申し子、デート中 2


 お店の人に案内されて、奥の個室へと通された。

 落ち着きある深緑のソファに座ると、触り心地が極上。ベルベットかな。こういうところで質がわかるというものね。

 でもシュカが爪をひっかけたりでもしたら大変なことよ……。内心冷や汗もので横を見れば、シュカはレオナルド団長の膝の上であくびをしていた。


「これはこれはメルリアード男爵様。先日はありがとうございました」


 後から部屋に入って来たのはどう見ても店の偉い人だ。オーナーとか支配人とかそんな感じの。


「お嬢様は初めてでございますね。私、店主のロイドと申します。本日は何をご用意いたしましょう」


 手慣れた感じでレオナルド団長は挨拶を交わし「守りの指輪がほしいんだが」と伝えた。


「守りの指輪でございますか。それはいい時にいらっしゃいました。最近はおもしろいものが出てきたのですよ。お持ちいたしますので、少々お待ちください」


 店主が消えてから、こそっと団長へ聞いてみる。


「――レオさん、守りの指輪ってなんですか?」


「古い風習でな、成人の祝いに親などから贈られる指輪だ。だいたい幸せを願って娘に送る場合が多いな。もちろん、息子に送っても構わないんだが。最近は指輪ではなく服や魔法鞄といった実用的なものも多いらしいぞ」


「辺境伯様からもいただいたんですか」


「いや、息子へは飾りナイフを贈ることも多い。うちは武家だし兄弟全員ナイフだ。だが、姉妹がいたなら指輪をもらっていたのかもしれないな」


 ステキな風習ですねと言うと、流行おくれとも言うがなとレオナルド団長は苦笑した。

 部屋へ戻って来た店主はにっこりと笑って、向かいのソファへ座る。


「いいえ、メルリアード男爵様。今、守りの指輪は流行りの最先端でございますよ、社交界で噂の白狐印よりも。なぜならこれから話題になるのですからね」


 渋いおじ様がおちゃめにウィンクして、団長の膝に乗っていたシュカが『クー!』と鳴いたので、みんな笑った。


「こちらが昔ながらの守りの指輪でございます。貴石きせきが入っておりまして、石の持つ力が主を守ってくれると言われております」


 トレーの上に乗せられた指輪は細く石が小さく、シンプルなものばかりだ。


「守りの指輪はふせ込みという石留めのものばかりになります。地金の中に石が入っておりますから、お召し物などにひっかかりません」


 昔から人気があるのが、金剛石こんごうせき鋼玉こうぎょくが入ったものだと広げられた。

 石が硬いので、丈夫で健康に生きられますように、固い絆で結ばれますようにという願いが込められているのだそうだ。


「石が持つ力はそれぞれなので一概には言えませんが、魔除け効果のあるものが多いですね。各色ダイヤモンド・サファイヤ・ルビーとお色も豊富ですよ」


 なるほど、ダイヤモンドとサファイヤか……。どうりで石が小さいのにしっかりと存在感があるわよね。


「――緑色のダイヤモンドがあるんですね。初めて知りました」


 ダイヤといえば無色透明なイメージが強いけど、ここにはいろんな色のものがあった。


「ええ、そうなのでございます。おっしゃる通り、ものすごく希少な石でございます。守りの指輪は石が小さいので、きちんとした宝飾品には使えないほどの小さい石でも使えますからね。こちらのオレンジ色のものもほとんど出回っておりませんよ」


 つまみあげられた指輪には、小さいけれどもキラリと光るピンク色にも近いオレンジ色のダイヤモンドが入っていた。


「ユウリ、それが気に入ったか? それにするか?」


「え? あたし? え?」


 となりに座るレオナルド団長を、真顔で見返した。

 すると、店主のおじ様や入口に立っている店員さんが笑っている。


「お嬢様、男性が女性を伴って宝飾店を訪れたのなら、その女性への贈り物を買いに来たということでございます」


「そ、そうなんですか……。ごめんなさい、あたしのいた国にはそういう話がなかったものだから……」


「謝るな。国が違えば風習も違うからな。――――説明したら遠慮するかと思って、黙って連れて来たんだ」


「もう、レオさん!」


 わかっててそういうことするのね?!


「そんな顔が見れるなら、守りの指輪くらいお安いものだ」


 抗議するように見上げれば、楽しそうに笑う獅子様がいた。してやったりって顔してるわよ。


「違う国から来たユウリに、この国の風習を知ってもらうのもいいかと思ってな。成人の祝いというにはちょっと遅いが、もらってくれるか」


 ちょっとどころじゃないわね。あたしもうすぐ二十七歳になるのよ。ほぼ七年遅れ。


「……いいんですか?」


「もらってくれたら俺がうれしい」


 その優しい笑顔に抗える術はないわ……。

 さらに背中を押すように、店主は別のトレーをテーブルへと乗せた。


「新しいタイプの守りの指輪もぜひご覧になってください。こちらは『魔ガラス』という魔法が込められたガラスを入れたものでございます」


 一度作ったガラスに魔法陣を描き、魔粒といっしょに溶かしてもう一度ガラスにしたものなのだそうだ。

 魔法効果を含んだガラスを使っているので、本当に守りの効果があると。

 貴石のものよりは幅のある指輪で、ガラスも大きい。


「例えば、こちらの薄紫色のものは[解毒]の効果がございます」


 そう聞いた途端、レオナルド団長が前のめりになった。


「解毒? それは俺がほしいくらいだな」


「元々は冒険者用の装備店で扱っていたのを、たまたま見つけましてね。うちの店用に装飾品として作成してもらったのですよ。こういった効果でしたら男性にも需要がございますよね」


「そうだな。他にはどういった効果のものがあるんだ?」


 青いガラスのものは[混乱]や[魅了]などの精神干渉系魔法に、黄色のガラスのものは[麻痺]や[拘束]などの体に干渉する魔法に効くらしい。

 守りの指輪ではございませんがと前置きして、店主が自分の耳から外したのは茶と白色のマーブル模様のガラスのイヤーカフだった。これは毒感知、ようするに[鑑定:毒]の効果があると。


「――――やはり[解毒]のものが欲しいな。イヤーカフにできないだろうか」


「できると思います。――――ただ、こちらの[解毒]は、お酒が過ぎますと毒判定してしまいまして……。その先はまったく酔えなくなってしまいますが、よろしいでしょうか」


「いくらでも飲めるということか」


「いくらでも飲めるということですね」


 あたしたちの言葉に、店主のおじ様は目を点にしたあと大笑いした。


「――そ、そのようにも言えますね。[解毒]と毒感知は干渉しないはずですので、お望みでしたらどちらもイヤーカフに付けることもできますよ」


「なるほど、それはいいな。毒だけは魔法抵抗が高くても防げないからな。ではその二つが付いたものを一つと、ユウリはどうする? [解毒]は付けるとして毒感知は――――いらないか?」


[鑑定:食物]があるから毒感知はいらないのを、団長はなんとなく気付いてるのかもしれない。


「はい。だいじょうぶです」


「お嬢様のものもイヤーカフで、揃いのデザインで作らせていただきましょうか」


 店主、にこにこしながらぶっこんできたわ!

 揃いのデザインて!!

 団長はこっちを見ずに「ではそれで頼む」とか答えてるし!!


「――――で、ユウリ。指輪はどれにする? さっきのオレンジ色のはかわいかったな」


 えええ?! さらに指輪もなんですか?!

 あたしはびっくりして、覗き込んできたレオナルド団長の顔を見返したのだった。





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