申し子、笑う


 気合いを入れて立ったものの、出勤時間のピークを越えた納品口はぽつりぽつりと入っていく人がいるだけだ。ゆるい。はっきり言って相当ゆるい。


「今、門で警備さん倒れてたけど、どうしたんだろうね? 大丈夫なのかな?」


「詳しいことはわからないんですけど、急病みたいです」


「そうか、大事だいじないといいね。衛士さんたちは仕事大変だから、君も気を付けなよ」


「お気遣いありがとうございます。いってらっしゃいませ」


笑顔で送ると、次にいらしたのは位の高そうなおじ様。


「――――お? 初めて見る娘だね。 制服かわいいなぁ。どう? うちの息子の嫁に来ない?」


「長官! 駄目ですよ! 女の子にそんなこと言うなんてセクハラです!」


「えー? かわいいって言っただけだよ? 駄目なの? あ、そう……ごめんね、お嬢さん。またね」


「いえ、大丈夫です。いってらっしゃいませ」


「うちの上司が大変失礼しました。つきましては――お詫びに今度お茶でも……」


「……勤務中ですので、申し訳ございません」


「――――こら! 早く来い! お前がセクハラだ、バカモン!」


「えー?! 横暴上司! ……お嬢さん、また次回お詫びを……」


「……いってらっしゃいませ」


 本当にゆるゆるだと思うわ。そしてあるある。日本でもフレンドリーな会社だとこんな感じだった。こんなに平和で静かじゃ、そりゃ、シュカもぐっすり寝ちゃうわよ。


 倒れた人はどうなったのかと心配しながら、出入管理の仕事をすることしばし。

 そろそろ交代の人が来るよ。と金龍宮側のイケメン兄さんが教えてくれた。この後はお昼の休憩になるらしい。


 交代の人に引き継ぎをして、シュカを抱き上げ急いで納品口から外へ出た。警備と薄青色のローブの集団は見当たらない。あたしはなんとなく門の方へ歩きだした。


「治癒院に連れて行ったみたいだな」


 後から出てきて、同じく門の方へ歩くイケメン兄さんが言った。

 制帽を外すと案外若く見える。あたしよりちょっと年上くらいだろうか。


「治癒院ですか」


「そう、黒髪ちゃんは他の国の人なんだっけか。団長の遠縁とか聞いたな」


「あ、はい、そんな感じです。ユウリ・フジカワです」


「俺はリド・クラウ。よろしくな。ユウリはまだ行ったことがないのかもしれんが、この国で病気や怪我をすると、治癒院で治癒術を受けるんだわ」


 病院みたいなものね。

 調合屋で売られているざっくりとした性能の治癒薬を飲むより、治癒師ヒーラーが治癒術を施し適切に選んだ治癒薬を飲む方が、確実なのだということだった。


「治癒院に運ばれたということは、あの薄青色のローブの人たちは治癒師ヒーラーではないんですか?」


「治癒師だよ。治癒室に連れていくより、転移で治癒院に連れていく方が早いから連れて行ったんだろうなぁ」


 東門からなら、青虎棟に戻るより橋を越えて転移する方が確かに早い。

 門の近くで待っていれば、レオナルド団長が戻ってきたらすぐ合流できるだろう。執務室で待ってるように言われたけど、じっとしていられそうもない。抱いているシュカの毛を無駄に撫でてしまう。

 門のところに立つ隊員も、交代したばかりだろうから事情はわからないだろうけど、ちょっと聞いてみようかな。


「ユウリも『こぼ亭』で昼飯食うのか?」


「あ、いえ。門のあたりで団長たちを待ってようかと思って」


「そうか。早朝番はあそこで昼飯食べる奴が多いから、行けばもう一人の門に立っていたのもいると思うぞ」


 それもいいかもしれない。なんてったって、あそこの食事は美味しいものね。


「リドさんも行くんですか?」


「リドでいい。敬語もいらん。俺は家で昼飯食うの。うちの飯の方が美味いからさ」


 リドはパチリとウィンクして宿舎の方へ去っていった。

 おうちでごはんか。それもいいな。

 背中を見送ってふと門の向こうを見ると、橋の向こうから集団が歩いてくるのが見えていた。

 あ、帰ってきた!

