申し子、ほっとする(他意はない!)


 朝のキッチンに、いい香りが漂う。

 昨夜から卵と牛乳と砂糖の卵液に浸かっていたパンを、フライパンのバターの流れにジュワーっと落とし、弱火で両面じっくり焼けば、焼き目も美しいフレンチトーストができあがる。

 調合に使おうと思って買っておいたハチミツを、ちょっとだけかけた。黄金色の魅惑の蜜は高いからほんのちょっとだけね。

 シュカは香りだけで、(『おいしそう! おいしそう!』)と大騒ぎだ。


 ベビーリーフのサラダを添えて、ワンプレートのモーニング。スープが付けば満点かな。

 となりでかぶりついたシュカは、瞬間目がうっとりとしてぽーっとなった。


(『なにこれ……おいしすぎるの……かみのたべものなの……』)


 あたしはナイフとフォークで一口食べる。

 ふんわりとろりと、パンのようなプリンのような食感と味。バターの香りとハチミツの濃厚な甘みも食事というよりはデザートだ。


「朝から贅沢ねぇ……」


 お酒が好きって言うと甘いものはそうでもないみたいに思われるけど、どっちも好きに決まってるわよ。白ワインにチーズケーキとか最高だし、赤ワインにガトーショコラとか至高でしょ。


 幸せの朝食の後は、調合のお時間。

 美味しいもの食べるためにもしっかり稼がないと。


 ブルムの葉とアバーブの葉と薄切りにしたレイジエの根で作ったものだけでも、ちゃんとした回復薬になるから、他に足すものは少量ずつにしておく。ライシナモンのスティックを四分の一、ターメリック粉をティースプーン二分の一入れて、大鍋をかき混ぜた。

 大鍋の液を[冷却]で少し冷まして、昨日青果店で買ったレモンを絞った汁とハチミツと入れてまたかき混ぜる。

 濾しながらポットに入れると、立ち上るシナモンとレモンの香り。おいしそうな黄色い液ができあがった。


 ハチミツレモン味の調合液ポーションなら美味しそうかなと思って作ってみたんだけど、あとは性能がどんな感じか。

 シナモンはワンコに駄目らしいんだけど、シュカは例の主張をするのでちょびっと残った分は半分こした。


(『これすごくおいしいの! げんきになるし、なんか毛がふわっとするよ!』)


 ふむ。なんかお肌に効きそうなコメントが出たわね。

 ほんのり甘酸っぱくて飲みやすい。あたしの舌には馴染みのある味だった。懐かしい夏の味。

 性能も大事だけど、美味しいって心にも作用する大切なことよね。

 口の周りをペロペロしているシュカを抱き上げて、あたしは意気揚々と『銀の鍋シルバーポット』へと向かった。






 待ってました!! とばかりにミライヤに迎えられて調合液ポーションを三種十本ずつ計三十本カウンターに乗せた。


「うわぁ……。あれからこんなに作れたんですか? 本当に魔量多いんですねぇ」


 実はその倍の数作ったんだけど、一般的な魔量多い人の範疇はんちゅうを超えそうなので、在庫にしておくのよ。

『森のしずく』と『森のしずく(緑)』は前回と同じ性能だったので、同じデザインで封をしてしまう。

 ミライヤは「楽しみですね?!」と言いながら、新作のキラキラとする黄色の液を情報晶にかざした。


「[性能開示オープンプロパティ]」


 |魔量回復 性能:8

 |疲労回復 性能:5

 |特効:美味 美肌(小) 美白(小) 二日酔い回復


「――――疲労回復すごっ?! 美肌?! 美白?! なにそれ初めて見ますぅ!!」


 おおぅ、シナモン効果? 日本のお姉さまたちがせっせとかけていただけのことはあるってこと? それともハチミツのローヤルゼリーのせい? それともレモンのビタミンC?


「…………いやもぉ、相変わらず、びっくりするような性能なんですけど…………最後の二日酔いの文字の残念感はなんなんでしょうね……」


「……なんかごめんなさいね……」


「ターゲット層が貴族の女性と思わせての、酔っ払い父さんだったみたいな……いえ、素晴らしいのは変わらないです!! 治癒薬で皮膚に働きかけるものはありますけど、回復薬でってなかなか斬新です。この(小)が怖いですよねぇ。一回じゃ効果小さいからリピしてね? ってことですよ。この女性ならどうしても欲しい効果にこれ……。恐ろしい……」


 いや、そんなこと考えて作ったわけじゃないわよ?!


「二日酔いに効くのも案外、夜会明けの奥様お嬢様たちにいいかもしれない……クフフフ」


「ええと、取り過ぎに注意してほしいんだけど、封はどうしたらいいの?」


「オレンジ封で大丈夫ですぅ」


 オレンジ色の封を、瓶に一周ぐるりと貼った。『森の恵み(黄)』ってそのまんまの名前。白狐の絵の他に、レモンの絵も描いた。


「……えーと、買い取りなんですけど、美肌とか美白とか今までにない特効がついているので……二千でどうですか?」


「えええっ?! そんな高くて大丈夫?!」


「ええ、これなら貴族の女性に十分売れます。貴族の方々は調合液にお金かけますからねぇ。男性だったら疲労回復力が高いものが……あっ、これ男性にも売れますね! 素晴らしいですぅ!」


