申し子、お人形と戯れる


 朝、目が覚めると、枕元に小さいシュカが丸まっていた。

 昨夜ワインを飲むほどにごきげんになったシュカは、しまいには『楽しいのぅ~、楽しいのぅ~』と天井付近をふわふわと飛び回っていたのだ。

 楽しそうでよいわねとそのままほうっておいたんだけど、いつの間にか小さい姿に戻ったようだった。


「シュカー、朝練行くー?」


『クゥ……』(『……いくのー……。ちょっとまって……』)


 寝ぼけながらモタモタと起き上がってくるので、ひょいと抱き上げた。

 お酒が残ってるのかしら。あのボトル、ほとんどシュカが飲んだものね。


 宿舎から出て裏の畑まで行き、棒を振り下ろす。

 すると、シュカがまたモヤを欲しがるので、差し出した。

 大きいシュカが魔力が必要みたいな話をしていたし、これがもしかしたらごはんみたいなものなのかなと思ったら、いっぱいお食べ~な気持ちになる。


 ぺろりと食べて満足そうなシュカに美味しかった?と聞くと、(『おいしかったー、これがいちばんなのー』)だって。それならいっぱい食べればいいわよ。どうせすぐ元に戻るし。


 トレーニングの途中、丸まって寝ていたシュカがピクンと起きた。


(『おおかみのおねえしゃん』)


 え、どこ?

 見回すと、ルーパリニーニャが建物の影から出てくるところだ。


「ニーニャ、おはよう」


「シュカ! ユーリ! おはよう。早いな!」


 早足で寄ってきたルーパリニーニャは、ニカッと朝からいい笑顔を向け、しゃがんでシュカを撫でる。制服着てるということは、これから仕事なのね。

 ルーパリニーニャはあたしの手元を見て、「へぇ」と声を出した。


「なんだそのモヤ。魔短杖マジックワンド? おもしろいモノ持ってんなー。人形は使わないのか? アタシこれからトレーニングに行くんだけど、いっしょに行かないか?」


 人形を使う?

 よくわからないけど、とりあえずいっしょに行ってみることにする。

 向かった先はすぐ近くの簡素な建物だった。ルーパリニーニャの、フサフサとしたしっぽが揺れる背中について入って。


 ひっ……。びくっとして思わず足を止めてしまう。

 ガランとした薄暗い部屋の中には、人と同じ大きさの藁人形が三体立っていた。呪いのアレの大きいやつよ、アレ。

 大変、不気味な光景でございます……。


「ユーリはこれ初めて見る? 床の魔法陣の中に風魔粒を入れれば動くよ」


 指先からピンと放たれた魔粒が、魔法陣へ吸い込まれていった。

 するとゆるゆると藁人形が動き始めた。

 シュカは気になるらしくしっぽを振るので、(「邪魔しちゃ駄目よ」)と言って抱いておく。


 ルーパリニーニャは腰の剣をすらりと抜いた。

 ――ん? 剣? なんか違う?

 形はほぼほぼサーベルで、刃先の方が緩やかに反っている。それが藁人形に振り下ろされると、ボスッと低い音を立てた。

 藁人形は後ろによろめき崩れかけるけど、またルーパリニーニャに向かってくる。藁のくせに人っぽい動きなのが、大変不気味だわ。

 ルーパリニーニャは向かってきた人形の横腹へ剣を叩きつけ、ふっとばされて倒れた体にのしかかり、拘束した。


「五、四、三、二、一!」


 カウントを取ってからまた離れ、起き上がってくる藁人形の相手をする。


「――ホントなら、二十カウント取らないとダメなんだけどさ、魔粒が働く時間は長くないからもったいなくてね」


「その剣って、刃をつぶしてあるの?」


「警備剣な。剣っていうか棒に近い、刃も刃先も丸めてあるやつ。ちゃんと専用に作られてるんだよ。自分の使う得手に合わせて、長さや重さを同じに作ってもらえる―――よっと」


 かしいだ人形を足蹴にし、倒した後に踏みつける。……うん、藁がちょっと気の毒になってきた。

 ルーパリニーニャは息も乱さずに、また構えに戻る。


「ユーリのソレなら、そのまま使えそうだな。腰から下げられるもので刃物じゃなければ自前を使えるからね。むちを使っているのもいるよ」


「鞭! なんかかっこいいわね」


「ユーリも人形叩いてみろよ、アタシの残りで悪いけど」


 場所を譲られ、棒を構える。下段の構えから一歩踏み出し、左側から人形の右腕へ勢いよく打ちこむ。

 ズパーン!!

 予想以上の音がして、藁人形は後方にすっ飛ばされ、見えない縁にべしゃっとぶつかった。

 打ってすぐに振り下ろすはずだった右手は、ただの素振りになった。


「ヒュ~♪ やるねぇ~」


「……いや、待って! なんか違う! そんなに強くやってな……」


 言い訳しながら振り向くと、ルーパリニーニャの横にエクレールまでもが立っていて、目をまん丸にしていた。


「……ユウリ様……すごいです……ね……」


「ほら、ユーリ。また来るぞ」


 うううう、違うの、違うのよぅぅぅ。

 次は中段の構えから、人形が近づいてくる前に一度軽く素振りをすると、棒のモヤだけがビュッと飛んで人形に直撃。倒した挙句あげく、胴と腕に絡みついて拘束した。

 呆然としていると、我慢できなかったらしいシュカが跳び出し、モヤにかぶりついた。


「……シュカもワイルドだな~……やるな~……」


「……ユウリ様も神獣もこうなんですね……勉強になります……」


「いや、その、違うの。あたしがやったわけじゃ……」


 いや、間違いなくあたしがやったんだけど!!

 元々の棒の威力とは全然違ってるし、そのモヤは飛ばそうと思ってたわけじゃないから!!

 しかもシュカが妖怪のように、本日二回目のモヤをペロリと平らげたところだ。


 ルーパリニーニャのすごく楽しそうな顔と、エクレールの引き気味の表情に返す言葉がない。


 あたしは薄くモヤを纏った棒を手にしたまま、シュカを抱き上げると、「そ、そろそろ行かないと……じゃ、またね……」とひきつった笑顔でその場を後にした。





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