申し子、名前を付ける 2
まだ話をしている領主様と北方マダムたちをそっとしておいて、あたしたちは厨房へと移動した。
「さっそく今日のメニューに入れましょうか」
ホクホクとするポップ料理長に、ニヤニヤした笑みを返す。
「これらは何をどうします?」
他の料理人たちもにこにこしながら口にする。
「ヤマブドウはちょっとすっぱいので、コンポートに」
『クー!(こんぽーと!)』
「リンゴは……ユウリ様に教わったリンゴソースにして、豚肉に絡めましょうか」
『クー!!(にく!!)』
シュカのしっぽがわさわさ揺れて大騒ぎしている。
リンゴソースは、クノスカシュマメを油に漬けてお醤油に似せた、クノスカ油を使ったレシピ。
この間みんなで山に行った時に、ヤマリンゴを採ってその場で作ったんだけどなかなか好評だったのだ。
日本の味が受け入れられたのはとてもうれしい。
そういえば、クノスカシュマメはヴィオレッタも気に入ってくれていたっけ。
それなら、ここのメニューにどんどん取り入れていけるな。
「この木の実はどんな感じの味なんですか?」
「シーノミですね。これは渋みもなくて、茹でるとポリっとしてほんのり甘いんですよ」
ここでデザート専門に雇われている女性料理人が、そう教えてくれた。
ポリっとかぁ。栗に似てるけど小さいから、そんなにほくっとしてないのかも。
マリーさんも手に取って目を細めている。
「茹でてそのままおやつにすることが多かったですねぇ。子供のころはよく食べました」
懐かしいおやつなのね。
今日はバターケーキに入れましょうかという料理人に、茹でただけのものも味見させてくださいとお願いをした。
キノコはソテーにするか、スープに入れるか。
――――そういえば、日本にいた時にカフェで食べた、キノコのキッシュが美味しかったっけ。あれ、鮭も入ってた。ほうれん草とベーコンが入ったのも好きだけど、チーズのコクとキノコがすごく相性よかったのよ。
「――――ポップ料理長、丸いパンあります? あと、卵と牛乳とチーズ使ってもいいですか?」
「パンありますよ! ここにあるものなんでも使っていいですよ! きたきたっ! ユウリ様の料理神が降臨だべさ!」
料理神って……そんな神様いるかなぁ?
あたしは魔法鞄からエプロンを取り出して髪の毛を束ねた。
まずは、オーブンの予熱から始める。卵に
次にキノコとタマネギの薄切りをソテーして、余っているという葉物野菜を火を止める直前に入れる。キノコはたくさん火を入れたのが好きだな。
ポップ料理長がソテーを引き継いでくれたので、その間に卵をボウルに割入れて、牛乳と塩とコショウとマヨネーズ少量を入れてよく混ぜる。
「ユウリ様、何かやることありますか?」
「えーっと……じゃぁ、チーズを薄切りにもらえますか?」
「はいよ、了解だべ!」
手のひらサイズの小さめ丸パンの上部を切り取って、上はよけておいて、下部分の中味はスプーンで押し固めて、卵液が入れられるようにした。
パングラタンもこんな感じだよね。あれは中をくり抜いてもいいけど、キッシュの方がゆるいから厚みを残し押し固めて作ってみる。安全策ね。
卵液に、ソテーした具材とチーズを混ぜて余熱で少し固まったところを、パンの中に流し込む。
予熱しておいたオーブンで焼いてキノコのキッシュの出来上がり。
切り取っておいておいたパンのふたを、ななめに立てかけてみたりして。
「おおっ…………」
周りから小さいどよめきが漏れた。
「――――また美味そうなものを作っているな、ユウリ」
いつから見ていたのか、料理人たちのうしろにレオさんが立っている。その腕の中には、シュカがちゃっかりと納まっていた。
「それはこれから食べさせてもらえるのか?」
「あ、はい。いくつか作ったので、味見できると思います」
「もちろんです、レオナルド様。今、ワインの用意をしますので、お席でお待ちください」
ポップ料理長に促されて、客席のあるフロアへ行った。
「給仕の方々はまだ
マリーさんがそう言って、窓際のテーブル席まで先導してくれる。
フロア担当の人たちは研修中らしい。ゴディアーニ辺境伯家での研修って、厳しそう……。
