申し子、準備中


 レオナルド団長と並んで立哨をしているうちに、視察が終わったようだった。

 殿下たちがお子さんたちを迎えに来ると、団長は一歩あたしの前に出てすっかり視界を遮った。

 あら、王子様っていう存在を近くで見れるかと思ったのに。っていうか、近衛団団長様、これじゃ警備できませんけど。


「――――帰りますよ。白狐様にご挨拶してください」


「――――いいなー、父様も白狐様と遊びたかったなー」


 広い背中の向こうから、声が聞こえている。

 子どもたちがそれぞれ返事をしてシュカに挨拶をしているようだった。

 そして団体が去っていく気配がして、団長はすっと前に進み振り返った。


「それではな、ユウリ。――――その、休日、楽しみにしているぞ」


 ほんのりと笑顔で見つめられて、口から心臓が出そうになる。

 だって、かっこいい。かっこいいんだもの!! 元々、ハリウッド俳優のような人だけど、こんなに素敵でしたか?!


「は、はい! がんばります…………?!」


 がんばるって何をよ!

 すっかりテンパって挙動不審なあたしにクスリと笑って、レオナルド団長は去っていかれました。


 恥ずかしい……。

 いい歳して、慌てすぎよね。もう少し落ち着きのあるところを見せないと。

 明後日の調和日も、きちんとした服を着て――――……。






「ミライヤー! 服がないのー! どうしよう?!」


 仕事の後、勢いのまま『銀の鍋』に飛び込むと、中にいたミライヤは目を丸くし、肩のシュカはギュウとしがみついていた。


「ユウリ、ちょっと落ち着いてください? 服がないってなんの服の話です?」


「着ていく服がないのー!」


「――――どこに来ていく着ていく服ですか」


「どこ……? あ、どこだろう? 街だと思うけど……、レオさん何も言ってなかったわよね……」


 みるみるうちに目の前のピンク髪の店主は、チベットスナギツネみたいな目になった。


「……あー、わかりました。とてもよくわかってしまいましたぁ。いえ、いいんですよ? きっとワタシが言ったことで何やら変化があったようですしぃ? で、ユウリは今まで何を着てに行ってたんですか?」


「デートはしたことがない……や、違うの、まず、デートだって思って行ったことがなかったから、持っている服の中でキレイめなのを着て行ってて……」


「ふむふむ。いざデートだと思ったら、着ていく服がなかったと」


 こくこくとうなずくと、ミライヤはニヨニヨと笑った。


「わかりました! この国に不慣れなユウリのために、ワタシがお手伝いしましょう!」


「ミライヤ、ありがとうー!!」


「飲み会一回でいいですよ。素敵な男性が付いてるともっといいですぅ」


「……買い物の時のランチも付けるわ……」


 やったー! とミライヤは喜んでいるけど、男性はともかくそのくらいはお安いものですよ。ホントに困ってるんだもの!

 明日は仕事は休みだけど闇の日で、お休みの店が多いからどうしようかと思ってたのよ。

 休みの日が多いというだけで、やっている店はあるらしい。

 確かに青虎棟も原則休みだから正面玄関口は閉めているし、来客も受け入れてない。けど、納品口は開いていて、どうしても休めない人たちはそこから出入りして普通に仕事をしていたりするものね。


 まさか異世界でも油断すると社畜道中まっしぐらとは、思わなかったわ。




 闇曜日。

 任せてください! と言うミライヤと歩いて向かったのは、こじんまりとしたレンガのかわいらしいお店だった。カジュアルなお貴族様向けの服屋ですって。

 オートクチュールだから基本的にはオーダーメイドなんだけど、見本も兼ねて出来上がっているものもあるのだそうだ。


「お客様はちょっと小柄でいらっしゃるから、布からお作りした方がよいのですが」


 ちょっと困ったように微笑む裁縫師テイラーさん。ミライヤはシュカを膝に乗せなでなでしながら答えた。


「ユウリ、それはそれで何枚か作ったらいいですよぉ。近い将来必要になるでしょうし? そうですよねぇ、シュカ?」


『クー(そうなのー)』


 そこの神獣、気持ちよさそうにテキトーな受け答えしないでちょうだい。


「――あら、そうなのですか? それは素晴らしいことですわね!」


 キラン! と、裁縫師テイラーさんの目が光った。

 まず明日着ていくように選んだのは既製のブルーグレイのワンピース。ノースリーブでふくらはぎ丈の、お直しが少なく済むタイプ。

 キレイな光沢で素敵なんだけど、ミライヤが「ちょっと地味?」と言うので、ラベンダー色のストールが足された。


 靴下はクリーム色のレースで、靴は紺のサンダル。つま先から編み上げていくことでなんとかサイズを合わせている。

 前に靴を買ったお店には、既製の靴でサイズあったんだけど、もしかしたら子ども用だったのかも。


「首元がちょっとさみしいけど、まぁそこはあえて」


「そうですわね。ちょっとさみしいですけど、それでいいですわ」


 二人がうふふと笑うのが、ちょっとコワイ! あえてさみしくさせておくって! さすがにあたしでも意味がわかったわよ?!


「――――チョーカーとかないですか?!」


「もう! ユウリはわかってないです! プレゼントできる場所を空けておかないと!」


 いい! 空けなくていいから!!


「では、こちらのリボンはいかがでしょう」


 ふわりとオーガンジーっぽい透け感のある白いリボンをくるりと首元に巻かれる。

 これで明日の恰好はできあがり。ふぅ、よかった……。


 お直しをしてもらっている間に、細かい採寸されてオーダーメイドドレスを二着と靴を二足お願いした。

 お値段は――――なかなかよ。なかなか。

 カジュアルなドレスでコレってことは、あの夏至祭のドレスっておいくらしたのかしらね…………。





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