 あたしは大きく手を振って、レオナルド団長たちが近づいてくるのを待った。






 昼食が乗ったトレーを当たり前のように二つ持った団長は、『零れ火亭』のテーブルへ隣り合わせに置いた。今日のランチは牛肉と野菜の炒め物! 腕の中からシュカが伸び上がってお皿を覗いている。


「レオさん、ありがとうございます」


 あたしがお礼を言うと、レオナルド団長は軽く笑んで応えた。

 その向かいにマクディ副隊長とエクレールが、妙な顔をして並んで座った。エクレールはシュカから離れた場所にいる。この間の妖怪チックなところを見たからかしら。

 そして二人ともなんで変な顔でこっちを見るんだろう。


「倒れた人は、大丈夫だったんですか」


「ああ、過労らしい。今のところ命にかかわるようなものじゃないらしいが、無理を続ければ病気にもなるだろうという話だ。しばらく休ませることになった」


「倒れたジーサマンド衛士は、最近孫が増えたんですよ。で、娘さんの代わりに上の子たちの相手をして疲れ果てていまして。シフト減らしてほしいって言われてたんですけどねぇ、人がいなくてそこそこ入ってもらってこれですわ……。俺のせいでもあります。すみませんでした!」


「人が足りないのはマクディのせいじゃない」


「ユウリ様、急に代わってもらってすみませんでした」


「ああ、そうだ! ユウリ嬢が立っててびっくりしたんだった! ポストに入ってくれてありがとうございます!」


「お役に立ったならよかったです」


 エクレールとマクディ副隊長にそう答えると、レオナルド団長が眉を上げた。


「……ユウリが代わりに入ったのか。悪かったな。大丈夫だったか?」


 特に問題はなかったと思うんだけど……。『嫁に!』とか『お茶を!』とか言われたのは、セクハラじゃなくてコミュニケーションってことよね? 思い出しながら「多分……」と曖昧に笑った。


 シュカが(『マヨネーズとたべたいの』)と言うので、魔法鞄から出してかけてあげる。すると、となりで団長もちらっと見るので、小さいスプーンを入れたまま瓶を横にスライドさせた。


「レオさんもよかったらどうぞ」


「……ありがとう」


 うれしそうにかけるのがかわいくて、ふふっと笑ってしまった。

 向かいに座る二人がまた変な顔をするので、マヨネーズの瓶を勧めてみる。


「よかったら試してみます? マヨネーズっていう卵のソースなんです」


「やはりこれをかけるとより美味くなるな」


「あ、俺もいいんですか? 狐が美味そうに食べてるなと思ってたんですよ。ヤッタ、ありがとうございます!」


「ありがとうございます。いただきます」


 マクディ副隊長はたっぷりと、エクレールは控えめにマヨネーズをかけた。

 二人はマヨのかかった肉野菜炒めをぱくりと食べて、目を見開いた。


「ウマー!! なにこれ、すげーウマイー!! トローリ! 狐、これウマイね?!」


(『そうなの、おいしーの。おにいしゃん、よくわかってるの』)


「……これは、ユウリ様が作ったものなんですか? すごく美味しい! これをかけると味が変わって、どんどん食べてしまいます」


「ありがとう。東門の近くの調合屋さんでも売り始めたんですよ」


 へぇとか言っているけど、食べるのに忙しくてあんまり聞いてない気が。マクディ副隊長なんてウマーウマー言いながら、パンにまで塗ってる。

 まぁいい、みんなマヨの魅力にやられてしまうがいいわ。ふふん。


 食事の後、エクレールは次の巡回業務へ就くために戻っていき、副隊長と団長はお茶を飲みながら人員の足りなさを嘆いていた。この後も戻ってシフトの組み直し作業をするみたい。

 こんな制服まで着て協力しているのだから、誰か入ってくれと切に思う。


「いい人が入ってきてくれるといいですね」


 あたしは、これ以上はやることないかなと、お先に失礼することにした。





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