第78話 バッサイ大
パチパチパチ・・拍手が聞こえます。
「わーいトミー、かっこよかったぞ~!」ボブの声だ。
見ると空き地の傍にラスタ3人組が座って拍手しています。
その横にはベビスの弟が立っている。
「あれ、君たちいつの間にそんなところに居たんだ?」
私が立ち上がって訪ねると
「何言ってるんだよ、最初からずっとここで声援してたじゃない」
ボブが答えます。
そうだったんだ。
破壊王への恐怖と、作戦を考えるので頭がいっぱいで、周りのことなんかぜんぜん見えてませんでした。
ベビスが近づいてきて、また私の手を握りしめます。
・・・やはりすごい握力。
「トミー、今日は久しぶりの組手だったんだ。楽しかったよ、ありがとう」
・・・楽しかったって、こっちは恐怖しかなかったのに。
「トミーのことはカッサバ先生から聞いていたんだ」
「え?カッサバ先生ご存知なんですか?」
「ああ、そりゃ私はカッサバ先生の弟子だからね。もしかしたらそっちにもトミーという日本人が現れるかもしれないから、そのときは教えてやってくれって言われてたんだ」
・・・そうだったの?
「ベビスさんがカッサバ先生の弟子というのは初耳でした」
「そうなの?ところでカッサバ先生はお元気になされてるかい?」
「はい、もう元気でいまだ現役って感じです」
ベビスはうれしそうに笑いました。
「ところでトミー、時間があまりなさそうだから、手早く気づいたことを教えるがいいかい?」
破壊王に教えてもらえるなんて、後々までの語り草になりそうです。
実際、今もこうやって語っているし(笑)
「よろしくお願いします」
「まず、トミーはカッサバ先生から聞いてたほどには弱くないよ」
・・・やはり弱いって聞いてたんだ。。
「もしかしたら、スリランカで腕を上げたのかもね。しかし、動作にいちいち無駄が多い。モーションがでかい。デモンストレーションのためにそういう風にしたのかもしれないが、それじゃ戦いには不利だ」
・・・そのへんは自分でも理解していました。
「それとね、やはりなんか技が雑なんだよな。トミーは型の稽古やってるか?」
「型ですか?いえ、実はあまりやってません」
ふーむ・・と腕組みをしてベビスが続けます。
「これからは少し、型稽古に力を入れてみたほうがいいぞ。私はボクシングの癖を修正するために、ずいぶん型をやりこんだものだ。今でも毎日の稽古は型中心にやってる」
そういうとベビスは自分の右手で拳を作り、その拳を左掌でくるむようにして臍の下あたりに置きます。
そこから一歩踏み出して右添え手受け。ああ、この型なら知っています。
「バッサイ大ですね?」
動作を中止してベビスがにっこりと微笑みます。
「そのとおり。トミーはこの型を知っているのか?」
「ええ、いちおう順序とかは覚えています」
「うん、それなら話が早い」
ベビスは学校の先生のように身振り手振りを交えながら講義を始めました。
「空手の型というのは言うまでもなく、空手のエッセンスを詰め込んだものだ。それぞれの型には先人の深い知恵が詰まっている」
それはよく言われていることですが、あまり真面目にとらえたことはありませんでした。
しかし、それを破壊王ベビスが言うとすごく説得力があります。
「私はこのバッサイの型が特に好きでね、いろいろな技が隠された面白い型なんだ」
「そうなんですか?僕は型の意味なんか考えたことがありません」
ベビスは肩をすくめて言います。
「それは勿体ないことだよ。まさに宝の持ち腐れってやつだ」
さらに動作を交えて言います。
「バッサイの型には数多くの技が含まれているが、一番のハイライトはこれ。掛け手受けだ」
相手の腕を手刀で受け、手首を曲げて引っ掛けるようにして引き付ける技です。
「しかし、掛け手受けって使えるものなんですかね?素早い突きを掛け手で止めるのは難しいと思いますが」
私は質問します。
「トミー、この技はバッサイに何度も出て来る。何度も出るってことは、いちばん重要な技ってことだ」
そう言うとベビスは弟のほうを向いて言います。
「おーい、ほうきを持ってきてくれ」
ほうきが届くとそれを私に持つように手渡してから講義を続けます。
「バッサイの掛け手で相手の突きを止めることはもちろん可能だ。相手の掴み手に掛けることもできる。しかしそれだけじゃないんだよ。トミー、そのほうきで私に突きこんでくれ」
言われた私は、ほうきを棒術の棒のように構えてベビスの腹に突き入れます。
ベビスはそのほうきの柄を左手で掛けて、さらに右手で押さえます。
その手を引き込んで・・・足刀を私の左膝関節に飛ばしました。ピタリと寸止めします。
「このように、この技は棒や槍のような武器にも有効なんだ。さらに言うと接近戦なら銃器にも対応する」
「銃器にも・・・ですか?」
それはちょっと信じられません・・・が、ベビスはプロの軍人です。
「今度は銃を構えるようにほうきを持ってくれ、そうそれを私に突きつけて」
私はほうきをライフルを構えるように持ってベビスに突きつけます。
「いいか、銃器に対抗するにはまず銃口を自分の身体から逸らすことだ。しかし単純に銃身を押したり払ったりして逸らしても、すぐに銃口を向きなおされてズドンで終わりだ」
言うなり、ベビスは銃に見立てたほうきに左手を掛けます。
「だからこうして掛け手で逸らす。さらに右手でこう抑える。テコの原理で相手のバランスを崩すんだ。そして手前に引き込みながら・・・」
ゆっくりと・・・右足を上げて、足刀部を私の伸び切った左腕の脇の下あたりに軽く当てます。
「ここをこういう風に下から蹴り上げるんだ。すると相手の銃を奪取することができる」
・・・本当か?
「これはバッサイ大に出て来る動作そのままなんだよ。掛けて、押さえて、右膝を上げてから両手を左脇に引き込みながら、ドーンと踏み込む。この動作には足刀蹴りが隠されている。古くは足刀蹴りは秘伝だったんだよ。それだけ実用性高い技なんだ」
ベビスが型の該当部分を演じて見せます。
この動作は私も何度も演じたことがありますが、そんな恐ろしい技が秘められていたとは。
「まあ、これはほんの一例なんだけどね。型はいろいろなことを教えてくれる。トミーもよく稽古することだ。わかった?」
「押忍。勉強になりました。ありがとうございます」
そうは言いましたがしかし、こんな戦場格闘技みたいな技なんか実際に使う場面は無いよなあ・・と、この時は思っていました。
それをまさか使う日が来るとは・・しかしそれはまだ後の話。
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