獅子団長、休日(?)の過ごし方 1


 雨期直前の休日。俺はユウリと魔法ギルドへ出かけた。

 ユウリもシュカも街を見ながら楽しそうだ。となりで歩いていてうれしくなってしまう。

 半分仕事のような休日ではあるが、このくらいの役得はあってもいいだろう。


 魔法ギルドでは、今度王城で導入する魔法鞄預かり具の納品手続きを進め、領の方で使う販売庫の話も聞いてきた。

 預かり具の方は城で使うのにぴったりのものが最新版ででていて、ちょうどいいタイミングだった。ユウリのお眼鏡にもかなったようだし、高価ではあったが王城で使うに不足なしだと思う。


 のんびりと食事をして街を散歩して帰ってくると、部屋で待っているのは領の仕事の山だ。

 ため息をひとつつき、書類の山へ向かった。

 正直、あまり書類仕事は得意ではない。だが、あと残っているのは住人達からの意見書だ。これを読むのは嫌いじゃなかった。


『ノスラベンダーが咲き始めました』『マイガロフィッシュの群が北上しとります』『再・火熊レッドベアー出没。注意が必要』など、領のことがわかる。

 意見書という名の領主宛の手紙みたいなものだ。下に小さく『お体に気を付けてくださいませ』と書いてあるものもあった。いつも領にいられない領主でも気遣ってもらえるとは。


 火熊はどうなっただろう。脅しは設置してあるし、自衛団が対処するとは聞いているが、心配なところだ。


 書類の山がほぼなくなったころに、領主補佐のアルバートがやってきた。


「サウデラ山の火熊はどうなってる?」


「時々姿が見えているそうですが、里には出てきてないとのことです。[稲妻]の結界が効いているみたいですよ」


 デラーニ山脈に属するサウデラ山はやはり土の気が濃く、魔物が好む土地だった。火熊や他の魔物が多く生息しており、時々こうした騒ぎになる。

 山の麓付近にぐるりと脅しの結界を敷き詰めるのはお金がかかったが、安全にはかえられない。

 この結界は最近開発されたもので、人には無害にできているのだ。こういった進歩は本当にありがたい。


「あと、例の土地の方ですが、月光邸から南下した、海の見える見晴らしのいい丘を検討しています。民家が集まっているあたりからも近い場所ですね。[記憶石アンカーストーン]渡しておきましょうか?」


「そうだな、もらっておこう。時間がある時に見に行っておく」


 ユウリを連れて行ったら喜ぶだろうか。白狐印の調合液を売る売店の話が本当になって、驚くだろうか。ああ、それなら、決まって店ができてから連れて行って、驚かせるのもいいかもしれない。


 処理済みの書類を渡し、未処理の書類を受け取る。読んでも読んでも終わらないのはなぜなんだろうな……。


「行き来してもらって悪いな、アルバート」


「まぁ、そんな時もあるでしょう。――――秋まで、ですね?」


「陛下から正式に話を頂いた。多分、そうなるだろうな」


「そちらの準備も進めないとなりませんね。とりあえず領のことはお任せください。あなたのお兄様が……ペリウッド様が手伝いに来てくれますし、なんとかなりますよ」


 アルバートは夕食を置いて帰って行った。

 今晩はグリルしたマイガロフィッシュと、ボゴラガイと野菜のスープだった。ありがたい。

 もう数か月もすれば、こういった自領の料理が毎日の夕食になるのだろうな。

 料理をする小柄な姿が勝手に思い浮かんで、困った。

 昼間シードルを飲んでいた時も、リンゴソースができたら「味見してくださいね」なんて可愛いことを言っていた。


 手を伸ばしてはいけない人だというのに。

 王城に降臨した申し子。そこが望まれた場所だというのなら、そこで花咲くのだろう。連れてはいけない。

 だが、喜んでほしくて笑顔でいてほしくて、何もかも与えたいし、全力で守りたい。そう思うことくらいは許してほしい。

 俺はまたひとつため息をついて、食事の支度を始めた。






 次の日、一日の引き継ぎを副団長の ウィリアムとしていると、マクディが下番の報告へやってきた。

 特に異常がない時は省略でよいとしているため、何かあったのかと身構えるとそういうわけではないらしい。


「団長、あの、手荷物検査のことなど聞きたいこともありますので、よかったらこの後飲み……食事でもどうですか?」


「ロックデールと飲む約束しているんだが、いっしょでいいか?」


「もちろんです! お二人とごいっしょできるなんて光栄でっす!」


 また、思ってもいないことを。その証拠に口元が笑いそうにピクピクしている。

 全く……。 ウィリアムと目を合わせると、落ち着いた壮年の佇まいで苦笑いをしていた。


「二人で先に始めていてもいいぞ」


「はい! では『こぼ亭』で待ってまーす!」


 …………そうか、今日は店で飲むのか。いつも二人で飲む時は、つまみを買ってきて部屋で飲んでいたのだが、たまには外で飲むのも悪くない。


 マクディが去った後は、引き継ぎの続きをする。

 警備隊へ女性の入隊希望者が来たことを話すと、ウィリアムもほっと顔が緩んだ。

 女性衛士の不足は近衛団の長年の悩みの種だったが、ここにきてにわかに解消の兆しが見えてきた。

 やはり女性用の制服のおかげだろう。今思えば、なぜ女性用の制服が必要だと気付かなかったのかと思うが、以前は全く気付かなかったのだ。

 それがこうやって希望者が現れたところを見れば、本当にそこに敬遠される理由があったのだとわかる。

 教えてくれた裁縫部屋とユウリにはお礼をしなければなと、改めて思うのだった。






 仕事後、着替えをしてから『零れ灯亭』へ行く。個室に案内され部屋の中へ入ると、ロックデールとマクディが妙な雰囲気だった。

 ロックデールはこめかみを押さえ、マクディは背を丸めてこうべを垂れている。


「……どうした?」


 俺がそう声をかけると、ロックデールは声を潜めた。


「……いや、どうというわけではないんだがなぁ……」


 隣の部屋からは賑やかな笑い声が聞こえている。


『……そん時、あのクソ隊長がなー……』


『ニーニャ衛士、お行儀悪いですよぅ』


『ハハハ! 悪ぃ悪ぃー!』


『……まぁまぁ、そこがニーニャの可愛いところよ』


 …………察した。

 どういうことだと目線をやると、マクディが神妙そうな顔をしつつ目が笑っていた。

 どうやら、知っていてわざとここへ来たようだ。


「部屋を変えてもらうか?」


「まぁまぁ団長様……。とりあえず飲み物でも……」


 置いてあった新しいグラスへワインが注がれてしまう。

 マクディめ、なんとしてでも女性衛士たちの話が聞きたいのか。

 この警備副隊長は、時々こういういたずらをする。それでも憎めないのが得な性格だな。

 ロックデールも眉間にしわを寄せながら苦笑した。


「マクディ、今晩の酒代はお前持ちだぞ」


「えー! そんなひどいっす! お二人の酒の量は人外じゃないですかぁ!」


「酔うと声がでかくなるからなぁ。となりの部屋に気を使って、そこそこにしておいてやる」


「くぅ……。ちょっとした好奇心だったのに……」


 好奇心、マクディを殺す。だな。

 自分のその性格を省みるいい機会にしてもらおう。


 聞こえてくる話はなるべく聞かないように酒とつまみに集中することにして、俺もグラスに口を付けた。





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