崖ですけど、飛びますか?

 彷徨3日目。


 今日はスコールばりに盛大に大雨が降った。


 初日以来、満足に水浴びさえできていなかったので、天然のシャワーは気持ちよかった。

 ついでに、真っ裸になり、ずっと身に着けていたジャージも洗ってみる。


 石鹸のひとつでもあるとよかったのだけれど、贅沢は言っていられない。


「ひどいね、これは……」


 汚れを落としてみてわかったのだが、ジャージは想像以上にボロボロで、洗う先から破れていってしまう。

 なるべく生地に負担をかけないように、手もみ洗いでじっくり慎重にやったのだけれど、あまり効果はなかった模様。

 長袖長ズボンだったジャージが、既に短パンへそだしノースリーブという有様だ。


 まあ、それでも大事なところは隠れるので、よしとしよう。誰が見ているわけでもなし。

 制服もバッグに保管してはいるが、こちらは人里降りてから用として取ってある。どうせ今から着替えても、また獣に破られるのは目に見えている。だったら、これで充分だろう。


 しろは濡れるのが苦手なのか、定位置の僕の頭から降りて、木陰で雨宿りしている。

 確かにあの長い毛は、濡れたら乾くまでが厄介そう。重くて飛べなくなるんじゃあ?


 同じ理由からか、獣たちも息を潜めているように感じる。


 もしかして、これはチャンス?


 獣に襲われても、現状で問題ないけれど、襲われないならそのほうがずっといい。

 襲われている間は、どうしても足止めになってしまうし、いくら体力が減らないといっても、気力はそうはいかない。ステータスには表示されない、精神面ではダメージになっている。

 慣れたとはいえ、やはり獣は獣。あの獰猛な獣面に襲われた瞬間は、本能的にビビってしまうわけで。


 そうと決まれば今のうちに距離を稼いでおくしかない。出発しよう。そうしよう。


「キュ~~……」


 しろが木陰からか細く鳴いている。

 出発の意図を悟ったのだろう。


 どうしても濡れるのは嫌らしい。こんなに気持ちいいのに。


 さて、どうするか。

 いつもの頭の上では、しろは濡れっぱだろう。むしろ傘? それは可哀想。


 懐に抱いて運んでもいいけど、布地の少なくなったジャージでは、しろの全身をカバーするには至らない。


 僕はしろをバッグに詰め込んでみた。

 嵩張っていたお菓子の袋がなくなったため、容量には結構な空きがある。

 入るかなーと心配だったけど、意外にジャストフィット。

 バッグの口から顔だけ出す、しろもどこか得意げだ。


 ではでは。先を急ぐとしますか。



◇◇◇



 雨も上がり、空には太陽が覗いていた。


 あれから数時間も歩いたけど、ぬかるむ足元以外、行程は実に順調で、かなりの距離を稼げたと思う。


 そしてついに、森が開けた。


 と喜んだのも束の間。森が途切れると同時に、地面も途切れた。


 どうやら僕が歩いていた場所は、標高がかなり高い場所のようで、森は山の中腹くらいに位置していたらしい。


 ま、なにが言いたいかというと――辿り着いたのは、断崖絶壁の崖の上だったわけで。


 雨雲が去り、太陽光が燦々と降り注いでいる。湿気も雨と共に洗い流され、空気も清々しくて、吹き抜ける風が気持ちがいい。

 頭上を遮るものがないここは、薄暗い森の中とは違って明るく解放感があり、時折、葉の雨露で反射する陽光が眩しいくらいだ。

 風景も最高。遠くまで見渡せる大自然の風景が眼下にある。


「でも、道がないんだよねー」


 崖ならあるけどねー


 ……この崖、高さ50mくらい? それ以上?

 上から覗き込んでみても、いまいち崖下までの距離が測れない。


 もしだよ、仮にだよ? ここから落ちたら相当なショートカットにならない?


 悪魔の囁きが聞こえる。


「いやいや、無理でしょ? この高さだよ? 死ぬよ、絶対」


 でも、いずれにせよ最終的には麓まで降りる必要はあるわけだよね?


「そりゃあ、いずれはね。今じゃないけど」


 落下の衝撃ってどのくらいなのかな?


「何tってなるんじゃない?」


 今の体力って163000あるんだよね。いけないかな?


「ステータス確認してみよっか」



 ―――――――――――――――

 レベル13


 体力 163000

 魔力 0


 筋力 65  敏捷 59

 知性 73  器用 52

 ―――――――――――――――



「……なんか、いける気がしてきたかも」


 じゃあ、いこっか。


「そうだね」


 などと訳のわからない脳内で結論付けて――


「とうっ!」


 僕は両手足を広げ、大空にダイブしてみた。


「キュイ!?」


 しろが驚いた顔をして、翼を広げ、追っかけてくる。


「あはは~。空飛ぶって、案外気持ちいいんだね~!」


 後から思い返すと、正直、このときの僕はどうかしていた。

 きっと相当に疲れていたのだろう。


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