申し子、ブラブラする


[ユウリ先日はありがと! いつ時間ある?]


[いえいえ。休日は二日後]


[勤め人? 異世界に来てまで社畜とかw]


[まったくもって遺憾]


[二日後の昼『宵闇よいやみの調べ』でどう? 場所タグ済]


[OK]


[よかったら彼氏も]


[(._.)]


[その顔何?!]


[その顔なんなん?!]


[ユウリさーーーん!]






 彼氏って単語を久しぶりに聞いた。

 そこで[じゃぁ誘ってみる!]とか返せないわよ。だってそういう関係じゃないと思うんだもの。

 かといって、[彼氏じゃないから!]とも返せないじゃない。この間のミライヤの責めるような目を思い出すと、それも言ってはいけない言葉のような気もして……。


 レオナルド団長に聞いてみればいいの? あたしたちお付き合いしてるんですか? って?

 ――――ない。ないわ。そんなこと聞けるわけがない。デリカシーがなさすぎる。


 というわけで、聞くことも察することもできない恋愛経験ほぼゼロの残念女がここにおりますよ!

 両親が事故で亡くなってから、恋愛どころじゃなかったんだもの……。ここ一、二年はスマホとお酒があればいいやって枯れてただけだけど……。




 昨夜のタグでのやりとりを思い出して、ため息をつく。


『クークー(レオしゃんのおへやに入らないの?)』


 シュカに言われるまでもなく、いつまでも近衛団執務室の前にたたずんでいるわけにはいかない。

 ノックをしてから扉を開けると、レオナルド団長が一人執務机に向かっていた。


「おつかれさまです。レオさん、お昼いっしょに食べませんか」


「ああ。そろそろ休憩を取るところだった。食堂へ行くか?」


「お昼ごはん持ってきてるんですけど……今日は外の休憩所が混んでいたんですよ。場所使わせてもらえないかなと思って」


 最近外の休憩所は人気で、金竜宮で働く人たちの他に青虎棟の文官さんたちも来るようになった。気楽でいいのよね。


 構わんぞ。と言う言葉に甘えて、応接セットのテーブルにテーブルクロスを敷き、バスケットから出したサンドイッチとちょっとしたおかずを置いていく。


 今日はタマゴサンドと野菜の肉巻き。肉巻きのアスパラとミニトマトは彩りもいいし、タンパク質と野菜をいっしょに取れていい。串に差してあるから食べやすいしね。

 しょうゆがあれば味のバリエーションが増えるんだけど、ないので今日のは塩コショウのシンプルなやつ。端っこをカリッと焼いてあるから食感もおもしろいと思う。

 デザートにサンオレンジ。南の方で採れる種類で、スコウグオレンジより甘いのよ。


 ソファの方へ移ってきたレオナルド団長に取り分けて出した。


「今日のも美味そうだな。野菜を肉で巻いてあるのか? 初めてみる料理だ」


 その笑顔だけで、作った甲斐がありました!

 シュカにはタマゴサラダとちぎったパンと肉巻き野菜。野菜はいらないみたいなことを言っていたくせに、アスパラのポリポリに夢中になってるわよ。


「あの、レオさん。明日って仕事ですか?」


「ああ。仕事だが、どうした?」


「この間の同郷の吟遊詩人が、昼食に誘ってくれたんです。…………レオさんもいっしょにって」


「そうか、それはうれしい。夕方なら行けるんだが」


「それなら午後のお茶の時間からに変更してもらおうかな……。お店で待ってますね。ゆっくりでいいので無理しないで来てください」


「わかった。場所はどこだ?」


「『宵闇の調べ』っていうお店なんですけど」


「ああ、知っている。――――なるほど。そこで歌っているのか」


 歌っている? ショーがあるような店なのかしら。

 首をかしげると、団長はタマゴサンドを飲み込んでから言った。


「大きなピアノがある店でな。いろんな歌い手や吟遊詩人が来て客を楽しませるんだ。昼からやってるとは知らなかった」


 それは楽しそう! 思えば吟遊詩人とかなかなかファンタジーの物語っぽい。フユトはストリートミュージシャンって感じだけど、本物の吟遊詩人は物語とか歌うのよね。そう、そういう異世界感を待ってた!


 近衛団も本来ファンタジー感ある職業な気はするんだけど、それ制服だけね。中身は警備だもの……。護衛にしても警備にしても、よく知った仕事なんだもの。

 早く辞めて、もっと異世界の醍醐味みたいな仕事がしたいものよね。






 休日。久しぶりに一人(と一匹)で街をブラブラした。

 銀行に謎の入金記録を調べに行った以来かも。口座になぜかお金が入っていて、明細を調べに行ったのよね。あれ結局[レイザンブール国王近衛団]となっていて、レオナルド団長が書類整理のお給料を入れてくれていたというオチだった。服を買ってもらった分のお仕事をするって話だったのに、お給料出したらだめじゃないね。


 そして身分証明具に[銀行明細]って唱えれば、明細が見れることも知った。わざわざ行かなくてもよかったらしい。

 でもいろいろ見たり知ったりするには一人の方がいいから、必要な時間だったんだと思うわ。


 気の向くままに歩いてみれば服屋もあちこちにあって、女性用の防具屋なんていうのもあった。

 つい覗いちゃって買っちゃったわ。革のビスチェとパンツ! 結構かわいい。これでいつでも冒険者デビューできるわよ。


 武器や防具の店が多いのは、冒険者ギルドが近いからみたい。

 なので、ゴキゲンでしっぽを揺らしているシュカを肩に乗せて歩いていると、やたら声をかけられる。「凄腕ティマーさん、うちのパーティに入りませんか」って。

 今はまだ衛士だから無理だけど、いつかご縁があったらよろしくお願いします!


 大きい通りから裏へ入ったすぐのところにそのお店はあるらしい。

 道を曲がると、お店の前の木箱に腰かけたフユトがギターを弾いていた。

 シュカはさっと跳び下りて、お仲間の神獣のところへ向かう。気付いたフユトが笑って手を挙げた。


「ユウリ!」


「こんにちは。お店営業してないの?」


「そ。夕方からの営業なんだ。でも使っていいってオーナーが言ってるから、だいじょうぶだよ」


 入って。そう促されて中に入ると、薄暗い店内は落ち着いた内装でジャズバーのような雰囲気だった。カウンターの奥にはお酒のボトルが並んでいる。

 そして店の奥にはレオナルド団長が言っていたとおり、大きなグランドピアノがたたずんでいたのだった。





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