申し子、上手いこと〆る
ノックをして中へ入ると、呼ばれた理由はすぐにわかる。
「――ユウリ衛士参りました」
「ユウリぃぃぃ……! どういうことなんだよ、どうなって……」
「ごきげんよう、ユウリ様。昨夜以来ですわね」
ソファーに座ってパサリと扇子を開き、機嫌よさそうにオホホホホと笑うのはヴィオレッタ様。昨日の今日でもう来たとか、すごい行動力よ。
マクディ隊長はその向かいに座り、(どういうことだよ?!)と目で訴えかけている。
あたしはまじめな顔をしようと思いながらも、湧き上がる笑みが止められない。
「ヴィオレッタ様、こんにちは。本日はどうされたんですか」
「ユウリ様にお話しを伺って興味が出てきたので、近衛団に入団の希望を伝えに来たのですわ。それなのにこちらの隊長が考え直すように勧めてくるのですわよ」
「それはそうだろ……ですよ。伯爵令嬢がいらっしゃる場所ではないと思うんですが……」
しどろもどろとするマクディ隊長が面白すぎるわ!
「マクディ隊長。伯爵令息がよくて伯爵令嬢がよくない理由はなんですか。働きたいという意思を尊重するべきではございませんか」
あたしがそう言うと、マクディ隊長は白目を剥いた。
(ユウリ! ニヤニヤしながらもっともらしいことを言わないで!)
(反論できるものならしてごらんなさい。フフフフ)
「いや、だけど、危険も多いし……武器! 武器など持ったことありませんよねぇ?! 大変な職場なんですよ!」
「武器……乗馬をたしなみますので鞭でしたらいつも使っておりますが。あとは護身用の体術、短剣もある程度は使えますわよ」
おおぅ、すごいわ伯爵令嬢様。お嬢様って高スペックだわ。
「隊長、馬に乗れないあたしより優秀な気がします」
「…………ユウリぃ…………」
情けない声出してもダメです。次に女性が入ったら辞める約束ですからね?
「ところでユウリ様。白狐様はどうされましたの? いつもいっしょにいるのではないんですの?」
「あ、今、レオナルド団長がごはんを食べさせてくれていて――――……」
「な、なんですって?! その
すごい勢いで詰め寄られたあたし、期待の眼差しを向けられあっさりと外の東屋ですと答えてしまう。
そしてヴィオレッタ様を連れ、なぜかマクディ隊長もいっしょに納品口外へ向かうことになったのだった。
再度魔法鞄預かり具から魔法鞄を取り出す。その後にヴィオレッタ様もちょっとぎこちないようすで取り出していた。
納品口の扉から外へ出ると、お昼休憩の時間も過ぎたからか休憩所はだいぶ空きができていた。
が、レオナルド団長の横にはなぜかロックデール副団長が座っていて、シュカにごはんを食べさせいる。
なんで副団長がいるんだろう? と思っていると、ぐいっと腕を引っ張られた。
「ちょ、ちょっとユウリ様! ロックデール様までいらっしゃるじゃありませんの?!」
「い、いますね」
「いますねじゃないですわよ!! ロックデール様はレオナルド様ほど威圧感もなく気さくな性格で人気があるんですのよ?! 夜会などには護衛でしかお出にならないし、なかなかお会いできない方ですのに……! こ、心の準備が――――ああっ、ロックデール様が白狐様にお肉を与えてますわ……!! なにこの天国……」
ふらりとするヴィオレッタ様の体を支えた。
まぁ気持ちはわかるわ。大男とモフモフ…………サイコーの組み合わせよね!
