申し子、日頃の訓練が大事

 

 朝の空気は涼しい。

 畑が広がる宿舎棟の裏で、あたしは右手に持った伸縮式の棒を軽く振り下ろした。

 二段に伸びた棒は腕の長さほどになり、伸ばす前にはなかったつばが出現し、モヤがモヤモヤし、元の棒とは全く違うナゾの棒となり果てている。


 軽くなってるから、威力も変わるだろうな。

 二、三回振り下ろして、構える。


 下段の構え。一歩前へ、すぐに相手の右肘を打ち、振り下ろしざまに左の太ももに打ちこむ。まぁ、相手はいないから空気に向かってだけど。

 素早くもう一回。ふらつかないように、もう一回。

 下段打ちを十回やったら、次は中段打ちを十回。


 中段打ちは、中段の構えから左肩右肩と打ち込み、後退して左腕右腕と打つ。これ男の人と比べて背が低い女子には不利な操作だと思うのよ。まぁやるんだけど。


 五セットやって終了した。夕方にもう五セットやろう。

 棒の先を地面にコンと打ちつけて短く収納し、ベルトに付けているホルスターにしまう。


 自然の中で振るのは気持ちがいい。

 うーんと伸びをする。

 広い広い畑の奥の方では作業している人が見えていた。その向こうに見える横長の建物は牛舎か鶏舎けいしゃか。


 さて今日も書類整理の仕事があるし、その前にシャワーを浴びて朝ごはんを食べないと。

 黒パンに目玉焼き乗せてチーズとコショウをパラっとして、ちょっとだけ焼いて食べよう。プリっとトロっとフワっと。

 想像して、ふふふ。と笑みをもらし、あたしは部屋へと帰った。



 ◇



 本日も近衛団執務室で書類整理のお仕事。

 服はお店のお姉さんチョイスの藍色のセットアップで、ボレロとミモレ丈のフレアスカートに白の襟なしシャツだ。お貴族様の質素なドレスにも及ばないけど、夜会ドレスよりははるかに仕事場向きなのは間違いない。


 昨日通った通用口まで来ると、ちらほらと中へ入っていく人たちがいる。キッチリとした服の人からラフな服の人まで割といろいろだ。


 この出入り口は、城内で働いている人たちの他に納品する商人も通るので、広いホールになっていた。

 部屋の端の方では商人さんとコックコートを着た料理人さんが、荷車を覗き込みながら話をしている。

 城内で働く人たちは、それを横目に見たり見なかったりしながら身分証明具を情報晶に近づけて光らせ通っていった。

 情報晶を乗せたポールは二か所で、それぞれの横に警備隊員が立哨しており、あたしが通る方にいたのはエクレールだった。


「エクレールさん!」


「ユウリ様、おはようございます」


 エクレールは後ろで手を組んだ姿勢で、爽やかな笑顔をこちらに向けた。


「おはようございます。エクレールさん、あっちの情報晶を通るとどこへ出るんですか? 金竜宮の方向ですよね?」


「正解です。王族の方々用の厨房横に出るんですよ。なので、あちらを通るのは金竜宮の下働きの人たちですね」


 なるほど。で、こっちを通るのは青虎棟で働く人たちってことか。

 確かにこちらを通る人たちはシックなスーツ姿が目立つ。文官の人たちかしら。

 っていうか、そしてまた大変なことに気づいた。


 手荷物検査は――――?

 やっぱり入る時もしないんだ?!

 ここ、王様が住んでるんでしょ?! こういう重要な施設の場合、持ち出し以上に危険物の持ち込みに注意しなきゃ駄目じゃない! 毒物とか爆発物とか、魔法鞄で持ち込み放題ってまずくない?!

