酸素

 この世界に息苦しさを感じた頃には、もう既に世界は手遅れだった。今では呼吸を容易く行うことも、上流階級の人間の特許だ。それ以外の人間はこうして、僕みたいにボロッちいガスマスクをつけて、繁華街跡地の隅々でフィルター探しと食料探しに明け暮れるしかない。しかしそれ自体も法に触れてしまうから、僕たちは常に王国警備隊との接触を逃れながら生きていた。

 「今日の調子はどうだい?」

 僕の背に声がかかった。マキアだ。

 「全然駄目だ。ここら一帯、拾えるもんは全部拾われちまってる。昔は栄えていたって聞いてたのに、今じゃすっかりここもそこらと変わりないな」

 「そういうな、キース。まだ拾われてないものだってあるかもしれないだろ」

 マキアはそういって僕とは少し離れた場所で作業を始めた。

 僕は手を止めて座り込み、彼女にいう。

 「なあ、僕らはいつまで生きられると思う」

 一瞬だけ、彼女の肩が揺れた気がした。

 「暗い話は好ましくないな。ただでさえおもっ苦しい空気だ」

 「かもな。じゃあ明るい話題にしよう」

 彼女は「例えば?」と聞いてくる。僕は答えた。

 「お前の親父が、もし革命に成功したら、とか!」

 「却下」

 即答されて、僕はたじろいだ。

 「そ、そんな素早く答えなくても」

 「戦争なんて野蛮なこと、好ましくない」

 そういって、彼女は手を完全に止めた。僕の方を振り返る。

 「なんだよ」

 「革命が成功したとして、次の作戦で父さんが生き残れる確率は低いだろう」

 「は!?そんなわけない。ジークフリートさんはあんなに強いんだぜ?死ぬわけないって」

 「みんな、そう言ってたな。母さんが死んだときも」

 マキアのその一言に、僕は何も言い返せなくなってしまった。

 彼女はいう。

 「私は戦争なんていらない。ただ傍に、大切な人が残ってくれればそれでいい」

 「そう、か。確かにそうだよな。軽率なことをいってごめんよ」

 「謝るなら、代わりに約束して欲しいことがある」

 僕は、なんだ、と聞き返した。

 「君も次の作戦に加わることは知っている。だから、必ず、生きて帰ってきて欲しい」

 「なんだ、知ってたのか。折角隠してたのに」

 「まあでも、」と僕は続けた。「好きな女にそういわれて、易々と死ぬわけにいかないよな」

 僕は立ち上がって、尻についた埃を払った。

 「もう、行くのかい?」

 「ああ、そろそろ時間だ。パパっとお偉いさんをやっつけてくるよ」

 前に踏み出す。足が異様に重く感じた。しかしそれは恐怖ではなく、背後から僕の体を抱き留めた何者かの影響だった。

 背から伝った温もりが、血液を媒体に心臓の奥底までに浸透した気がした。暫くそれに浸っていながら、やがて僕は、もう一度一歩を踏み出した。

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