ポップ料理長がワインを準備してくれて、出来上がったばかりのパンキッシュがテーブルに並んだ。
「先に味見として、こちらを温かいうちに食べていてください。その後にプレートをお持ちします」
ワインはデライト産の白。一口飲んでから、ナイフで切り分けたキッシュを口に入れた。
うん。しっかりと固まっているけど、硬すぎない。
黒パンを使っているから食べ応えもあって、よく食べる男の人でも満足できるんじゃないかな。
キノコの味が口の中に広がって、秋を感じる。
「これは美味いな。チーズとキノコがこんなに合うとは」
ワインが進んでしまうな。と、ほんのり笑うレオさん。
その膝に乗っているシュカもキノコが口に入っているのか、うれしそうにむぐむぐと食べている。
コショウを効かせてあるせいもあると思うけど、ホント、白ワインとの相性がよすぎるの。
「ノスサーモンを入れても美味しくなると思います」
「ユウリ様、後ほどそれを試しに作ってみてもいいでしょうか?」
「はい、ぜひ。合いそうならメニューに加えてください」
ナイフとフォークを置いたレオさんが、じっとこちらを見た。
「――――ユウリの手にかかると、地元の見慣れた食材が、見たことのない美味い料理に変わるのだな」
「……美味しいのは、この辺りの食材がいいからですよ」
だから『メルリアードの恵み』という名前はどうですか……と口に出そうとした時、レオさんが先に口を開いた。
「……『メーテリア』という名はどうだろう。北方に伝わる昔話“豊穣の天使”の古い呼び名なのだが」
「っ……それは、ここの、販売所の名前ですか?」
「いや、領の名だ」
「領の名前……?」
「実は、男爵領と子爵領を合併する話が出ている」
「そ、そうなんですか?」
初耳です!
「まだ正式には決定していないのだが、ダンジョンがだいぶ男爵領寄りに穴が開いたものでな。その方向で調整が付きそうなんだ」
地名がなくなってしまうなら『メルリアードの恵み』ってわけにはいかないか……。
『豊穣の天使の恵み』――――うん、これも美味しいものを売っていそう。
「――――だから、豊穣の天使のようなユウリにちなんで、『メーテリア』と……」
「は、はいっ?!」
え、えええええ?! 何が、だからなの?! ちょっと待って!!
「もしくはもっと直接的に『フジカワ』でもいいかもしれない」
『富士川の恵み』って――――――――農産物直売所か!!
や、農産物も売るんだけど!
誰か!! 領主様がご乱心です!!!!!!!!
「ななな、なんであたしの名前を領に使うんですかっ?!」
「――――それはユウリがこの領に恩恵与えてくれるから…………何かを残したくてだな…………」
「え…………? や、でも…………」
レオさんは片手で口元を覆って、横を向いてしまった。
近くで控えていたマリーさんもプルプル震えながら向こうを見ている。
あたしは顔が熱くなってきて頬を押さえ、うつむいた。
――――自分を意味するなんて聞かされて『豊穣の天使の恵み』とか命名できないわよ! 『富士川の恵み』も美味しい天然水じゃないんだから!
領主様のご乱心により、場は混乱。
そんな中、地名そのものは残り、このあたりがメルリアードという町なのは変わらないということが判明した。
なので、この食事処と販売所は当初の予定通り『メルリアードの恵み』という名前に決まったのだった。
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明日、6月10日 二巻発売です!
みなさまの応援のおかげです! ありがとうございます!!
今回の話の中にありました、山で作ったリンゴソースの話が、二巻の書籍限定特別編「申し子、みんなでピクニック」となっております。
もちろん電子書籍の方でも読めますよ~!
その他にも書下ろしエピソードを加筆してあります。
もしよろしければお手元にどうぞ! (*'▽')
カドカワBOOOKS
https://kadokawabooks.jp/product/keibijou/322102000825.html
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