第35話 入門生第一号

食堂の側の空き地は直射日光が当たりかなり暑い。

崩れたブロック塀がそのままで、地面も整備されていませんので足場はあまりよくありません。


「なあ、トミー。こんなところで何を見せればいいのさ?」


「そうさなあ・・・なんかとりあえず型でも見せてよ。モンキー流の型とかあるんだろ?」


「型かあ・・・足場が悪いなあ」


「ちょっとそっちの方、地面が平になってるとこ。あそこでやって見せてよ」


空き地の隅っこのスペースに移動します。


「んじゃ、やってみて」


「オーケー」


ボウイはふうーっと一度息を吐き出してから、真顔になります。

「用意」の姿勢をとる。

左足を横に一歩踏み出し後屈立ちになると同時に左拳を額の前、右拳を目の高さ前方に差し出しました。

おお、これは・・・協会系の平安二段だ。


ボウイの演じる型は私が習ったものとは細部が異なりますが、間違いなく平安の型です。

意外にも動作はきびきびとしていて、ひとつひとつの技も決まっている。

どうやらモンキー流というのは怪しげな名称のわりに、正統なスタイルの空手を教えているようです。

最後の上げ受けの動作から最初の姿勢に戻り、しばらく残心して終了。


「ああ、足場が悪いからふらついちゃったよ。トミー、どうだった?」


「ああ別に審査をしているわけじゃないから細かい事はいいよ。上手いよ、型。バトウ先生というのは、かなりちゃんとした空手を教えていると思うぞ。ウチに来るより今の道場の方がいいかもしれないな」


「そんな事言わないでさ、トミーのところに入門させてよ」


「お前、ウチに来るっても、僕がどんな空手をやるか知らないじゃん。いいのかよ、それで」


「えーと。。じゃあトミーも何か見せてよ。型でもなんでも」


・・・んんんん。。

私はあまり伝統的な型というのは得意ではない。

ボウイの方が上手いくらいです。


「わかった。ちょっと待ってろ」

と言って、あたりを見渡し適当な大きさの石を拾います。


「こっちに来て」


と言って、崩れたブロック塀のところに移動します。

ブロックのひとつを横にして地面に転がし、その上にポケットから取り出したハンカチをたたんだものを置く。

左手で石の3分の1くらいを握り甲を下にして、ブロックの上のハンカチに置きます。


「よーし。見てろよ」


私は腰を落として、右手の手刀を石に押し付けて角度を決めます。

そして何度かこの動作を繰り返す・・・ようは勿体つけてるだけなんですけど。

何度目かの動作の後、突然エイッ!と気合を入れると同時に手刀を振り下ろします。

石はパカッと真っ二つに割れる。


私は何度この石割りをアジア各国で披露したか知れませんが、これがその最初でした。


「う、わっ!すげえ!!すごいよトミー!石が割れた。。。なんて強い手なんだ!」


こちらの方が驚くほど、ボウイはびっくりしています。


石割りというのは実は試割りの中ではさほど難しいものではなく、コツがあります。

私はこの石割りに失敗したことがありませんでした。

なので、まったく空手をしらない者ならともかく、空手を習っているボウイがここまで驚くとは思いませんでした。

ボウイは割れた石をひろって、割れた断面を睨んだりさすったりしています。


「トミー!やっぱりオレ、トミーのところに移るよ。バトウ先生じゃきっとこんなのムリだ。トミーとやったらバトウ先生、アタマが割れちゃうよ」

・・・・えらく興奮しています。


「できるって。。先生はこんな安っぽい芸は見せないだけさ。やろうと思えば出来るよ」


「んんん・・そうかなあ?でもいい。オレは誰が何と言ってもトミーのところに行く」


「まあ勝手にしろよ」


そういいながら私は、これだけ空手が流行っているスリランカで、試割りがここまでのインパクトを与えることにひとつの光明を見ました。


・・・こういうハッタリ技は得意じゃないか!


「よし、じゃあボウイ。僕は明日からでも**ホテルで道場の準備をやることにする。ボウイも来るか?」


「うん!行く。行きますトミー・・・先生」


「先生はデワという男だ。僕は指導員だから先輩でいいよ」


「はい!トミーセンパイ。よろしくお願いします!」


「あいさつ、返事はすべて押忍と言え。これがウチのしきたりだからな」


「オース!センパイ!」

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