パンデミック

無花果

???

大きな物音がして目が覚めた。普段なら寝てる時間だし、起きてるのがバレたらママに怒られるかも知れない。

でも、妹がまた危ない事してるかも知れないから見に行かなきゃ。


「私はお姉ちゃんなんだから怖くないもん」


背後から何か忍び寄って来ているんじゃないか。情けない小走りでドアノブに両手を伸ばして廊下にそっと出る。

物音を立てないように歩くのは妹とかくれんぼするので得意になった。

階段を降りていくとキッチンの方からガリガリと聞き慣れない音がした。階段の途中から覗いてみると灯りがついていなかった。

この時間はママがパパのお弁当を作ったりしてるのを前に見た事があるけど、灯りが付いていないのは変だと思ってもう少し近付いて覗いてみる事にした。


「寝なきゃいけない時間なのにこんな事しててママに見つかったら...」


昼間ソファの上で飛び跳ねて怒られたのを思い出して気分が落ち込んでしまう。

キッチンの様子を見る為にリビングの扉をちょっと開けて覗くと、真っ暗なキッチンにママが立っていた。


「あれ? 何食べてるんだろ」


暗くてよく見えないけど、両手で何か持って齧り付いている。ゴリゴリ鳴ってる音にはいつの間にかピチャピチャと湿った音も混ざっている。


「ママ? 何してるの?」


ここまでコソコソしてきたのが無駄になっちゃうけど話しかけてしまった。

ママは私の方を見ることも返事もせず、一心に手元の何かを食べている。


「ママ...?」


何歩か近付いた。雲の切れ目から月の光がキッチンに差し込んだ。全身の毛穴が引き締まったのを感じた。


「きゃあああ!? なんで!?なんでぞんな!?」


頭が真っ白になってパパの寝ている部屋に駆け込む。


「パパ!! ママが妹を... ひっ、パパ!?」


パパは何故か壁に頭を突っ込んで壁を食べていた。

もう何が何だか分からなくなって、とりあえず怖くて外に飛び出した。靴を履く時に靴下が濡れて生暖かい事に気が付いたけど今は気にならなかった。

お外に来たのはいいけど、明るい時にパパとママと公園に行った時と違って足元もよく見えなくて違う世界に来たみたいだった。

唯一道が分かるいつも行ってる公園を目指して歩きながらさっきの光景が脳裏をよぎる。

月の光で見えた光景。ちょうど妹のふにふにのほっぺたがママに噛みちぎられて赤白い筋を引いていて、妹の白い小さい歯が奥歯まで剥き出しになっていた。パパも顔が血だらけで変で怖かった。

お家から公園までは近かったけど早歩きでちょっと息が上がった。

公園もやっぱり暗くて何かが私を見ている様な怖い感じがして、一番近くにあった街灯の照らしている所に入った。


「ママ... こわいよぉ...」


静かな公園に一人で立っていたら急にママに会いたくなって涙が溢れてきた。



寒くて目が覚めた。

泣き疲れて寝ちゃってたらしい。

すぐ隣で微かな物音がして振り返る。


「あっ、ネズミさん!!」


背中に小さい角がいっぱい生えた小さくて黒っぽい動物が居た。ママに読んでもらった絵本に出てきたネズミさんより可愛くなかったけど、逃げ出さずに私を見つめて居るから撫でようと手を伸ばして固まる。


「...なに、これ」


手の甲には血管が青く浮き出て、指先は緑に変色して、まるで木の枝の様になっている。

おばあちゃんに綺麗だって褒められた手はそこには無い。


「私、どうなっちゃうの?」


もう涙が流れているのかどうかも分からない。ただなんとなく、目の前でじっと私を見つめているネズミさんは私のお友達だと思った。

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