお伝え下さい。」
感じのよいマスターに会釈し、僕は1階へと階段を登った。
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