申し子、ガラス工房へ 2
「――――ご、ご自由にどうぞだっし」
高めのかわいらしい声が言った。
ドワーフの年齢ってよくわからないけど、若そう。お城の厩務員のルディルよりも幼く見える。
店番をしている子なのかな。視線があたしと肩の上のシュカを行ったり来たりしている。
「おじゃまします」
『クー!』
シュカが返事をすると、ドワーフくんの顔がパーッと輝いた。
「白狐だしか? 初めて見るだし!」
そんなうれしそうな顔をされると、うちの神獣は黙ってられないのよ。
しっぽをファサファサして身を乗り出している。
「――よかったら撫でてみる?」
「いいだしか?!」
驚くほどのシュカのコミュニケーション能力の高さよ。ドワーフくんもうれしそうだし、シュカも楽しそう。
そんな様子を見ていたレオさんが、控えめに話しかけた。
「――――君はここの工房の子だろうか? 店主と話がしたいのだが、取り次いでもらえるか?」
「じいちゃん……じゃなくて、親方は作業中だっし。もうちょっとで休憩になるだしよ。ちょっと待ってるといいだし」
お店に飾られているガラス製品を見ながら、待たせてもらうことにした。
ここに置いてあるものもステキなものばかりだった。花が絡んでいるワイングラスなんて、パッと目を引いて華やか。色ガラスのパーツとの組み合わせが得意な工房みたい。
それにしても、大きい工房のわりには、聞こえてくる物音は静かね。
となりで見ているレオさんに、小さい声で話しかけてみる。
「あんまり物音が聞こえないんですね。さっき見てきた他の工房は、もっと活気があったような気がするんですけど」
「そうだな……。敷地が大きいようだから、奥で作業していれば聞こえづらいのかもしれないな」
なんとなく、人自体が少ない気配に感じるんだけど……。
あたしは、入り口の方でシュカと遊んでいるドワーフくんをちらりと横目で見た。
◇
店の奥のテーブルがある一角が、工房の人たちの休憩場所となっているらしい。そこの大きなテーブルを囲んでお茶をいただいていると、さらに奥から物音が聞こえた。
「ベイドゥ、お茶くれだっす」
「かあちゃんにもちょうだいだっす」
現れたのは、やはり背は低く筋肉がむっきりとした男女だった。
「あいよ、じいちゃん、かあちゃん。お客様が来てるだっしよ」
ドワーフくんが無邪気そうに言うと、二人はあたしたちに気付き、慌てて髪型や作業着を直しだした。
「そういうことは早く言えだっす! ――――失礼しただす。ワシがこのガラス工房『七色窯』の長、バルーシャ・バンナ・アルテザ・ノスドワーフだっす」
ウォホン。
にわかに威厳を取り戻した工房長は、ふんと胸を張った。
そのとなりでにこにこする若そうな女性ドワーフは、ドワーフくんのお母さんらしい。
「失礼しただすねぇ。どんなガラス製品を探してるだすか?」
「ふた付きのビンなんですけど――――」
あたしがそう言いかけると、バルーシャ工房長がくわっと目を見開いた。
「ふた付きビンなぞ、ねぇだっす!! んなもの大きいところで買うだっすよ!! そっちに行くだっす!!」
「いえ、ああいうビンじゃなくて――――」
「ああいうもこういうもねぇだっす! 作れんもんは作れんだっす!! さぁさぁ、さっさと――――」
パコーン!!
お母さん、おもいっきり親方の頭はたきました?!
バルーシャ工房長、撃沈です!
「ごめんなさいだっすよぅ。うちの親方ちょっとあわてんぼうなんだっす」
にこにこお母さんが、ホホホと口に手をあてた。
あ、あわてんぼうじゃ、しょうがない……のか……?
取り付く島もないという風だった工房長は、ちょっとふてくされたように座り込み、口をとがらして頭をさすってる。
「いでで……。鬼嫁め……」
――――娘じゃなくて、息子の嫁なんだ! 嫁、強し!