 あたしはエクレールと慌てて別れ、急いで近衛執務室へと向かった。




「レオさんー!」


「どうした? そんなに急いで。もっとゆっくりで大丈夫だぞ?」


 部屋へ飛び込んできたあたしに、レオナルド団長はのんきに笑った。


「違うんです、手荷物検査、入る時にもしないから……!」


 あたしは施設へ入る時の手荷物検査の重要性を説き、レオナルド団長は真剣に聞いてくれた。


「―――金竜宮で働いている者たちは、宮内か裏の宿舎のどちらかに住んでいるから、荷物は持たずに来るはずだ。だからあまり心配はないと思う。が、青虎棟の食堂の料理人たちは、みな外からの通いになる。毒を持ち込んで何かすることもできなくはないか……わかった。これから陛下にお会いするから、謁見の時間が終わってから奏上そうじょうしてみよう」


 そう言うとレオナルド団長は、あたしの頭をポンポンとして出ていった。

 ……なんだろう、なんか子ども扱いされた気がするんですけど……。

 腑に落ちないし照れくさいしで、なんとなく口を尖らせて閉まった扉へ目を向けた。




 部屋の主様がいない間は、書類整理と留守番。

 今日も涼し気な美形の護衛隊長とやんちゃイケメン警備副隊長から報告書を受け取る。

 今日ゲットしたのは、近衛団のもう一つの隊である遠見隊の隊長番は、夜の勤務だから早朝に報告書が提出されるという豆知識と、あの悪タヌキの警備隊長は一か月の謹慎処分をくらっているというステキ情報だ。ククク。悪タヌキめ、いい気味だわ。


 書類整理はささっと終わらせて、魔法の練習を兼ねて掃除をする。


「[清浄アクリーン]!」


【魔量】はしっかりあるし、魔粒は消費しないし、あえて[清掃]じゃなく強力除菌な[清浄]をかけてみた。


([状況ステータス])


 ◇ステータス◇===============

【名前】ユウリ・フジカワ  【年齢】26

【種族】人         【状態】正常

【職業】中級警備士

【称号】申し子[ウワバミ]

【賞罰】精勤賞

 ◇アビリティ◇===============

【生命】2400/2400

【魔量】32348/50848

【筋力】54 【知力】83

【敏捷】93 【器用】89

【スキル】

 体術 63 棒術 90 魔法 48

 料理 92 調合 80

【特殊スキル】

 鑑定[食物] 12

 申し子の言語辞典 申し子の鞄 四大元素の種

 シルフィードの羽根 シルフィードの指

 サラマンダーのしっぽ

 ◇口座残高◇================

 3000 レト


 ひっ……。


【魔量】の減りを見れば、応接セット付近にだけかけたのに、二万近く消費されていて、思わずのけぞる。

 部屋全体にかけたら、三万をちょっと超しそうだ。

 [清掃]なら千も使わないことを思えば、確かに、広範囲をやるには実用的じゃないかもしれない。


 お茶を飲みながら魔法書を読んでいるところへ、レオナルド団長が帰ってきた。


「おかえりなさい! おつかれさまです」


「ああ、戻った。先ほどの荷物検査の話は陛下に奏上してきたぞ。次回の管理委員会の議題に挙がることになるだろう」


「そうですか。良い方向へ変わればいいですね」


「そうだな。それでだ、また何回かこちらに来てもらってもいいか? 報酬はもちろん出る」


「はい。構いません」


「明日、明後日は政務休日だから、三日後に来れるようなら来てくれ」


 お城にもお休みがあるのね。土曜日曜みたいなものかな。

 もちろん、報酬が出るなら喜んで来ますよ。


「――ん? えらく綺麗になっている気がするんだが……」


 レオナルド団長は、ふと周りを見回し首をかしげた。


「この辺だけ[清浄]をかけましたけど」


「[清浄]を? ……この辺とは、どの辺だろうか?」


「部屋のこちら側の半分くらいだと思います」


「――――っ……! それ、魔力どれだけ使うんだ…………?!」


 獅子様は一瞬ポカンと近衛団長にあるまじき顔で呆けた後、おもいきり難しい顔をした。


「…………ユウリ、それは絶対に他で言っては駄目だぞ」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る