* 国王陛下の悲哀


◇閑話◇

人物名多いですが覚えなくても大丈夫です。お気楽にお読みください!



 * * *




 レイザンブール国王ルミノーズ・キリラ・レイザンブールは、王妃と共に国王専用ティールームでティータイムの最中だった。


 午前中は国内外の者たちと会い、午餐ランチの後は書類の確認とサイン、そしてやっとゆっくりできるのがこのティータイムということになる。

 まだまだ働き盛りと言われるが、もうそろそろ六十歳。魔素大暴風後の国内の立て直しに奔走してきたが、体力も少し衰えてきて、そろそろ引退と思うこのごろ。


 取り次ぎの侍女が、来客を知らせた。

 メルリアード男爵レオナルド・ゴディアーニ近衛団団長が訪れたらしい。部屋の隅に控えていた護衛の眉が一瞬ぴくりと上がった。

 もしお邪魔でなければとのことらしいが、もちろん構わないと国王はうなづいた。彼は大変頼りになる、身分も考え方もしっかりとした国王夫妻のお気に入りだから。


「お休み中のところ失礼いたします」


 そう言って入ってきたのは大きな体を粗野に見せない整った顔の男、レオナルド近衛団団長。護衛の目礼を受け、国王の元でひざまずいた。

 夫妻へ慇懃いんぎんな挨拶した後に、その身に似合わないかわらしい瓶を六本差し出す。白い封がしてあるものが三本と、オレンジの封がしてあるものが三本、どちらも白い狐の絵が描かれていた。


「こちらは陛下へ贈り物だそうです」


 いろいろと伏せられているが、そこはちゃんと話が通る。


「ほう……。調合液ポーションか」


「まぁ、かわいらしい」


 侍女がさっと情報晶を取り出しテーブルの上へ乗せた。

 調合液ポーションの性能もだが、毒の有無を調べるために必要なのだ。

 かざすと普通の回復薬にしては高い性能と特効が示された。


「素晴らしいではないか。上級回復薬を調合したらどのようなものができあがるのか、恐ろしいな」


「そうですわねぇ」


「性能も素晴らしいのですが、それよりもさらに味が」


「……美味いのか?」


「はい。とても」


「まぁ……」


 国王は手元の小瓶をしげしげと眺めた。

 光の申し子という不思議な伝説のような存在がいるのは、よく知っていた。

 前回の魔素大暴風の時に降臨された方々は、物心つくころには亡くなっていたが、残された話はまだまだ生々しさを含んでいた。

 賢者様の他にも、豊富な魔量で巨大な魔物に立ち向かった申し子、結界魔法の研究で成果を上げた申し子などの話が、リアルに語られていたものだった。


 光の申し子が、またこの国に現れて、この城にいるという不思議。

 その昔物語を聞いてはわくわくとした、冒険たんを垣間見るような思いがした。

 このような年になってまた、こんな楽しい気分になるとは。


「あなた、少年のころのような顔になってますわよ」


 そう言って笑う妃の顔も少女のようだと、国王は思った。


「――畑は裏の空いている場所ならどこでも、思うように研究に使っていただくように。足りないなら、研究栽培地を開放して構わないぞ」


 研究という名の元、作りたい薬草を自由に作り、好きに調合に使ってよいということだ。

 レオナルドは正しく受け取り、軽く笑んだ。


「承知いたしました」


 部屋に流れる和やかな空気。

 だが、それは次の一瞬で破られた。

 バン! と開かれた扉から、やんちゃそうな小さな体が現れる。


「おばあさま! ぼくもお菓子食べたいです!」


「ぼくもー!」


「――――マルリー! トライド! おじいさまとおばあさまにちゃんとご挨拶しないと! わたくしは姉としてはずかしいですわ!」


「ローゼの言う通りだよ。ちゃんと二人ともご挨拶なさい。おじいさま、おばあさま、お休み中にごめんなさい」


「アルお兄さま! 二人とも全然言うこと聞かないんですのよ!」


「えー……?」


「だって……にいさま……ぼく……」


「おじいさま、おばあさま、ごきげんいかがですか? 僕たちもおじゃましてよろしいですか?」


「ほらサキアについて言ってごらん?」


「「うー……」」


 孫たち五人全員が顔を出し、王妃は「まぁまぁ」と笑顔を浮かべた。

 真っ先に顔を出した姉弟の三人は、第二王子セイラームの子たちだ。まぁ、セイラームの小さかったころにそっくりだと、国王は思う。とにかく自由な子だった。

 後から入ってきた王太子スタードの子たち兄弟は、やはりスタードに似て聡く落ち着いている。

 同じような環境で育っても違うものだなと、国王も笑みを浮かべた。


 来年は一番年長の次期王太子アルディーノが十歳になり、全寮制の王立オレオール学院へ入学する。

 全員一歳ずつ違うため、来年から毎年一人ずつ減っていくことになる。

 国王が退位すれば、セイラームは公爵位に下ることが決まっており、一家は公爵邸へと移り住む。

 国王夫妻も、長いこと側妃不在で空いている白鳥宮へ移るか、どこかの別荘を居とするか、どちらにしてもこんな賑やかな暮らしはあと少しの間だけなのだ。


「おじいさま! このかわいい調合液ポーションはなんですか? 回復薬……ぼく、今、魔法のおけいこしてきて、疲れてたんです!」


「にいさま! ぼくも疲れてる! 狐さん飲む!」


 小さい手が素早く瓶を取り、シュポンと封を開けるとあっという間に飲み干してしまった。


「――ふわぁぁぁ……おいしー……。こんなおいしい回復薬はじめて!」


「――はぁぁぁ……おいしいねぇ。ぼく、ぜんぶ飲んじゃった」


「……そんなにおいしいんですの?」


「はい、ねーさまもどうぞ。にいさまたちも、はい。おばあさまもどうぞ」


 最年少のトライディーサがかわいらしく、配って歩く。

 それぞれ手にした瓶をしげしげと眺め、金竜宮では見ることのないかわいらしい封を開けた。


「――本当……。なんておいしいんでしょう! すっきりとしてふんわり甘いですわ!」


「――これは、頭がすっきりしますね。後味もいいです」


「――僕、魔法のおけいこの後のごほうびはこれがいいです」


「――……まぁまぁ……! 本当に美味しいわねぇ……。サキアーノはこれがあれば、もっと魔法のおけいこをがんばれるのね?」


「はい! おばあさま!」


「ぼくも! ぼくもがんばるよ!」「ぼくも!!」


 声をあげなかった年上の子たちも、うらやましそうな顔を浮かべている。

 王妃は孫に弱いおばあちゃんの顔で、にっこりとした。


「これは貴重なものだから、いつもは用意できないのよ。でも、あなたたちが魔法のお勉強をがんばったら、ご褒美にもらえるように、陛下にお願いしておきましょうね」


「「「「「はい! ありがとうございます!」」」」」


 孫たちからいい笑顔を向けられて、国王はうなずくことしかできなかった。

 ああ、おじいさまもそれ飲んでみたかったよ……と思いながらも、孫たちが喜んでいるからいいかと、後ろに控えていたレオナルドに『追加注文』の視線を送った。




 無言の注文を正しく受け取った近衛団長は、しょんぼりした国王の背中に、後で自分の分を一本差し上げようと思うのだった。





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