「――――それで、ふた付きのビンだすか? うちじゃ大きいとこのように安くたくさんは作れないんだすよぅ」
それはお店のお姉さんにも聞いたわね。
でも、欲しいのはああいう揃ったビンじゃない。ここにあるガラス製品みたいなステキなやつなのよ。
レオさんがこちらを一度見て、まかせろというようにうなずいた。そして、ドワーフくんのお母さんに顔を向けた。
「ビンを作ることはできるか?」
「もちろん、できるだっすよぅ」
「――――ワシに作れんガラス製品はないだすな」
工房長までもが、きっぱりとそう言った。
ドワーフの職人さんの技術は高いんだろうな。
でもコストがかかったり、安定収入にならないなどで作りたくても作れないものも多いってことね。
異世界でも世知辛い。
「欲しいのはここのデザインのビンなんだ。貴族向けで高価で構わないし、個数もたくさんはいらない。それなら、どうだ?」
「そんな都合のいい仕事あるわけねぇだっす。どこの誰だかわからん人間が、いきなり店にやってきてそんな――――」
「ああっ! 思い出しただす! どっかで見たことあると思ってたけど、新しい領主様じゃないだっすか?!」
お母さんの言葉に、レオさんは笑った。
「ああ、そうだ。町に挨拶へ来た時に見かけたのだろうか?」
「そうだっすぅ! 新しい領主様はすんごい大きいわと思って見てただすよぅ」
「新しい領主様……?」
「そうだす。親方は新しい領主様だぁお祝いだぁって酔っぱらってたから、よく見てなかっただっすなぁ」
ホホホと笑うお母さんと、すっかり毒気を抜かれたような工房長は、ここでやっとテーブルについた。
店番をしていた男の子は工房長の孫ベイドゥくんといい、そのお母さんが副工房長のデルミィさん。
「――――昔はこの工房も人がいっぱいいただっすよぅ。町一番の大きい工房だっただす。でも今はベイドゥに働いてもらっても三人で、なかなか手が回らないだっす……」
「…………だから無理なんだすわ。諦めてくれだっす」
「できる範囲の仕事でいいんだが、だめだろうか?」
少ない人手で注文をこなせるかわからないからと、なかなか引き受けてはもらえなかった。
あたしはさっき買った花瓶を、魔法鞄から取り出した。
「――この花瓶がステキだったので、こちらでお願いしたいなと思って来たんです」
「親方の得意な色ガラス飾りだすねぇ……」
「それは……たしかにワシの作ったやつだっすな……。今じゃ、簡単ですぐ売れるものばっかりで、そんな凝ったものも作ってないだっす……」
二人はじっと葉の模様の一輪挿しを見つめた。
あたしはここの作品がいいと思ったんだ。っていう気持ちが伝わるといい。
「あの棚にあるワイングラスも好きです。――――レオさん、あんな感じのものをメルリアード領の食事処に使えませんか?」
「いいな。個室用の特別なグラスとして使えば、数もそんなに必要ないだろう。工房長、あの棚にあるグラスを全部もらえるか? 他に在庫があればそれも買い取ろう」
レオさんがそう言うと、バルーシャ工房長はポカンという顔をして、くしゃりと笑った。
「――――いやぁもう、そうこられると、かなわないだっすなぁ」
「こんなに買ってもらえれば、安くて数が多い仕事を増やさなくていいだすよ! 高い色ガラスもまた買えるだす! 親方! またすごいのいっぱい作るだすよぅ!」
デルミィ副工房長も涙ぐみながら、笑った。
「じいちゃんの色ガラス飾りは町一番、いや、領一番だっし! 領主様に気に入られるのは当然だしね!」
ベイドゥくんの言葉に、うんうんとうなずく。
こうやって、腕利きのガラス職人を擁する『七色窯』との繋がりが、できたのだった。
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