「ヴィオレッタ様、とりあえず掛けませんか? マクディ隊長も……ってもう座ってるわね」
お調子者の警備隊長はさっさとテーブルへ行き、ロックデール副団長のとなりに座って串焼きに手を伸ばしている。
夜会の次の日は朝食が遅いから昼食は取らないというヴィオレッタ様に、ではお茶だけでもとテーブルへ誘った。
「――――お邪魔いたしますわ。ゴディアーニ様、パライズ様」
さっきとは全く違う態度で、きちんと挨拶をしているのがすごい。それにちゃんと家名で呼んでいる。パライズ様なんて言ったことないわ。
やっぱりヴィオレッタ様、衛士に向いていると思う。貴族としてのマナーもわかってて公私をきちんと分けてるなんて、間違いなくあたしよりも向いてる。
レオナルド団長はほとんどわからないくらいに驚いた顔をし、短く「ああ、構わないぞ」と言った。
ロックデール副団長も驚いた顔をしたものの「おお、ヴィオレッタ嬢か。久しぶりだな」なんて笑いかけるから、ヴィオレッタ様は真っ赤になってしまったわよ。
魔法鞄からティーセットを出して、ハーブをブレンドしたお茶を入れた。いっしょにメルリアード男爵領のバターたっぷりの焼き菓子も付ける。
いただきますわと言ってヴィオレッタ様はお茶に口を付け「美味しい……」と驚き、焼き菓子を口にして「こちらも美味しいわ……」とほんわり笑った。
本当は可愛い方ね、ヴィオレッタ様。
人数も増えたことだしもう少し料理いるかなと、パンとノスサバのトマト煮をテーブルに出す。
ポクラナッツ油でガーリックとノスサバ炒めて、白ワイン少々とトマトで煮込んだものなんだけど、メルリアード男爵領で水揚げされたノスサバが美味しいのよ。
ガーリックをたっぷり使ってるから匂いが気になるところだけど、[消臭]の魔法があるからいいわよね。
まっ先に手を出したのはマクディ隊長だった。
「狐、食べる?」
『クー! (もちろん食べるの!)』
「そっかそっか、狐は美味しいのよくわかってるからなぁ。ほい」
と言ってシュカにあげつつ、自分の分をパンにたっぷり乗せてるわ。シュカの声は聞こえないはずなのに普通に話しかけるわよね。マクディ隊長って。
そのあとにうれしそうにレオナルド団長が取り、ロックデール副団長は遠慮しつつも取っていた。
あたしもやっと串焼きを食べる。んー、鶏肉ウマ。香ばしい焼き目が絶妙よ。
「――――で、ヴィオレッタ様。いつからいらっしゃるんですか?」
となりに座り上品にお茶を飲むご令嬢に話しかけると、マクディ隊長が向こうの方で慌てている。
「ええ……わたくしはいつからでも来れますわ。明日からでも構わないくらいなのですけれども……………………(家に居場所もないですし)」
……最後になんかボソッと言わなかった?
「――ん? ユウリ、ちょっと待て?」
間に入ったのはロックデール副団長だった。
「なんか、今、ヴィオレッタ嬢が警備隊に入るように聞こえたんだが……気のせいか?」
「いいえ、気のせいではないで「わぁぁぁ! 気のせいです! 伯爵令嬢が警備隊になんて入るわけないじゃないですか?!」
慌てるマクディ隊長にロックデール副団長が言った。
「いや? 護衛隊には侯爵令嬢もいるし、ニーニャはマルーニャ辺境伯のとこの姪っ子だろ。別にやる気があれば、構わないと思うぞ」
「やる気ありますわ! やる気しかありませんことよ!」
ヴィオレッタ様は立ち上がってこぶしを握った。
うん、いいと思うけどな。
お嬢様にだって選択肢がたくさんあっていいわよ。それぞれ向いた道があると思うし、はきはきとしてしっかり自分を持っているヴィオレッタ様は、きっと衛士に向いてる。
「侍女ではない王城での仕事場所として、警備隊という道が確立されたらいいと思うんです。貴族の女性の中でも、やりたいと思う人向いている人がいると思うんですよね」
女性用のトイレやパウダールームの巡回、体調を崩した人の介抱など、女性衛士じゃなければダメな仕事がある。
だからヴィオレッタ様のような高位貴族の令嬢に入ってもらって、女の人が活躍できる仕事なのだと知ってもらえれば、この先女性の人手不足に困ることはなくなるんじゃないかな。
マクディ隊長は情けない顔でこっちを見ているものの反論はできず、レオナルド団長がふっと笑ってうなずいた。
「そうだな。とてもいいと思うぞ」
「ああ、いいな。――――よろしくな、ヴィオレッタ嬢……いや、ここは近衛団の慣習に沿って敬称無しで『ヴィオレッタ』だな」
ロックデール副団長がそんなことを言って笑いかけるから、ヴィオレッタ様はまた顔を真っ赤にして、「は、はい!」とうつむいてしまった。
ここまで外堀を埋めておけば、マクディ隊長も逃げられないだろう。
――――よし、上手く片付いたわ。
これであたしの警備隊の役目は終わりということになるだろう。ちょっとさみしい気持ちもないわけじゃないけど。警備隊、結構楽しかったし。
だが、だが! 調合師冒険者の道へいざ行かん――――!!
ふと見上げると、向かいに座るレオナルド団長と目が合った。
団長は(うまいことやったな?)とでも言いたそうな目をして、楽しそうに笑ったのだった。
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