「あたしとしてはありがたいけど、ミライヤに無理のない金額でお願いね」


 売る方がそんな姿勢でどうしますか?! なんて怒られたわ……。解せぬ。


 結局、今日の分は全部で四万二千レトになった。

 びっくりするわぁ……。材料費や食費を抜いても、十回繰り返せば情報晶に手が届いちゃうじゃない。いやもう本当にびっくりよ。






 回復薬を作ったり、疲労回復効果がありそうなものをダグったりしていると、夕方になっていた。

 そろそろ夜ごはんの準備でもと思っていたところに、ベルがリンと鳴った。

 きっとレオナルド団長だ。

 玄関ホールに出ると、ぼんやり光った扉に大きな体が浮かび上がっていた。


「レオさん、おかえりなさい」


 一日ぶりに見る顔は、ちょっと疲れているように見えた。

 あたしといっしょに出てきたシュカは、さっと団長の肩に上ってべったりくっついている。


「ただいま。ユウリ。――土産だ」


 ボトルを三本と、軽い箱を手渡される。ワインとお菓子だって。うれしい!

 とりあえず中に入ってもらって、リビングのソファに座らせた。


「お土産ありがとうございます。……お疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」


「ああ。もうずっと書類と格闘していたから、目やら腰やらな……」


 団長が困った顔して笑っている。

 回復薬、疲れ目特効があるものとかもいいかも……。

 シュカに(「魔力あんまりなめちゃ駄目よ」)と釘を刺して、よかったらどうぞと、作りたての回復薬を差し出した。

 寝れば治ると遠慮する手に、蓋を開けたものを握らせる。


「ありがとう。やはりユウリの回復薬は美味いな。体も気持ちもすっきりする」


 少しだけ血色がよくなりすっきりとした顔にほっとする。

 夜ごはんも食べていってください。と言うと遠慮するので、「お口に合いませんか……?」と聞いてみるとすごい勢いで首を横に振られた。断りづらそうな聞き方をした自覚はあるわよ。


「それなら食べていってください。たいしたものはないんですけど」


「では、お言葉に甘えてよばれよう。俺も領から持たされた煮込みがあるから、いっしょに食べないか」


「えっ! 食べたいです! レオさんとこの領地でとれたものですか?」


「ああ。イカと貝なんだが、食べられるか?」


 魚介!! 食べたかったの!!


「どっちも好きです! うれしいー!」


 預かった鍋を魔コンロに弱火でかける。ちらっと見たところ、トマト煮っぽい。

 昨日のシチューをグラタンにしようかと思ってたんだけど、煮込みものが二品っていうのもどうかと思うので、肉を焼くことにした。レオナルド団長、肉好きだし。


こぼ亭』で買うお肉はいつもいいお肉なんだけど、これは特に立派な塊肉だった。鑑定したところ豚ロースと出たので、二センチくらいの厚めに切る。豚肉には、疲労回復効果があるのよね。縮まないように筋を切ってから、塩コショウしてフライパンに投入。粒ごと入れたガーリックオイルで焼いてソテーにする。ツブツブと茶色の焼き色が美味しそうよ。

[消臭]の魔法があるから、ついニンニクも気軽に使っちゃうわよね。


 つけあわせのサラダとパンも盛って、アツアツの煮込みをオーブンウェアによそえば、海の幸山の幸の食卓となった。


 いただいたばかりの白ワインを開けてグラス二つに注ぐ。シュカがじーっと見てるけど、さすがに大きいシュカに化けたらびっくりされると思うわ。

 シュカのお皿には『森のしずく』を入れてあげた。ごめんね、お酒はまた今度ね。


「――今日のワインはレオさんの領のワインなんですね。美味おいしい……。この間いただいた赤も美味しかったです」


「そうか、口にあったならよかった。魔素大暴風の被害を免れたものが結構残っていてな。今はそれを売りながら農地の立て直しをしているんだ」


「農業が盛んなところなんですか?」


「そうだな、ここより北の涼しい土地なんだが、野菜と果物を多く栽培している」


「野菜と果物、いいですね。そして海に面していると」


「そういうことだ。大きくはないが漁港があって、魚も取れるぞ」


 そんな話を聞きながら、スノイカとボゴラガイの煮込みと言われたものをいただく。

 トマトの旨みと魚介のダシが出ていて、美味。殻ごと入っているボゴラガイを指でつまみあげて食べると、アサリに似ている気がした。家庭の味のような優しい味。

 これは、ペスカトーレってやつね。パスタでも美味しいやつ。


「……美味しいです。これはどなたが作られたんですか?」


「補佐役の奥方が作ってくれたものだ。独り身の俺を心配してくれているらしい」


 ああ、団長、やっぱり独り身でしたか。

 …………今、ちょっとほっとしたのは、誤解される人がいないならよかったってことだから。他に意味はないから。


「ニコニコしてどうした? 何かおもしろい話だったか?」


「い、いえ、美味しいなぁって」


「そうだな。でも、ユウリの料理も美味い。この肉も食欲をそそる香りがして美味うまいぞ。ワインとも合う。ずっと食べていたいくらいだ」


(『このお肉おいしい! ユーリのごはんはおいしいの!』)


 レオナルド団長が笑いかけてくれて、シュカはしっぽをいっぱい振って、美味しいって言ってくれる。うれしい。

 笑顔でいっしょにごはんを食べる人がいるって、本当に幸せなことだ。

 あたしは地位とか財産とかそういうの多くは望まないけど、気の合う人たちと美味しいねって笑い合って生きていきたいわ。





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